幕間6 我が家のペット事情。


 残り3日で、勇者を含めた大国兵がここに攻めてくる。


 ーー多忙だ……。


 ベルは、こんなときでも毎日ダンジョンに潜ってくるので、ダンジョンマスターとしての仕事を全うした後に、いつものよう……いや、少しだけ面映おもはゆい気持ちで駄弁る。

 その後、エミに棘のある小言を言われながらも目前に控えた戦いに備えるという生活を続けている。


 そんな忙しい日々を続けているからか、このごろ、起きるのが辛い。


 今日も、泥のように眠っていた俺は、布団の中で重たいまぶたを持ち上げた。

 いつもの天井だ。

 右手にはモフモフとした、気持ちのいい感触。


 ーー今日は、俺のところに来たのか。


 やっばり嬉しい、思わずニヤける。

 ルルは、毎晩、俺かエミのどちらかの布団に潜りこんで来て寝ているのだ、自分の布団にいたときにはなんだか優越感がある。


 布団を捲ると、モフモフした毛玉が……。


「……」


 掛け直した。


 ーーふむ、だ?


 一糸も纏わずに、産まれたときのままの姿で寝息を立てる、女の子がいた気がする。10歳くらいの女の子だ。


 一応、自身の体を見ておこう。


 ーー大丈夫だ、しっかり着てる。


 もう一回、確かめるか……。怖いな、でも確かめないのも怖い。やるか……。


「……」


 ーーいたな……。


 こんな感じなのか……酔いつぶれて、翌朝に起きたら隣に異性がいたときの衝撃は。


「んん……」


「ッ!!」


 ヤバイ。

 寝返りを打った女の子が、そのまま俺に抱きついてきた感覚。布団の下で起こっている事件なので詳細は解らないが。


 どうする……起こすか? でも、その後どういう態度で接すればいい。

 そもそも、どこから入ってきた? 誰にも気づかれずここまで来れる奴なんて、仕立屋の狐ぐらいだぞ?


 そのとき、俺の確認どころか、ノックすらなく扉が開いた。最近ではいつもこんな感じだ。


「カリヤ! 早く、起きなさい!!

 って、もう起きてるじゃない」


 来ちゃうんだよな~、こういうタイミングでさ!!


「なんかさ……なんかいる」


「なに言ってんのよ?」


「布団の中に、なんかいるんだって」


「ルルでしょ? 今朝、私のところにいなかったし」


 少し拗ねるように言うエミ。

 

 そうか? ルルじゃなかったと思うがな……一応、もう一度。


「違うわ……」


「なに? 怖い話? 布団の中に真っ白な女の子がいるとか?」


「よく解ったな~、白い女の子だ、肌も異様に白いし、髪も真っ白」


 エミの頭の上に疑問符が浮かんだ。


「いや、大抵そういうのは、真っ黒な髪に白い肌、白装束が基本でしょ?」


「服は……着てないな」


「は……?」


 エミが、コイツ頭おかしいんじゃねぇのか? みたいな顔で見てくる。


 ーー事実ですし……。


「んん……ん?」


 あっ、白い子が起きたみたいだ。

 布団から顔だけをヒョッコリ出してきた。


 エミが、目を見開いて固まっている。


「おはよう……ご主人」


「おはよう」


 へぇ~、瞳の色まで白いのか、すごいな。


 ーーてか……なんでご主人?


「ねぇ……誰よ、その女……?」


 氷のような冷たく、鋭い視線が突き刺さる。


 ーー俺が知りたいよ。


「君は、誰?」


 俺の言葉に、白い子がコクリと小首を傾げた。


「なにを言ってる? ご主人」


 感情を捉えずらいボーっとした目で俺を見つめている。


「ルルか……?」


 なんだろう? 昨日まで、全く違かった……そもそも、人型ですらなかったのに、なんとなくそんな気がしたんだ。


「ご主人」


 白い子は、どこか少し満足気にコクリと頷いた。


「えー!! ルルなの!? 本当に!? マジで!? えーー!!!!」


 エミも、驚きを禁じ得ないようだ。だってこんなに、騒がしい。

 まぁ、当然だろう。朝起きたらペットが人になっていたらそれは驚く。

 

「食事係、ご飯」


 エミの方を向いて、食事を要求するルル。そのとき、俺に背を向けたため彼女の華奢な背中に生える2対の真っ白な翼が目に入った。

 

 俺がさっき右手に感じたモフモフは、これか。真っ白で綺麗な翼だ、多分、天使はこういう翼を付けているのだろう。


「な!? 誰が、食事係よ」


「エミ」


「ムキー!! 失礼な! 誰が毎日、ご飯をあげてると思ってるのよ! 私よ! 私!! もうちょっと、敬いなさいよ!」


 ーーいや、だから食事係なんだろ?



   ※     ※     ※



 いつもの朝食風景に、白い毛玉が消えて、白い少女が加わった。相当に違和感だ。


 小さな女の子に、キャットフードを食べさせるのは、なんだか犯罪臭がするので、ルルは俺たちと同じようにパンを食べている。


「美味、キャットフードじゃない」


 ボーッとした表情でパンを咥えている姿がリスみたいだ。

 ボロボロと、エミが幼い頃に着ていたという、黒色のワンピースにパンのカスをこぼしている。


「な!? キャットフード嫌いだったの!?」


「……飽きた」


 ルルは、心なしか遠い目をしている。

 考えてみれば、世の中のペットは毎日同じものを食べていて飽きないのだろうか?

 エミが、申し訳なさそうにショボンとしている。


「すごいっす! やっと私、以外にまともに会話できる従業員が増えたっす」


「ガシャン……」


 いや、別にそこでピーちゃんが落ち込む必要はないんだよ?


「そんなことよりもだ。なんでルルは、そんな姿になったんだ?」


「私は、龍族ドラグーンだから」


 ボケーっとした顔して、割とすごいことを口走ったな。


「ウワッ! ものすごい希少種じゃない!!」


「全く龍じゃないね……」


「人化してる」


「へぇ~、他にもなにかに化けられるのか?」


 ルルは、『食事係』と言ってエミにお代わりを求めると、俺の顔を見上げて質問に答えた。


「人化、マスコット化、龍化」


「マスコット化!? あぁ、昨日までのはそれか……なにに使うんだよ?」


「龍化や、人化だと襲われる。だから、いつもはマスコット」


 あぁ、確かに。

 龍族ドラグーンは、相当に強力な種族らしいので一級殲滅指定種族になっているらしい。

 つまり、殺したときの報酬が半端じゃない。

 人間達は、龍族ドラグーンを見つけると総出で殲滅に向かうとか……。


 人化は……まぁ、翼の生えた人間がいたら、襲って捉えようと企てる奴も少なくないのだろう。


「マスコットも、十分奇怪だったけどな」


 あんなデカイ、ケセランパサランみたいな生物、少なくとも俺は見たことがない。


奇っ可愛きっかわいいと定評だった」


「そ、そうか……」


 ーーなんだよ、奇っ可愛きっかわいいって。


 ちょうどそのとき、エミがすこし不満気な態度でお代わりを持ってきた。


「大義」


「ねぇ……なんか、コイツさっきからメチャクチャ偉そうなんだけど」


 エミが、真顔で俺のことを見てくる。

 確かに偉そうだが……なぜ俺に言う?


「そんなことないだろ? もし、本当にエミを下に見てるんだったら、一緒に寝たりしないんじゃないか?」


「そうね……そうよね! 照れ隠しよね!!」


 よく解らないけど、適当に頷いておいた。


「部下を気に掛け、士気を高める。

 これも上に立つものの役目。

 今日も、ご主人と寝る。明日は、エミと寝てあげてもいい」


「「……」」


 むっちゃ、下に見てたあぁぁぁあ!! 自分で上に立つものって言っちゃったし。


「ムガァ~!! なんで!? なんで私が食事係で、カリヤが主人なのよ!?」


「私を捕まえたのはご主人だから、それに……」


 ーーそれに?


「あんなとこまで揉まれた……」


 頬をほんのりと染めながらすこし俯くルル。


「……」


 どこだ……どこ揉んだ、俺!

 でも、揉めるところなんて……肩かな? うん、肩だな。『翼が生えてると肩が凝っていかん』って、言ってたような気もする……しないね。


「ねぇ、カリヤ……?」


「揉んだんすか!? 揉んだんすね!! ツルペタが好きなんすか!?」


『ガシャン!! ガシャン!!』


 全く覚えていない……でも、裸だったしな……揉んだか? 

 揉んだなら揉んだって言えよ! 俺!


「ルルの羽……」


『「「「…………」」」』


 良かった~!!

 揉んでた! 覚えていないけど、揉んでたよ!!


龍族ドラグーンは、羽が弱点。

 ルルは、必死に抗ったけど、ご主人が無理矢理揉んできた。えっち」


 ルルは、翼を撫でながら、カッと顔を赤らめる、始めて目に見えて表情が変化した。

 ヤバイ、ものすごい犯罪臭……。


「なら! 羽を揉みしだけば、私も出世できるのかしら!?」


「揉んでいいのは、ご主人だけ。

 食事係は、食事係らしく、小麦粉でも揉んでいればいい」


「「「『…………』」」」


 これは、怒っているのか、冗談で言っているのか、それとも素なのか……表情が乏しいので、どうとも言い難い。


「どっちが、魔王なんだか……」


 俺の呟きに、その場にいた皆が、ルルを見ながらコクリと頷いた。

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