第10話 苛烈なる攻防


 豪奢な玉座を前に立ち並ぶ俺たち。


 時刻は、11時。

 あと、たったの1時間で3人の化け物が来ようとしているのだ、緊張感はイヤでも高まる。


 俺的には、円陣とか組んじゃう意味がサッパリ解らないのだが、流れに身を任せていたらやることになった。まぁ、願掛けだ。


 みんなの視線の中心。つまり玉座には


「いい椅子」


 当然、魔王でなくペットが腰掛けている。

 玉座に全体重を預けながら、脚をプラプラさせているうちのペット。

 こんなにも、平然とした顔で魔王の玉座に座れる人物が未だ嘗ていただろうか? いや、いようものか。

 魔王本人ですら、ここまで偉そうには座れないだろう。


 龍族ドラグーンはみな、心臓に毛が生えるいるのかもしれない。


 なんとも言えない面持ちで、誰とはなしにそろそろと掌を重ね合わせる。


「みんな、がんばれ」


 当然、代表して言うのもルルだ。


「「「……オ~」」」 『カシャ』


 そして、探るようにお互いの様子を伺い合い、控えめな声を出す。

 アイルスはこういうとき、以外と周りに合わせる方だ。

 そして、魔王もこういうとき、以外でもなんでもなく周りに合わせちゃう方だ。


 ーーこれでいいのかね?



   ※     ※     ※



 来た……来た来た来た来た、本当に来たよ。本当に3人だ。


 1人は、漆黒のフルアーマーに身を包み、腰に漆黒の剣を提げる人物。

 顔は見えないが多分、男だろう背高で筋肉質だ。

 その姿も合間って、勇者というよりは悪役にいそうな風貌である。

(命名:ヴィラン)


 2人目は……浮いてる。子供が浮いてる。

 俺の胸くらいの高さしかない少年だ。緑色のとんがり帽と、同じく緑色のブカブカの服。側頭部と胸には黄色い羽が付いている。春になるとムーミン谷に戻るのだろう……知らんけど。

 そんな少年が、フワフワとなんの仕掛けもなしに浮いている。世界観を大事にしているのだろう……知らんけど。

(スナフキ……ミドリくん)


 そして、3人目はお馴染みのベルだ。

 一見すると、平静を装っているようだが、かれこれ2ヶ月以上、毎日顔を合わせているからだろう。目の動きや一つ一つの所作からは迷いや躊躇いが感じられる。


 3人合わせて、勇者ーズと呼ぼうか。


「本当に、ヤバそっすね……」


『ガシャン……』


「晩ご飯までには、終わらせて」


 ちなみに、従業員たちには今日がヤバイとしか教えていない。


「気を抜くなよ。命がかかってる」


 エミが、俺の肩に手を乗せて耳元で囁くように言う。


「カリヤ、この戦いはあなたの指示にかかっているわ」


「あぁ」


「信じてる」


 少し前に全く同じことをベルにも言われたな、皮肉なものだ。

 でもあのときは、罪悪感で押しつぶされそうになったが、今は寧ろ信頼され必要とされていることへの高揚感すら感じる。


「……あぁ」


 ーーこの戦いに勝って始めて、第2の人生、本当の意味でのスタートラインに立てるのかもしれないな……。


 あ、今のちょっとフラグっぽかったからなし。


 勇者ーズは、いまだ進むことなく、なにやら打ち合わせをしている。


 やはり、無意識にベルに目が行ってしまう。まぁ、仕方のないことだろう。

 だって、彼女の信頼に逆らって、俺は今ここにいるのだから。

 彼女にいくら、『明確な承諾はしていない』だの、『儀式をする前の話だ』だの言い訳をしても、もう許してもらえないかもしれない。

 身勝手な話だが、それがすごく怖い。だから彼女だけは絶対に殺さなくてはならないのだ。


 ーー本当に、身勝手だな……。


 ちなみに、うしろに控える王国兵100人は、別にほっといてもいいという結論に至った。だって勇者ーズがトラップを破壊しようが、また仕掛け直せばいいだけの話だ。


 

 ーー勇者ーズが動き出した!!



 後続に王国兵が控えてくれているため、強行突破をしてこないのが救いだ。


 ヴィランが、のそりと一歩前に出ると、右腕を前に差し出し。


『《探査サーチ》』


 少ししゃがれた声が室内に反響して幾重にも鼓膜を震わす。


 すると、彼を中心にして半球状の青白い膜がみるみるうちに膨張し。


『《破壊クラッシュ》』


 ヴィランは、虚空を掴むと、何かを引き裂くようにその腕を薙いだ。


 ズン! という、腹の底にズシリと響くような重い音と共に爆煙で画面が真っ白になる。


 爆煙が収まると、床や壁がえぐれ幾つものクレーターができていた。


「「な!!」」


 これには、流石のエミも驚きを隠せないようで、目を見開き固まっている。

 

「魔法、だよな……」


「えぇ……オリジナルの魔法ね、いまいちどんな魔法なのか解らないけど、厄介なのは確かね」


「どうしたもんかな」


 考えているうちにも勇者ーズはゾロゾロと進んで行ってしまう。

 しかしだ、一つだけ気になることがある。すべてのトラップを破壊したはずの勇者ーズが妙に周りを気にしながら歩いているのだ。

 モンスターが出てくるのを警戒しているのだろうか? しかし、このなんの障害物もない開けた空間に突如、モンスターが出てくる可能性は無に等しいだろう。

 考ええる可能性としては、1つ……確かめてみようか。


 


 2階層


『《探査サーチ》』


『《破壊クラッシュ》』


 ズン!


 再び、画面が白に染まった。


 そして、ヴィランが一歩踏み出すと。


 プツンーー


 聞き覚えのある音だ。

 天井から、巨岩が降ってくる。筈だった……。



「チッ!」


 思わず舌打ちが出る。いちいち予想を超えてきやがって。


 確かに、巨岩はヴィランの上から降ってきたのだが、それが空中でピタリと止まってしまったのだ。


「最早、魔法というより念力だよね……」


「世の理をくつがえす、これが魔法の本髄よ。例えば、炎系統の魔法だったら、空気中の酸素と水素のみを掻き集めて、それらを一気に圧縮発火させる、って仕組みなワケよ」


「確かに、世の理、覆まくりだな……」


「そゆうこと。

 っで、なんでトラップが作動してるのよ?」


 エミが、カツンカツンと画面を小突く。


「多分だが、この黒い人の魔法は、魔力への介入なんじゃないか?

 1階層では、石矢と石玉を中心に仕掛けたけど、あれって全部、敵の動きを魔力で探知したり、スイッチが押されることで魔力を飛ばして作動する仕掛けなんだろ?」


「えぇ、それじゃあコイツは《探査サーチ》で魔力の性質を読み取って、《破壊クラッシュ》で書き換えてるってことね」


「あぁ、だから魔力を使わない、原子的なトラップには効果がないんだと思う」


 種は、解った。

 しかし、これは大きな縛りだ。魔法が当たり前に存在するこの世界において、ピタゴラスイッチみたいなトラップはあまりにも少ないのだ。




『バルド、気をつけてよ~』


 ミドリくんの、思いのほか陽気な声が画面越しに聞こえる。


『すまない』


 ヴィランは、その言葉に対し、軽く右手を振って答えた。


『君の魔法は、汎用性がないよね~。

 ベルティーユも、そう思うだろう?」


 ミドリくんは、嫌な笑顔をしながら、品定めをするような目で2人を眺めている。

 ちっこい体のくせに、偉そうな奴だ。

そこは普通、いつもこのダンジョンに潜っているベルが纏めるところだろうが。


 ちょうど、俺の近くにも同じような奴が玉座に座っているがな。


『……確かに汎用性はないかもしれないが、バルドがいなければ、すべての罠を破壊しながらダンジョンを攻略するなど到底不可能な話しだ、故にバルドは欠かせない存在だろう』


 割といいことを言ったベルに対しても、ミドリくんは白け顔だ。


『そもそもさ~、なんでわざわざ王国兵のために、僕たちがトラップを壊さないといけないのさ。

 勇者が3人もいれば、魔王なんて余裕でしょ?』


 なんだろう、すげーイラッとする。


『油断は、禁物だ』


『それは、油断もするよ~。だって、僕は宙に浮いているんだから、トラップなんか怖くないもの』


 あぁ、ベルもコイツのこと嫌いなのか。だって、無茶苦茶眉間にシワ寄ってるもの。

 対して俺は、こみ上げてきた笑に頬が緩んだ。




 3階層。


 一見なにもない、真っさらな空間の中心にポツリと一つだけ宝箱がある。


『《破壊クラッシュ》してしまうと、宝箱ごと消し飛んてしまうが、どうする?』


 ヴィランの問いに、ミドリくんは瞳を輝かせた。


『あっ! 折角だから欲しいね!! 僕ならトラップにかかることもないし』


 普段のベルだったら、なにかしらの注意をしていただろうが、相手のこれまでの態度もあって唯々、フワフワと浮いて宝箱へと向かって行くミドリくんのことを、冷めた目で見ているだけだ。


 ミドリくんは、ヘラヘラと笑いながら宝箱を開く。


『うわぁ~、綺麗な剣だな〜!!』


 漆黒の刀身に、精緻に施された装飾の数々、柄の先には鉛色の艶やかに輝く丸石が埋め込まれている。初心者目からも相当な業物だということが解る。


 それを聞いたピーちゃんは、それはそれは嬉しそうにガシャガシャ騒ぎ始めた。

 なぜ、ピーちゃんがこうも喜んでいるかというと、この剣を打ったのがピーちゃんだからだ。

 鎧人形ゴーレムは、死んだ生物の魂が、生前に執着していたものに宿った存在、その総称だという(日本でいうとこの、市松人形だと考えようか)。

 そして聞けば、ピーちゃんは生前、鍛冶屋の娘だったらしく、現在肉体となっている鎧も生前に自分で作ったものだと言う。


 刀身に『ピュア♡プル』という銘を書くか書かないかで、相当な言い争いになったのだが、それはまた別の話だ。


『手に馴染むし、軽いよ! バルドも持ってみるかい?』


 ミドリくんが、剣をブンブン振り回しながら言うが、ヴィランは無言で首を横に振った。

 その反応に、ミドリくんが小さく舌打ちをすると、今度はベルに目を向ける。


『つまらない奴だね。

 ベルティーユはどう? 持ってみたいでしょ?』


 自分のものを、自慢したいのだろう……餓鬼め。

 当然、ベルも首を横に振る。


『私には、国王様から授けていただいた剣があるのでな』


『2人とも、連れないね〜。

 あと2日も、こんな朴念仁ぼくねんじんと一緒に行動しなくちゃと思うと、イヤになっちゃうよ』


『ませたクソ餓鬼だ……』


『今、なにか言った?』


『イヤ〜、空耳じゃないカ?』


 ーー言ったね……。


 まぁ、気持ちは解る。

 解るから、真っ先に潰す。ニマニマ……。


 勇者ーズは、ゾロゾロと次の階層へと進んで行った。



 4階層


『《破壊クラッシュ》可能な罠はない』


 ヴィランが、そう言うと差し出した腕を下ろした。


『ふむ……面倒だな』


 ベルは、部屋中に生い茂っている青々とした太い蔦を指で撫でる。


 これをトラップと言うのか、と問われれば、疑問符を覚えるが。そこは異世界だ、蒔いて水を与えれば一瞬にして飽和密度まで成長するという特性を持った植物があるのだ。

 こんな外来種を日本に持ち帰ったら、日本滅びるね。


『燃やしちゃおうか』


『危険じゃないか?』


『大丈夫、大丈夫。こんなのただの時間稼ぎだよ』


 ミドリくんが、さきほど拾った剣を掲げる、すると剣の先に小さな火球が浮かび上がり、みるみるうちにそれが膨張、直ぐにその火球はミドリくんの体長を優に超え、室内を赤に染め上げる。

 ミドリくんが、蔦に向かって剣を振り払うと、火球が剣先から離れ、蔦にゴウ! と着弾、一瞬で辺りは火の海と化した。


 ーーなんつう火力だ。これは見ものだな……。



 5階層


『あー! 目障りだな!』


 ミドリくんは、火球を膨張させ続けている。


『辞めろ! 危険だ!』


 見かねたベルが一喝するが聞く様子はない。

 ヴィランも、唯々、腕組みをしながら傍観しているだけだ。


 勇者ーズの前は、白銀に埋め尽くされていた。厳密にいえば、銀色の太い蔦が室内に生い茂っているのだ。


『消えちゃえ!!』


 さきほどよりも、はるかに巨大な火球が銀の蔦に着弾。すると


 ズン!! ズン! ズン! ズン! ガガガガガ!!ーー


 画面越しですら思わず目をつぶってしまうほどの大爆発が、幾度となく発生しその度に画像が乱れる。


 暫く経ち。

 映像が戻るとそこに映し出されていたのは、最早、原形すら解らないほど歪に陥没し、隕石でも落ちたかのように抉られた岩床が唯々煙を上げているだけの光景であった。


『クソがーーーー!!!!』


 獣の咆哮。そんな理性すら感じられない、激情と殺意を剥き出しにしたような叫びが響き渡る。


 舞い上がる粉塵ふんじんが収まるに連れ、少しづつ人影が2つ……いや3つだ、1つは四肢を投げ出し仰向けになって地面に倒れている。

 全身の肌は火傷により赤くただれ、服は焦げ破れている。なによりも酷いのがすすで真っ黒になった顔で右目は見えているのかすら解らないほど黒ずんで腫れており、額や頬に無数の裂傷がある。

 これでも咄嗟に魔法によって防いだのだろう。でなければ命はなかったはずだ。


『殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!ーー」


 息を荒げながら、呪いのように同じ言葉を繰り返すミドリくん。

 顔は怒りに歪み、目は血走り、歯を異音が出るほど食いしばっている。


『だから、危険だと言ったろう?』


 警戒心を持って行動していたベルは無傷だ、どこかバカにするようにミドリくんを見下みくだしている。


 ヴィランも、さきほどと全く同じ体制で腕組みをし唯々、傍観している。


 コイツ、全く話さんやん!!


『うっさい! オバさん!!』


『はぁ?』


 カシャ


 こめかみに青筋を浮かべて、剣を抜くベル。


 ーーブチ切れてるね……。


『グダグダ言ってないで、早く助けろよ! クソどもが!!』


 ーーコイツ、クソだな……。


 見てるこっちが、イライラしてくる。


『前の階層に戻って治療しよう』

 

 久しぶりのヴィランの発言に、ベルも渋々といった顏で同意した。


『仕方ないな……』


 勇者ーズは、ゾロゾロと前の階層に引き返し、ポーションや薬草などでミドリくんを治療し始めた。




 パン!


 ピーちゃんと、ハイタッチ。

 こういった、危険な下準備は全てピーちゃんに任せているので、彼女の功績は相当なものだ。


「なにが爆発したの!?」


「水銀だよ」


 水銀は、急激に加熱すると突然爆発を起こすことがある。そのため本来はゆっくりと一定温度以上にならないように注意して加熱しなければならないのだが、愚かにもミドリくんは特大の火球をぶつけてしまったので、大量の水銀が爆発を起こしたのだ。


 まぁ、あそこまでの惨事になるとは流石に思わなかったが。


「よく解らないけど、惜しかったわね。もう少しで、れたのに」


「あわよくばとは思ってたけどな、大体予想通りだよ」


「あら、まだ隠し球があるのね?」


 エミが期待するような目で見てくる。


「まぁ、見てな明日には解る」


 その後、勇者ーズは再び歩みを進めたが、トラップの解除に時間を取られ、45階層で夜営をすることとなった。



   ※     ※     ※



 そして、翌朝。

 ミドリくんが死んだ……。


「なんか死んでるんだけど!!」


「ふふふ……」


 パン!


 再び、ピーちゃんとハイタッチ。


 画面に映るベルを見ると、疲労した様子で、目の下には黒いクマができていた。

 ヴィランに関しても、どこかぐったりしている。

 昨晩は、相当に大変だったのだろう。


「な……なにがあったの?」


「食中毒による、ショック死だな」


「食中毒? そんな都合のいい話しある?」


「昨日、剣をくれてやっただろ?」


「あぁ、あの宝箱のやつね」


「あの剣の柄に、丸石が嵌ってたんだけど、あれピーちゃんが加工した輝安鉱きあんこうなんだよ」


 俺の言葉に、ポカンと固まるエミ。


「輝安鉱?」


「簡単に言えば、なんらかの形で身体に取り入れてしまうと猛烈な食中毒を引き起こし、最悪の場合、死に至る石だよ」


 昨晩、俺が見ていない間にミドリくんに何があったのか、ベル達の姿を見れば想像に難くない。


「コワッ!」


「ちなみにピーちゃんには、加工だけでなく採掘もしてもらった!」


『ガシャン! ガシャン!』


 テンションの上がったピーちゃんが、エミに飛びついた。多分、ハイタッチを求めているのだろう。


「イヤー! 死んじゃうでしょうが!!」


 騒がしくも、追いかけっこをする2人。見かねた俺は軽く手を振って言う。


「しっかり、手を洗えば大丈夫だよ」


『ガシャ……』


 突然、静止するピーちゃん。錆びた機会のようにぎこちない動きで俺の方に顏を向ける。


 ーーえっ……なに? 怖い……。


 そして回れ右すると、そのまま真っ直ぐ駆けて行ってしまった。って、そっち洗面所の方だよな!


 ふと思い出す。


「俺さ、ハイタッチしたよね……」


「「「……」」」


 振り向くと、女性陣がヤケに俺から距離を取りながら俺に憐れみの目を向けていた。


 ーーでも、考えてみれば仕掛けたのって昨日だよね。


 と思ったちょうどそのとき、ピーちゃんが櫛を片手に戻ってきた。そして俺の後頭部の寝癖を櫛で直し始める。


 ーーうん……ありがと。




 ミドリくんがいなくなり、いい意味で静かになった勇者ーズは、昨日より少し数段速いペースでダンジョン攻略を進め、今ではもう70階層だ。

 ムカつくからという理由で、早々に潰しておいたが、失策だったかもしれないな。

 しかし、なによりも大きいのがヴィランのせいで、仕掛けられるトラップのバリエーションが狭められたことか、敵も慣れたように、手早くトラップを処理していく。

 その上だ……ヴィランの魔法を考慮した上で魔力の必要ないトラップのみを仕掛けてきたのが非常にマズかった。

 それではまるで、自分たちの様子を誰かが見ていて適宜、トラップを設置しているようではないか……まぁ、実際そうなのだが。

 勇者さんが、さっきからキョロキョロと辺りを見回している。


 ーーバレたか?


 俺が未だダンジョンにいることが。

 流石に、確信はないだろうが不安が拭いきれないような表情だ。




「従業員、準備はいいか?」


 チロリと横目で見るとアイルス、ピーちゃん共に退屈そうに寝転んでいた。


「あ〜、別に準備とかはないっすから〜」


『ガシャン……』


 ーーしっかりしようぜ、労働者!!


 あと、玉座に座ってウトウトしてるドラちゃんや……。


「あの〜、ルルさんも行っていただけますか?」


 ルルが、俺の言葉にビクリと頭を上げ、眠そうなまなこをゴシゴシと擦り、ボケーっとした顔でこちらを見てくる。


「ご主人が、どうしてもって言うならいいよ」


「どうしても」


「うん」


 ーーあ、いいんだ……。


 偉そうだけど、憎めないよね。むしろ微笑ましいというか、普通にニヤける。

 つまり、可愛い。


 可愛いは正義とかいう言葉。

 は? って感じだったけど、また1つ真理を見つけてしまった。


 真理は全てに通ず。

 これからは、cuteとjusticeを同義ということにしよう……でも、justiceという英単語を可愛いと訳する奴とか……って、なんの話じゃ。


「一応、聞くけど龍族ドラグーンって強いんだよね?」


「あっかん」


「どっちの意味で?」


「行ってくる」


 ピョンと玉座から飛び降りて、テケテケと歩き行ってしまった。


「あ、行ってらっしゃ〜い……」


「圧巻ね」


「うん……」


  なんだろう、あの小さな背中に絶大な信頼を感じている自分がいる。

 魔王にも見習ってもらいたいね。



   ※     ※     ※



 80階層


 5メートル先すら、ろくに目視できないほどの濃密な霧。ひんやりとした空気が背筋をなで、思わず鳥肌が立つ……みたいなことを思ってるのかな? ベルの心情を、代弁してみた。


 でも、これはガチでヤバそうだ。


 偉そうなのは態度だけじゃなくて、ちゃんと実力も伴われているらしい。具体的には異常気象が起こっちゃうくらい。


 霧のなか、ボンヤリと浮かび上がる2人の人影は、共に剣を抜いて全身から緊張感と威圧感をほとばしらせている。


 そして、2つの人影の先には、


《GRAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!》


 全身の毛が逆立つほどの、咆哮。それは、殺気と威圧感の塊で頭を殴打されるような、そんなありえない感覚。

 そしてその鈍器は波となって、周囲の霧を押し退ける。


 現れたのは、純白の翼竜だ。

 視界に入っただけで、射竦くめられそうなほど鋭く大きな白眼。触れただけで切れてしまいそうなほど、太く鋭い牙。全身を覆うのは真白な鱗……というより装甲と形容すべきか、その外殻は最早、何物をも通さない鉄壁の城のようだ。そして、その体長は広々とした部屋が狭く思えるほど大きい。というか、実際に窮屈なのだろう、純白の大翼は綺麗に折り畳まれいる。


 強いとか云々の話じゃない、出会ったら最後、それでお終い。そんな天災のような存在なのだ。


「俺たちって、こんな絶望そのものみたいな奴をペットとか言って可愛がってたのな。

 身の程をわきまえろってんだ。HAHAHA!」


龍族ドラグーンって……"大欲"じゃない!!」


 エミは、驚きのあまり、口をあんぐり開けたまま固まっている。


「HA? なにそれ」


「数少ない、龍族ドラグーンの中でも飛び抜けた力を持つ7匹のことよ」


「7匹だから"大欲"か、安直だな。

 でも、ルルがどの欲望に称されているかは、言わずもがなだがな」


「"怠惰"の龍。

 動かず、触れず。ただ、敵を死に至らしめる……またの名を、"死病"」


「怖いよ!!」


 触れもしないで、どうやって殺すのさ! あぁ、だから"死病"なのか。納得、納得。


「"怠惰"なんて……どうやって連れてきたのよ?」


「えーと、あれは旅の最後の日だったなーー」



 そう、それは旅の帰路での出来事である。


「アイルス! 回り込め!」


 森中を俺、アイルス、それにピーちゃんが駆け回っていた。


「ていやっ! 捕まえ……たと思ったら、ただの抜け毛っす!!」


「そんな……ことがあるのか?」


 その場に戦慄が走る。

 それもそのはずだ、何故なら自分たちが追い求めている毛玉と同サイズの抜け毛がそこらじゅうに転がり、俺たちを嘲笑うかのように風に揺れているからだ。


 そんな中でも的確に対象を捉え必死に追いすがるピーちゃん。

 毛玉と鎧が追いかけあっている姿はなかなかシュールだ。

 しかしながら、対象はなかなかの健脚……足は見えないが結構、すばしっこいから健脚だ。その上、身体の大きさ上、どうしてもこちらは屈む必要があるので毛玉は、滑るように股の下を潜って逃亡してしまうのだ。


 翻弄され、出し抜かれ、そして嘲け笑われる(そんなふうに思えた)こと、およそ1時間。


 腰は悲鳴を上げ、アイルスとピーちゃんは、ブチ切れてヤケクソになって毛玉を追いかけている。そして、例に洩れず俺もちょっとだけ、本当にちょこっとだけキレた。


「毛玉さん! チョットだけ考えてみて欲しいんだ! 建設的に! 合理的に! 利己的に考えてみて欲しいんだ!!

 野生って、大変だよな!!?」


 白け顔で、俺のことを見ているアイルス達。

 それはそうだ、俺自身なに言っちゃってるのかサッパリ解らない。

 しかし、しかしだ、毛玉はその健脚をとどめ、俺の声に耳を傾けている。ふうに思える。


 人語が通じなければ、魂で語りかければいい!! 意味、解んないけど。


「野生って大変だよな。

 雨風は凌げないし、食料は調達しないといけないし、それに今の君みたく、人や獣に襲われる可能性だってある!」


 毛玉が俺の言葉に、目を見開いた。

 『いけちゃうんでねぇの!?』という、考えが頭によぎる。


「俺に飼われれば、3食宿付きの安全な空間を提供しよう!!」


 毛玉が、風もないのに揺れた。

 俺は、両の腕を広げてそれを見つめる。


「来い! 今は、それだけでいい!!」


 そして、来た!

 アイルス達は、逆にドン引きしていたが、毛玉は確かに俺の胸へと飛び込んで来たのだ。

 そしてそれは、俺が彼女へ一目……いや、一触れ惚れする瞬間でもあった。



「キレると、理屈っぽくなる奴って一番タチが悪いわよね」


 ーーおう……そこに反応しちゃうんだ。


「ゴホン……

 図らずも、俺はルルの欲望を満たす提案をしたワケだ」


「あんたって、感情が昂ぶるとワケ解んないこと言うわよね」


「否定できない、自分が悔しい……」



《GRAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!》


 咆哮が、鼓膜を通過し、頭蓋骨を直接震わせる。

 画面に目を向けると、白龍が猛々たけだけしく鳴きながら、全身から霧を発生させていた。


 ベルが、大敵を睨み付けながら言う。


龍族ドラグーンまでいたのか』


『この威圧感、ただの龍族ドラグーンではない"大欲"だ』


 返したのは、ヴィランだ。ベルは、その言葉に瞠目する。


『"大欲"!? 国すら滅ぼしうる化け物が何故、こんな場所に!?』


 ーーそんなレベルなんだ……。


『出し惜しむな、初手から全力で行くぞ。でなければ、こちらがられる』


『承知した!!』


 ヴィランの鎧が、ベルの剣が淡く輝き始める。


 なにか、ちょっとしたキッカケで2人は白龍に飛びかかるっていくだろう。

 しかし、そのキッカケは2人の予想打にしない、それでいて最悪の幕開けであった。


『グァ……』


 突然の、横からの衝撃にベルがスーパーボールのように吹き飛ぶ。


『チィ!』


 ヴィランは、舌打ちをすると白龍に向かって一気に駆け出した。


 こうして、魔族VS人間。

 その戦いの火蓋は切られた。



   ※     ※     ※



 見えない視界、何者かに突き飛ばされたベルは、五感に意識を集中させる。

 身体は宙に浮き思い通りに身動きが取れない、当然敵がこの機逃すわけもなく、鋭利な刃物を突き付けられたときのような殺気が肌をヒリつかせた。

 そして、それは比喩でもなんでもなくベルが吹き飛ぶ軌道の先には、実際に鋭利に光るものが浮かび上がり、彼女を袈裟斬りにしようと待ち構えていた。


 ベルは無理やり身を捻ることで、紙一重でそれを躱し、地面に着地すると同時に、反撃のため一気に前進……したが、そのときにはもう誰の姿も残されていない。

 しかし、霧の中にはボンヤリと人ではない影が浮かび上がっている。


『アイルスに、ピーちゃんか』


 ベルは、眼球運動だけで2つの影を追いながら油断なく構える。


『どもっす』  『ガシャ』


 2つの影が、溌剌とした様子で手を振ったかと思うと、その影は再び忽然と消えた。

 しかし、ベルは焦らない。

 こちらから見えないということは相手からも見えないということだ。数では不利だが、地力はこちらの方が上、龍族ドラグーンに気を取られ奇襲攻撃にはしてやられたが、油断さえしなければ負けることはない。そんなことよりも、一刻も早く龍族ドラグーンと応戦しているであろう仲間と合流しなくてはならないのだ。


 焦らず動かず、ただ敵が飛び込んで来たところを叩き切ればよい。


『右に3歩っす』


 微かな声が、ワケの解らないことを言ったかと思うと。


『な!』


 背後からの衝撃に身体が吹き飛ぶ。

 アイルスの恐ろしいところは、殺気を放たないことだ。唯々じゃれ合う猫のような無邪気さで、イノシシのように強烈な突進を放ってくる。

 実は、雁矢が殺傷能力のある武器を持たせていない理由はここにある。


 そして、ルルの霧とアイルスの五感の鋭さは、相性が抜群にいい。という、嬉しい誤算もあった。

 ピコピコと忙しなく動くアイルスの耳。彼女は、鋭い聴覚を駆使してピーちゃんを的確な場所に誘導すると共に、確実にベルを死角から攻め込むのだ。


 故に、ベルが突き飛ばされた先には、ピーちゃんを剣を振り被って待ち構えている。


『フン!』


 しかし、ベルもただやられているだけでは終わらない、身体を捻ってなんとか振り下ろされた剣の切っ先に己が剣を滑り込ませ、踏ん張りの効かない宙空では力負けしてしまうので剣の角度を地面に対して水平にし、敵の剣戟をい潜り、滑るようにして敵の背後に回り込むと、剣を横薙ぎにして猛襲。しかし、その一撃は空を切るだけであった。


『チィ!』


 深追いしてこないのも非常に厄介だ。

 ベルは、ときたま揺らめいて見える影を睨み付けた。



   ※     ※     ※



 ヴィランこと、バルドは胸が地面に着くほどの前傾姿勢で疾走。

 霧で自らの体躯を隠しながら、対象との距離を一気に詰め、流れるような一閃が走る。

 その迷いのない動きは、数えきれないほどの死線を経験してきた者のそれだ。


 ガン!


 しかし、そんな光のような一撃は、かん高い音を奏でただけに終わった。


 刃のぶつかった箇所、白龍の後ろ足の中心辺りには、裂傷どころか傷の一つすらない。

 しかし、バルドの猛襲が終わることはない。


 あろうことか彼は、手に持っている剣を投げ捨てると、徒手空拳で白龍の懐まで一歩で入り込む、彼のこぶしが閃光。


『ハァァァア!!』


 雄叫びと共に、拳を天に突き上げる。すると、束となった魔力が拳から放出され白龍の腹を直撃、その魔力が白龍の硬い装甲にへばり付き。


 ゴウ!


 爆発した。局所的ではあるものの、その威力は強大。

 もしただの人間が、まともに食らったら跡形も残らないであろうほどの、爆風、爆音、爆熱。


 しかし、それは優然と立っていた。白龍は、嘲笑うかのように、憐れむかのように、慰撫するかのように彼をその湖面のように澄んだ瞳に映している。微かにも身動みじろぎすることなく、唯々己が周りを飛び回る小虫を見据えているのだ。


 それでもバルドは諦めない、寧ろ彼はその油断に、自分が絶対強者であるという自信であり油断に勝機を見ていた。

 彼は、高く高く飛んだ。白龍の腹を越え、胸を越え、頭を越えて、そして天井スレスレのところまで跳躍すると、両の指を組み頭の上に振り被る、それはプロレス技で言うダブルスレッジハンマー、ドラゴン◯でよく見るアレだ。すると彼の両手が爆光。

 そのまま、身体を自由落下に任せながら、煌めく両手を振り下ろした。

 それは、まるで夜空を駆ける流星ーー


 グゥァァァァァァアアン!!


 やはりそれは局所的な一撃、そして凄絶な一撃であった。

 空間が裂けるのではないかと思えるほどの、爆音と爆光。あまりの熱量に焦げ臭さが鼻腔を擽る。

 しかしそれでも、そこまでしてもそれは彼の独り相撲に過ぎなかった。白龍は、彼のことなど歯牙にもかけずに、唯々優然と立っていた。その美しい装甲に一つの傷も付けることなく。

 流石にバルドも、白龍の背にしがみ付きながら驚きのあまり固まっている。


 そして、攻防は入れ替わる。

 気流が変わった。白龍を中心にして渦巻くような気流、空間を埋め尽くしていた霜が白龍のもとへ集まると、それは巨大な球となる。

 霧の玉となった白龍、その背に張り付いていたバルドも声もなく飲み込まれてしまった。

 それはまるで白い繭のようだ、最高の守備を誇る城、それを守る鉄壁の城壁。絶対不可視、絶対不可侵。


 その城壁に生じた変化は、突如として始まり、そして一瞬で終わった。

 それは前触れもなく起こった、白く塗りつぶされていたはずの城壁が、一瞬にしてその色を変化させ、透明な球体に変貌した。絶対不可視だと思われた球体が可視化されたのだ。

 球体は、モクモクと煙を上げ、周囲をひんやりと冷やしている。

 触れれば肌に刺さるような冷たさ、滑らかでいて硬い。それは氷だ、巨大な氷の玉、透けて見えるのは優然と立つ白龍と、その背にしがみつくバルド。


 シャン!!


 そして、それは再び目まぐるしく変化し、真新まっさらな球体は儚げな音と共に四散し辺り一体にシンシンと雪を降らせたのだ。


 ズンーー


 その真っ白には、似つかわしくない黒が白龍の上から落下し、積雪の上に力なく四肢を投げ出して倒れ伏した。


 それから、彼が動くことはなかった。



   ※     ※     ※



「こんな格好いい死に様ある!?」


 シンシンと降る雪のなか、儚げに命尽きる。ホームレスやら酔っ払いがやってても、これっぽっちも格好よくないのに……異様な格好よさであった。


「まぁ、実際は切り傷どころか擦り傷すらも付けられていないのだけれどね」


 つまらなそうに画面を眺めるエミ。


 そうなんだよな〜、アメコミみたいで強そうだったんだけどね〜。


「てかさ、『実力至上主義』の魔族において、最強は魔王であるお前なワケだよな……」


「言いたいことは、解るわ。

 ルルより強いのか? って言いたいんでしょ?」


「うん」


「『実力至上主義』って言っても、例えば言葉すらない理解できない種族に魔王なんて任せられないっしょ? "大欲"も候補にはあったようだけど、1匹を王にすると他の6匹が反発するとかで却下になったみたい」


「なんだ、ならお前がルルより強いってことはないのか」


 もしそうだったら、結構怖いよ。

 

「さぁ、どうでしょうね」


 ーーあ、そこ迷うんだ……。


「ま……まぁ、これならベルも余裕でれそうだな」


 それは画面に映るベルを見ても明白だ。

 アイルスの優れた五感に翻弄され、唯々一方的な戦況になっていたのであろう、雪を被りながら満身創痍。

 剣で身体を支えながらなんとか立っている状態だ。

 霧というアドバンテージは、なくなったもののここからの逆転は不可能。


「そうかしら?」


 しかし、エミは眉間にシワを寄せながら首を傾げた。


「そうだと信じたいよ」


 そう、まだ懸念材料は残っているのだ。

 今までの傾向、

 例えば、俺がダンジョンマスターとなった、初日。彼女は、から風のように爆走した。

 アイルス達の採用試験のときも同様に、から爆走。

 今日だって、から攻略ペースを上げた。


 そして、そのにはいつもキッカケがあった。

 パーティの仲間や他の攻略者が全滅したあとに、彼女は必ず風の様に疾走し、悪鬼のごとく破壊の限りを尽くすのである。

 彼女は、『協調性がないと思われるから』と言っていたが、流石に引っかかる。

 まぁ、変なことを言うのはいつものことなので考え過ぎかもしれないが。


 でも、こんな呆気なく終わるのか? と聞かれれば……終わる気がしないんだよな〜。




 アイルスとピーちゃんが、とどめを刺すべく、ベルに飛びかかった。

 積雪が舞い上がり、辺りを真っ白に染め上げる。


「メニャ!」


 ーーカン!


 静寂の中、そんな奇怪な声と金属同士がぶつかり合う音が響き、


 ーーズン  スボ


 2つの影が積雪の上に落下した。


「ッ!」


 驚きのあまり声が出なかった。

 しかし、それも仕方のないことだろう。

 なぜなら、圧倒的に優位に立っていたはずのアイルスが腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべ、ピーちゃんの頭が体から離れて遥遠くに転がっているからだ。

 

 彼女は、同時に飛びかかってきた2人のうち1人。ピーちゃんの頭部と胴体の隙間に剣を差し込み、テコの原理を利用してピーちゃんの頭を跳ね上げると同時に、左脚を軸にして反対後ろから飛んできたアイルスの鳩尾みぞおちに右足で蹴りを入れたのだ。


 頭部が飛ばされて、目が回ったのであろう、ピーちゃんの胴体がよろけ積雪の中に消えた。


 次にベルは剣を天に掲げると、何かを呟く、と共に剣が強く輝き始め、その輝きは空間を埋め尽くすぽどに膨れ上がる。


 美しい光景だ、真っ白な積雪に光が反射し、ベルの影が2つになり、4つになり、8つに増える。


 ーーヤバイ! これはヤバイ!!


 その美麗な光景に、背筋が凍りついたのだ。


 気付けば、俺の手はウィンドウのマイクボタンを押し叫んでいた。


「もういい! 逃げろ!!」


『だぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!』


 と同時にベルが、雄叫びを上げながら剣を振り下ろした。


 ガアアァァァァァァァァァアアアアアア!!!!!!


 画面を通さずとも聞こえてくる破壊の音、全てを飲み込むような光の塊に思わず顔を背ける。

 光が止んで、目に映った光景は顔を背けたくなるほど悲惨なものであった。


 振り下ろされた剣の先からは、煙を上げ溶解したように紅く熱を持った大地が真っ直ぐに走り、先程までルルがいたはずの場所には噴火口のように燃える岩床が広がっている。


 しかし、その一撃は相当に負担の掛かるものであったようで、放ったベル自身も力なく倒れていた。のだが、苦悶の表情をしながら彼女は腰に提げている布袋から、ポーションを取り出すとそれを煽る。暫くすると平然と立ち上がり、大きく伸びまでしている始末だ。


「力を温存してたのか……?」


 圧倒的な力に、額や首筋から冷や汗が噴き出す。

 エミも、気が気ではない様子だ。


「違うわね。

 黒い勇者が殺されたあと、魔力そのものが跳ね上がったもの。

 今朝も昨日に比べて大分、魔力容量が増えている気がしていたけれど間違いじゃなかったのね」


「もしかしてアレか、仲間が死ぬとその魔力を吸収するみたいな? でも、それなら今までに解っていたはずだよな」


「そこらの人間の、霞みたいな魔力が増えたところで判断できないわよ。

 それから、身のこなしからして吸収するのは魔力だけではないでしょうね」


 要するにベルは今、勇者3人分の力を秘めているワケだ。

 つまり、振り出しと何も変わっていない、どころか俺にとっては一番会いたくない奴が実質、最強になってしまったワケか……。


「他者の死を糧にするとか、どんな忌まわしき能力だよ! 本当に、勇者かコイツは!?」


 ベルは、息絶えたヴィランが提げる布袋から遺品をあさり、使えそうなものを厳選している。その姿はまるで追い剥ぎだ。


 ーー本当に、勇者かコイツは……?


 事終えた彼女は、すっと立ち上がると。まるでカメラの位置を知っているかのように、躊躇なく剣の切っ先をこちらに突き付けてきた。

 瞳はギラギラと光を放ち、口元は凄絶に歪められている。


 ーー暴露バレた……。


 普通に、声聞かれちゃったもの。


『待っていろ、今行く』


 怒気を孕んだ声色でそう言うと、凪のような静けさでを進めた。

 それが嵐の前の静けさであることは明白。

 気を抜けば、失神してしまいそうだ。


 唯一の救いは。

 ベルが消えて静寂が広がる雪景色のなか、雪に紛れていたのであろう毛玉が、淡い光と共に小さな少女の姿となってコチラにサムズアップしていることだ。

 加えて、積雪のなかから2本の腕が生えて、これまたサムズアップしている。


 彼女たちが無事であったことに、安堵の溜息が出た。

 やはり、いくら生き返るからと言っても、簡単に命を捨てていいなんてことは断じてない、という持論だ。痛そうだしね。

 うちは、そんなホワイトなダンジョン体系なのである。



   ※     ※     ※



 悠然と歩くベル。


 仕掛けたはずのトラップは、洩れなく破壊され爆炎を上げる。


 彼女は言った、行くと。


 からここに来るらしい。


 落ち着け俺、冷静になれ俺、そして打開策を考えろ。


 今までの様子からして、ベルの能力には時間制限があるのだろう。

 それを踏まえての行動か?

 いや……もしかしたら、俺の存在に気付いて王国兵が来る前に魔王を仕留めようという魂胆かもしれない。


 ーーうん、やっぱりこれ多分、感情的になってるだけたわ……。


 考えろ、この3ヶ月の経験を、出来事を思い出せ。


 なにか思い当たるものがあるはずなんだ、このスナック菓子の袋がなかなか空かないときみたいな、モヤモヤした感じ。


「エミは、隠れとけ」


 いつもだったら、こう言うと……いや、言う前に彼女は消えているのだが、今日に限っては険しい表情で首を横に振った。


「無理よ、だって王国まで絡んできてるのよ、金髪女が引き返すとは思えないわ。それに勝手に家捜しされるなんてイヤだもの」


 こうは言っているがきっと本心は違うのだろう。


 一つ確かなのは、エミは自分が魔王であることを是としていない。

 人間から嫌われ恨まれ、魔族からも疎まれる、誰よりも寂しがりやで泣き虫な彼女が、そんな損な役回りを喜々として引き受けたはずがない。

 だから姿を隠すのだ、面と向かって罵詈雑言を浴びせられたら彼女は耐えられる自信がないから。


 そうだ、なんでエミの力になりたいと思ったのか、その理由がやっと解った気がする。

 俺を突き動かしていたのは、使命感だ。彼女のあまりにも脆く、今にも壊れてしまいそうな心を護らなければならないという使命感。

 

「書庫も荒らされるかもね」


「断じて許さん! あ……」


 ーー思い出した。


 それからの、俺の行動は早い。


「エミ、やっぱり一応隠れておいてくれ。それから石扉を開けておいてくれ。すぐに戻ってくるから!」


 言うと同時に走った、エミがなにか言っていたが、今は聞いている猶予はない。

 一分でも一秒でもはやく、はやく、はやく。


「深深と沈む身神で祈る、煌々と燃ゆる信仰を捧ぐ、信を持って幸となれーー」


 自信がない、うろ覚えだ。

 しかし、一刻を争うから仕方が無い。


 今以上に己の運動不足を恨んだことがあったろうか。

 足が痛い、つりそうだ。その上、声まで出すなんて、死ぬ、肺が燃えるようだ。


「ーー目覚め、振り向かん。その玲瓏な瞳に宿りし怜悧なる輝きを持ちてーー」


 やっと、目的の部屋に着いた。

 扉を開けると、嗅ぎ慣れた香り、見慣れた光景、毎日寝て起きて、そして本を読む場所、俺の部屋、お馴染み書庫さんである。

 探す、さがす。置いた場所は覚えているのだ見つけるのは容易……あった。

 俺は、その本を掴むと踵を返しまた走った。

 それは、俺自身が『ガチで使い道が解らない』と形容した本だ。しかし、今だけは希望の光にすら見える。


「ーーせぬ理を持って、利を捧ぐ。華なる架となりて、彼のものをーー」


 ーーなげぇーよ!!


 息も絶え絶えになんとか広間に戻ると、エミは言ったとおりに石扉を開け、姿を隠していた。

 右後ろからエミの視線を感じながら、俺は扉の前に立ち、ジッとベルが間も無く来るであろう暗闇を、第99階層を見据える。


「ーーその恩恵により、すさみ、乾き、痩せたこの母なる大地に新たな息吹をーー」


 出た、来た……。

 ベルも俺を見て悲痛な顔をする。

 多分、俺も同じような顔をしているのだろう。


 ーーだからここで終わらせるんだ。


 俺は震える手で本を掲げ、震える声で最後の節を謳った。


「顕現せよ! 豊穣の女神!!!!」


 ボン!!!!


 自分でやっておいてなんだが、ヤバイ……総毛立つ。99階層を黄緑色の土のようなものが埋め尽くした。

 固まっている場合ではない、俺は振り返ると『』が書かれた『魔導書グリモワール』を投げ捨てて叫んだ。


「火!!!!」


 2ヶ月以上も一緒に暮らして来たのだ、エミはその一言だけで俺の意を酌んでくれる……と言っても意味は解っていない気がする。

 まぁ、形はどうであれ俺の思い通りに事が進んでいる。


 それにしても、流石は魔王だ。

 虚空に浮く火球は、赤を通り越して白色に輝き、それは炎の塊というよりも熱エネルギーの塊といった感じだ。


 その火球が肥溜めに着弾する前に、俺は目に見えないエミを小脇に抱えながら猛ダッシュ……。


「おも……あ、無理」


 無理でした、いくら小柄な女性であっても、片腕で支えれるほどの腕力を持ち合わせておりませんでした。

 冷や汗をかきながら、咄嗟にエミと一緒にすべらかな床に伏せた。


「誰が重いですって!! ねぇ、誰が重いですって!! 言いなさいよ! ねぇ!!」


 騒がしくも抑揚のない声が耳元で響くが、今はそんなことに構っている暇はない。


 心境的には、死にたいんですよ。


 ズン! ゴウゥゥゥゥゥウウウ!!!!


 火球が着弾したと思ったら、その白い熱が何倍にも膨れ上がり、ベルがいる99階層を包み込んだ。

 離れている俺であっても、その熱風が肌を焼き、焦げたような匂いが鼻腔を刺激し、あまりの爆風に体が何メートルも吹き飛ぶ。

 それと共に、背中に感じる確かな衝撃、しっかり乾燥しているので不快感はあまりないが結構、痛い。

 草食動物なので臭いは少ないが……

うん、精神的ダメージは相当だ。


 燃えるのだ、草食動物の糞は全般的に。特に、密閉乾燥させるとより燃えやすくなるので、そこは想像力で補った。

 世界の理を覆すのが、魔法の本髄だとエミも言っていた。


 周囲を見回せば、見るも無残な光景が広がっていた。床、壁、天井、それに玉座にも牛糞が飛び散り、石扉の方を見れば、何もなかった……。

 厳密に言えば、薄暗く照らされていたはずの部屋は一寸先も見えないほどの暗黒が広がり、目を凝らせば紅く熱を持った岩床がパチパチと火花を噴いている。


 ーー勝った……。


 これは勝ちました。

 もしこれで生きてたら、彼女は多分、ミサイルが直撃しても平然としているだろう。


「殺すわ……」


 耳元で囁くように小さな声が聞こえた。


「……」


「あなたを殺して、私も死ぬわ」


 一難去ってまた一難、というか目の前に迫る死の予感。


 虚空エミが、俺の腕を退けて立ち上がると汚れたローブを脱いだ。

 その顔は、怒りに歪み、瞳はギラギラと輝いている。


「違うんだよ……逃げようと思ったんだよ! でも、重くて……」


「殺すわ」


 ーーあっ、失言した……。


 エミの身体が漆黒に染まり、その手がゆっくり俺の首にーー


「ちょっと待て!!」


 汚れた身体で揉み合いを始める2人。

 と言っても、魔法で強化されているためか、エミの腕力は半端なものじゃないので逃げの一択だ。


「安心して、私もすぐにくから」


 ーーヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!


「考えろ! "神台"の性質上、損するのお前だけだぞ!?」


 "神台"は、外的危害による絶命でしかその能力を発揮しない。つまり、仲違いで死んでも生き返れるが、自殺では生き返れないのだ。


 エミも理解したのだろう、力無く腕を離し、俯いている。


「そうね、そうよね……。

 ちょっと待って毒持ってくるから」


「待て! 待て! 待て!! なにに使う気だ!?」


「決まってるでしょ? 2人で飲むのよ」


 再度の揉み合い。


 イタタタタタタタタタタタタタタタ。


 むっちゃ、関節決められてよ、取れちゃうよ。


「そうか、そうだったのか」


 それはこの場に聞こえるはずのない声。でもないか……それはあくまで願望であり、そしてそれは今、悉く打ち砕かれた。

  寒くもないのに身体が震えた、顔を向ける勇気はなかったので、視線だけをそちらに向ける……。


 ーーいたわ、いるわ、普通に立ってるわ。


 奴は、汚れて煙を上げている。満身創痍でありながらもしっかりとその脚で立っていた。

 立って燃えるような瞳でこちらを睨みつけていた。


 詰めが甘かった、最悪だ。

 なぜ忘れていた、ベルは両親が牧畜をしていると言っていたじゃないか……。 彼女が、牛糞が燃えることを知っていたかどうかは解らないが、見慣れているが故に、焦ること無く迅速に回避できたのだろう。


 ベルは、ポーションを煽り、そして空になった瓶を床に叩きつけると静かに口を開いた。


「エリス、いや……魔王エミリア」


 そう、エミは今、魔法による身体強化を行っているのだ。当然、その魔法の色は黒……。


「なによ? ベル、いや……勇気ベルティーユ」


 おいおい、そんな喧嘩腰で話すなよ。


「すべて理解したぞ。

 カリヤが嘘を着いていた理由はこれか」


 まぁ、その通りだね。


「カリヤ? 私のものを馴れ馴れしく呼ばないで欲しいのだけれど」


「人のことを、ものとしてしか見られないその非情な心。やはりお前は私にとって倒すべき敵だ!」


 ーーそういう意味ではないと思うけど。


「奇遇ね、ちょうど私もあなたを殺してやりたいと思ってたのよ。

 色仕掛けで私のものに取り入ろうなんて、淫乱な女ね」


 その言葉に、ベルの顔がみるみると赤く染まる。


「な! なにを言うか!

 あれは崇高たる儀式であり、決して不純なものではない!! そもそも、彼の心に付け込み、利用しているのは、他でもないお前であろう!?」


「はぁ!? あんたに、私とカリヤのなにが解るっていうのよ! 

 ヴァーカ! ヴァーカ!」


「ッハ!

 バカって言う方がバカなんだぞ!」


「バカなんて言ってません〜、ヴァーカ! って言ったんです〜」


「はぁ?」


「はぁ?」


 静寂……。


 ーーいや、お前らの会話が一番頭悪そうだよ!?


 しかし、これは俺が介在するチャンス。どうにかして誤魔化そう。


「落ち着つーー」


ッ!」  「フンッ!」


 あ、ミスった……闘いのゴングになっちまった。



 エミは徒手空拳で、ベルは右手に剣を持って疾走。


 ーー素手は危ないでしょうが!


 しかし、2人は俺の心の叫びを無視して、激突した。

 それは黒と白の鍔迫り合い。

 どういうワケか、漆黒の魔力を纏ったエミの拳と、純白の魔力を纏ったベルの剣の切先が衝突したまま停滞しているのだ。


 そしてあろうことか、黒の魔力が白の魔力に押し勝ってしまった。


「そい!」


 エミの黒い魔力が、ベルの白い魔力を掻き消し、遂には凄まじい量の魔力がベルを呑み込んだ。


 しかし、ベルは事も無げに黒の奔流から抜け出る。衝撃の直前に後ろに飛んで威力を殺したのだろう。


 ベルは、魔法での戦闘は不利と見たのか、その健脚を最大限に生かして縦横無尽に飛び回りエミを翻弄する。


 俺は、殴り合いすらしたことないが、多分いい判断だ。

 魔族最強の称号は伊達ではないようで、エミの魔力は凄まじいのだが、実践経験があまりにも少ない。


 そのため、ベルの不規則な動きに容易に翻弄される上、相手の手を先読することができず、駆け引きにも負ける。


 案の定、エミが後ろを取られ、その無防備な背中を斬りつけようと剣を振るう。


「ッ!」


 ギン!


 しかし、その切先がエミの柔肌に届くかと思われたその時、黒い壁がエミを護るかのように地面から伸び、その切先を受け止めた。


 ベルがどれだけ裏を書き死角から攻撃しようとも必ずその壁をエミを護るのだ。

 それは多分、エミの意識に関係無く、彼女を護る鉄壁の盾なのだろう。


 これを見てベルは、手数にものをいわせるように目にも止まらぬ速さで剣を振るう。漆黒の盾は、一方向にしか伸ばせないようで、紙一重までベルの切先が届くことはあるものの決定打にはならない。

 さらに、それはエミが反撃する隙を与えることにもなるのだが、彼女は事も無げに躱すと再び反撃。

 

 2人は、周囲に甚大な破壊を伴いながら、終わりなき攻防を繰り広げる。



 俺は、その光景を見ながら自分の無力さに思わず歯噛みした。


 だってそうだ、


 エミはきっと、俺のダンジョンマスターとしての手腕を認め、これからも相棒として共に歩みたいと思ってくれているからこそ、あんなにも必死に闘っているのだろう。

 自分を過大評価しすぎなのかもしれないが……うん、多分きっとそうなんだと思う。


 ベルも、俺が魔王に囚われていると勘違いして、俺を救おうとして戦っているのだ。

 そうだと思う、きっとそうだ。


 あれ? よくよく考えてみれば、これってただの喧嘩なんじゃ……。


 まぁ、キッカケは俺にあるワケだし、本当は俺が止めに入るべきなんだ。

 でも、そんなことしたら絶対に死ぬ。


 だから俺は、この胸のなかにある、モヤモヤを言葉にして精一杯に吐き出した。


「お前等、俺のために争うな!」


 それは自信過剰な女性キャラクターくらいしか言わない……あ、某バイク乗りも同じようなことを言っていた気がするセリフ。


 そんな小っ恥ずかしい叫びも虚しく、2人の攻防はさらに苛烈さを増していくのだった。

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