第9話 約束(のろい)!!


 ある日のことだ、平然とダイニングで紅茶(?) を啜る勇者さんが言った。


「提案なんだが、3人で町まで行かないか?」


「「は?」」


 突然なにを言っているの? 勇者さん。


「え……なんでだ?」


 予想外の提案だ。全く答えを用意していなかった。

 エミは、ダンジョンから出られないし。俺に至っては、疲れるからヤダし……。

 エミの方に目を向けると、彼女もこちらを見ていた。


 ーーどうにかしなくてわ……。


「ほら、2人ともダンジョンに篭りっぱなしで、全然、外出してないんじゃないか?」


 俺は2週間と少し、エミに関しては6年以上外出していない。


「エリスは、体が弱いからあまり外には出られないんだよ」


 ダンジョンから出られない持病、と言えなくもないと思う。


「そうか……それは残念だな……、ならお前はどうなんだ!? ヒダカミ カリヤ」


 本当に残念そうな表情から、期待する様な目で俺を見る勇者さん。


 グググ……断りずらい。


「俺は、ほら……この前、一週間も旅してたし。割と、外に出てるぞ?」


「聞けば、あれは従業員を雇うための旅だったのだろ? 今日は、町をぶらついてはどうだろうか?」


 勇者さん、今日はグイグイ来るね。


「でも、エリスが1人になっちまうし……」


 普通に、行きたくないですし。


「うちらがいるっすよ!!」


『ガシャン ガシャン』


『ミギャー』


 この裏切り者どもが!! せめて悪意をもって裏切れ。


 こうなったら、頼みの綱はお前だけだ!


「エリスさ~ん……」


「行きたいなら、勝手に行けばいいじゃない。フンッ!」


 エミは、頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。どうやら綱ではなく、蜘蛛の糸だったようだ。


「よし! 決まりだな!!」


 嬉しそうに言う勇者さん。

 どうやら、決まってしまったらしい。



   ※     ※     ※



「随分と賑やかな町だな……」


 久しぶりの喧騒だ。

 まっすぐ続く一本道には、屋台がひしめき合い、行き交う人々で目が回りそうになる。この前、行った町とは全く異なる風景。

 よく言えば、賑わっており。悪く言えば、騒々しい。


「この町は、交易の仲介地点だからな、行商も盛んだ」


 やっぱり、公の場では勇者って感じだな。毅然とした態度を崩さず、どこか神々しさすら感じる。

 多分、自分では意識しているつもりはないのだろう。


 それは、視線も集まるワケだ。


 ーーふざけんなよ。


 みんなが、勇者さんに羨望の眼差しを向けたあと、その隣を歩く俺の方を訝しげな目で見てくる。

 見られるたびに、精神が摩耗するようだ。


「勇者さん、もう少し人目につかない場所に行かないか? 周りからの視線が辛い……」


「ん? そうか? まぁ、少し辛抱してくれ、連れて行きたい場所があるのだ」


 なんだ、予定は決めてあるのか。


「どこに行くんだよ?」


「教会だ」


 教会って、あの教会か?

 毎日、誰かしらが祈りに来て、『アヴェ・マリヤ』とか歌っちゃう教会か?


「え……俺、信仰心なんて霞もないぞ?」


「安心しろ、私もだ。

 友人が修道女でな、会わせたいのだ」


 信仰心もないのに、よく修道女と仲良くなれたな! そして、俺はこれっぽっちも会いたくないよ!




「ずげぇー……」


 真っ白な建物の屋根の上に十字架が飾られている、外観はまぁ、普通に教会だ。しかし、中に入ると奥の祭壇へといざなうように横長の椅子がズラリと並び、ステンドグラスを通して床に投射される太陽の光が美しい。


 その光に照らされながら、柔らかな笑みを向けてくる女性。

 彼女が勇者さんの友達だろう、修道服に身を包んだたおやかな女性だ。


「さきほど、話した友人のテリーゼだ」


「修道女の、テリーゼと言います。

 ヒダカミ様のことは、ベルから予々かねがね聞いていますよ。

 ーー本当、うんざりするほどに……」


 テリーゼの静かな声が、粛々と教会に響き渡った。


 ーーあれ……なにか、幻聴のようなものが……。


「あぁ! 思い出した! 綿菓子の人ですか!?」


 テリーゼって、どっかで聞いたことあると思ったら、ベルちゃんのことを綿菓子と、奇怪な表現をする人だ。


「あら、ベルに聞いたんですか? ふふふ……お恥ずかしい。

 ーーチッ……」


 ーーまたもや、幻聴……。


 ちょっと、怖いから話題を移そうか。


「な……なあ、勇者さん。

 どうして、俺をテリーゼさんに合わせたかったんだ?」


 俺の質問に、勇者さんが困ったような顔で黙りこくってしまった。

 そのため、テリーゼさんが少し呆れたように勇者さんに代わって答える。


「ベルに頼まれたのです、ヒダカミ様とエリス様の"神台盟約"を解いてほしいと。

 当教会では"神台盟約"を結ぶ他に、魔族に奴隷として強制的に"神台盟約"を結ばれた人々に対する"盟約解除"の儀も行っております」


 あぁ……そういうことか。


 つまり、勇者さんはダンジョンで暮らす俺と、エミのことを魔王の奴隷であると勘違いしたワケか……そういえば、本にも魔族が人間を捕虜にして取引に使ったり、奴隷にすることもあるって書いてあったな。

 勇者さんが、そう思うのも仕方が無いだろう。


「勝手なことをして、すまない……。

 しかし、ダンジョンにはアイルスや、ピーちゃんもいるし、あの場では説明できなかったのだ」


 申し訳なさそうに、シュンと俯く勇者さん。


「別に悪いことじぁないよ、勇者さん。

 でも、誤解しないでほしいんだ。俺も、それにエリスも、魔王の奴隷ってワケじゃない」


「もし、お前が本当にそう思っているのだとしてもだ。

 魔王が、お前たち兄妹を矢面に立たせておいて、自分は安全な場所で身を潜めているというのは事実だ。

 敢えて人間であるお前等を矢面に立たせることによって同情を誘っているのだろう。お前たちは、利用されているだけなんだ」


 『頼むから、人間こちら側に来てくれ』と語りかけるような目だ。

 真剣に、俺たちのことを心配してくれているのだろう。


 兄妹の片割れこそが、魔王だなんて言えるワケもない。


「この町で、暮らしてくられないだろうか?」


「……少なくとも、今は……承諾しかねる」


 俺の言葉に、悲痛な表情をする勇者さん。胸が痛んだ。


「なら……いつになったら納得してくれるのだ?」


「俺の居場所が、なくなったら……かな?」


 思わず声が裏返った。それはとても怖いことだと知っている。


 ガン!!


「「ッ!!」」


 ビックリした!

 勇者さんが、怒ったのかと思いきや、彼女もビックリして固まっていた。


「あっ、気にしないでください。

 ちょっとした呪術ですので」


 ニコやかに、恐ろしいことを言うテリーゼさん。見ると、ナイフの突き立てられた紙が、彼女の足元に刺さっていた。紙には、なにやら文字が書いてある。


 ーーなに、怖い……。


「まったく、どこの馬の骨だか知りませんが、ベルを振るだなんて……この、痴れ者が!!

 そうは思いませんか、ヒダカミ様?」


「ま……まったく、その通りでございます!!」


 満面の笑みで俺を見るテリーゼさん、背筋が泡立ち、カチカチカチカチ喧しいと思ったら、その音は俺の奥歯から鳴っていた。


 ーーこの人、ガチだ。


「どうしてくれましょうか?」


「ぼ……僕には、よく解りませんが。

 その人にも自由な意識というものがあってですね! 選択する自由があるのです! 確かにね、勇者さんを振るだなんて万死にあたいする! です! しかし、しかしですよ!? その人にはその人の価値観があってですね! それを否定するのは誰にもできないと思うんですね、だから!

 ここは、穏便にすませましょう、ね!」


 捲し立てるように言った。

 必死だ、必死。それは必死にもなる、だって紙に『カリヤ』って書いてあるもの。ちょうど『リ』にナイフが突き立てられているもの。


「つまり、死刑ってことですね」


 ガン!!


「ひっ!!」


 『ヤ』が死んだ。 


「な……なんで殺しちゃうんですか?」


「え? だって私は神の信者ですよ? 人の自由ていど、侵しても神は許してくださいますよ。

 ヒダカミ様は、仰いました。万死に値するが、人には自由があると。ならば、私がの自由を奪って、死を与えるまで。

 あぁ、神は偉大です!」


 ガン! ガン! ガン! ガン!ーー


 ーー神を都合よく使うな!!


 床にかがみながら、一心不乱にナイフを抜き差しするテリーゼさん。

 瞳はギラギラと光り、口元はいびつゆがめられている。


 『あなた』って誰だろ、『カリヤ』って誰のことだろ。ゾワリ……。


「最近は、忙しいと言っていたからな。テリーゼも疲れているのだろう」


「俺が贄になってるんだけど……完全に、俺への恨み辛みに転嫁しているんだけど!!」


 『カリヤ』はもう、原型すら留めていない……呪いとか本当にあるのだろうか? 翌朝起きたら、ズタボロになって死んでましたとか、死んでもいやだ。


「それでは行こうか」


「あ、行くんだ……」


 随分と、平然な様子の勇者さん。

 を見て同様しないとは、わりと頻繁にあることなのかもしれない。


「飽くまで魔族側あちらにいると言うのなら、私がお前を人間側こちらに引き込んでやろう」


「諦めが悪いな、次はなにをするんだ?」


「決まっているだろ。思う存分遊んで、『帰りたくない』と思わせてやるのだ」


 勇者さんは、いたずらっぽく笑うと、俺の手を取った。


を引きずったまま、素直に楽しめる気がしないんだが」


「任せろ!」


 まったく、子供っぽい考えだ……が、嫌いじゃない。

 

 俺は、嘆息すると、勇者さんに従って歩みを進めた。



   ※     ※     ※



 ちょうどその頃。


 居残り組の女性陣+ペットは、ダイニングでお茶を嗜んでいた。厳密に言えば、1人は嗜んでいるというよりも、やけ食い状態だが……。


「ハムハムハム……」


 吸い込まれるように、テーブルの上のクッキーが消えていく。


「グフゥ! ゴク ゴク ゴク……」


 せて、お茶を酒のように呷ると、その容器を乱暴にテーブルの上へと叩きつけた。

 なかなかの荒れようだが、いまエミにアルコール検査をしても、驚くべきことに示す値は0だ。


「なんなのよ……なんなのよ! アイツ!! 行く? 普通、行く? 行かないわよね!!」


 そう言うと、エミはテーブルに突っ伏してしまう。

 しつこいようだが、酔っていない。


「ポットっす!!」


『ガシャン! ガシャン!』


『ミギャー!!』


 エミの悲痛な叫びに、女性陣+ペットがガヤガヤと騒ぎ始める。


「ポットじゃなくて、嫉妬よ! てか、嫉妬なんてしてないわよ!!」


『カシャン?』


 ピーちゃんが、小首を傾げてなにかを訴えかけている。


「嫉妬じゃなければ、なんなんっすか? ってピーちゃんも言ってるっす!」


「むぅ……、自分のものを無断で他人に使われたら嫌でしよ? そんな感じよ、多分……」


 エミは、自分自身に信じこませるようにうんうんとうなった。


「『自分のもの』っすか~。

 なんかエロいっす!!」


 お得意のゲス笑いを見せるアイルス。

 その言葉に、エミの顔がみるみるうちに赤く染まる。


「そういう意味じゃないでしょ!!

 カリヤは、居候みたいなものなのよ!? つまり……つまりなに!?」


「そんなこと、知らないっす。ピーちゃんは、どう思うっすか?」


『ガシャ!!』


 ピーちゃんは、なにかを抱きしめるように、腕を交差させた。


「ほほぅ、なかなかマロンチックっすね!」


「いや、全然、解らないんだけど……。あと、マロンチックじゃなくて、ロマンチックね、栗っぽくなってるわよ」


「つまり、自分のものにしたいくらい大好きだってことっす!」


「な!!」


 エミが反発してなにかを言おうする。そのとき、毛玉がモフリとテーブルの上に着地。


『ミギャ! ミギャミギャミギャ ミギャー!!』


 モッフモッフと飛び回り、皿やらコップやらを荒らしていく。


「流石は、ルルっす! みんなとは、寒天が違うっすね!!」


「いや、全然、解らないんだけど……。あと、観点のイントネーションが、寒天みたいだったわよ?」


「殺意だって言ってるっす!」


「は!?」


「それは嫉妬じゃなくて、勇者が自分よりもさきにカリヤを殺すんじゃないかと、心配しての感情だと言ってるっす!!」


「なにこの仔!! そんな恐ろしいこと考えてるの!?」


 エミが、ルルを抱きかかえるも当の毛玉はモッフモッフとただただ揺れるだけである。


「流石に、ルルがなんて言ってるかは解らないっす」


 ニマニマと、嫌な笑顔をするアイルス。


「ふざけないでよ! 私がバカみたいじゃない!」


「でも、ピーちゃんの言ってることは本当っすよね?」


『ガシャン』


 コクリと頷いた。


 エミは、胸のあたりを摩りながら俯いてしまう。


「別に……好きじゃないわよ。

 なんか、こう……モヤモヤしてギューってなるのよ」


『『……』』


 鎧と、毛玉からジットリとした目で見られるエミ。


「2人の言いたいことは、解るっす……それが好きってことでしょうが!! っす」


『ガシャン! ガシャン!』


『ミギャー!」


 室内は、再び騒々しくなったが、エミは耳まで真っ赤にして、黙りこくってしまった。

 考えてもみれば、

 6年間もの間、1人ぼっちで孤独に耐えてきた少女のもとに、突如、異性が現れれば、それがどんな相手であろうとも白馬の王子様に見えてしまう、というのもおかしなことではない。

 その上、それが自分と話や好みが合う人で、さらに精一杯に自分の役に立とうとしてくれたなら……。


「ホの字っす!!」


『ガシャン! ガシャン!』


『ミギャー!!』


 エミは、今すぐにでもこの話題を終わらせたかった。

 話せば話すほど、エミ自身が鈍感すぎて気づかなかった自分の気持ちの正体を理解し、その度に胸が高鳴り、顔が暑くなる。それと同時にチクリと胸が痛むのだ。

 しかし、誰かと会話するという経験が極端に少ないエミが、女子たちの恋バナから逃れるすべを持ち合わせているわけもなく……。


 彼女は、恥ずかしさと、思い人が他の女とデートすることを許してしまった、ということへの後悔で、死にたくなった。



   ※     ※     ※


 

 考えてもみれば、これは所謂、デートというものなのかもしれない。

 デートの定義が曖昧だが男女が一緒にどこかへ行くという定義ならば、これは立派なデートだ。


 なぜ突然、このようなことを思ったかと言うと、夕日が綺麗だったからだ。


 うん……これだと、少しキザで恥ずかしいな……偶々、夕日が目に入って、もしこれがデートだったら結構、ロマンチックな光景なんじゃね? って思ったら、あれ? 俺っていまデートしてんじゃね? と感じたのである。


 まぁ、ロマンチックなのは夕日だけだ、だってここは畑だ。

 想像してほしい。畑の隅でベンチに腰を下ろす男女が2人、キャベツやら人参やら、ニラやらがニョッキニョッキと生えている光景をジッと見つめている姿を。


 ほら、ロマンチックじゃないだろ?


 今日は、そこそこ楽しかったと思う。昼食を2人で食べたり、野菜の種を蒔いたり、野菜の苗を植えたり、野菜を収穫したり……。


 ーーあれ? ほとんど畑にしかいないぞ?


「どうだ? 人間側こちらもなかなか面白いだろ?」


 頬を土で汚した勇者さんが、子供のように無邪気な笑顔を向けてくる。

 夕日を浴びる女性というのはみな、こんなにも美しいものなのだろうか?

 もし、そうなんだとしたら、朝も夜もいらない、ずっと夕方が続けばいいとさえ思えてくる。


 その上だ、いつも鎧姿の勇者さんが、現在、べージュのつなぎに黒い長靴と麦わら帽子、そして首からタオルを提げている、という農作業用の服装をしている。

 普段とのギャップもあって、むっさ可愛い!!


「どちらかというと、畑仕事の面白さだと思うけどな」


 多分、俺の顔も土で汚れているんだと思うが、不思議と不快感はない。


「……改めて言う。この町で、暮らしてくれないだろうか?」


 訴えかけるようなに俺の目を見つめる勇者さん。

 エミが魔王であると、告白してしまえば、俺も勇者さんもこんな思いをせずに済むのかもしれない。

 でも、告白したところで、新たな迷いと後悔を生むだけだ。そしてそれは多分、いま以上に深刻で根深いものだ。


「ごめん……」


 やっぱり、勇者さんの表情が悲痛に染まった。堪らなく胸が痛む。


「いや……謝る必要はない」


「「……」」


 気まずい雰囲気だ。2人で黙って畑を見ていると、勇者さんが呟いた。


「なぁ、私はどうして勇者をやっているんだと思う?」


 勇者さんは、俯きながら言う。


 ーー随分と、唐突だな。


 多分これは、クイズとか思い出話の意味で言っているワケではないのだろう。

勇者さん自身が、解らずに誰かに答えを求めているんだ。


 ーーそんなの俺が知るわけないだろ……?


「勇者に、なったからだ……」


「あぁ……ある日。突然、私のなかの勇者が目覚めた、そしてなし崩しに勇者という肩書きも付いてきた」


「本当は、なにがやりたかったんだ?」


 勇者さんは、下唇を噛み締めている。


「両親と……農業をやってるときが幸せだった。


 故郷には、両親も友達もいたのに勇者になったら、王都に連れていかれた。

 そこで人間のために戦えと言われたが、王都に知り合いはいなかった。


 見ず知らずの人のために戦うのが勇者だと言うのなら、私は勇者なんかになりたくなかった……」


 それは、涙を押し殺すような声。


 彼女から弱音を聞くのは始めてだ。


 ーーそうだろうな。


 と思う。なんとなく解った。

 勇者さんが、畑作業しているときの顔があまりにも幸せそうだったから。


「なら、勇者としての役目を終えたら、故郷に戻って農業をすればいい」


 俺の言葉に、勇者さんは驚いたような顔をする。


 酷いことを言っているという自覚はある。

 だって、言ってる俺自身がそれを全力で阻止するんだから。


「それに、国王も大抵の頼みは聞いてくれるんじゃないか? 農地拡大とか。それに故郷のご両親や、友達が困っていたら、国王にそれを解決させるなんて面白そうじゃないか?」


「ふふ……、なかなか夢があるな」


「だろ?」


 勇者さんの笑顔を見て、ちょっとだけ罪悪感が晴れた。

 いや、勇者さんってのはなんだか違う気がするな。


「だから、ベル。これからは、自分のために勇者をやったらどうだ?」


 ベルは、笑いを堪えるように口もとを手で覆っている。


「ふふ……いいことを聞いてしまった。 仕方がないな、正直、言うべきかどうか迷っていたのだが、これでは言わざるおえまい」


 なにかが吹っ切れたのだろう、晴れやかな顔だ。しかし、その声色は真剣そのもの、思わず背筋を正す。


「これは、口外するなと言われていることだが……カリヤとエリスにだけは、知っておいてほしい」


 始めてだ、ベルが俺のことをカリヤと呼ぶのは。


「うん、解った。

 今から聞く話は、エリス以外には絶対に口外しない」


 ベルは、小さく頷くと口を開く。


「今日から、ちょうど1週間後の正午きっかりに、私を含めた3人の勇者と、王国兵およそ100人がダンジョンに攻め込む」


「な!?」


 ベルと同格のが、2人も!!


「私のパーティを覚えているか?」


「あぁ、魔法戦士と賢者と戦士のパーティだろ?」


 そういえば、最初の頃はちょくちょくダンジョンに潜ってきたのに、最近は全然見ないな。


「そうだ、その戦士がな、王国から派遣された兵士なのだが、あのオヤジ、私の断りもなく勝手に王国に増援要請をしていたのだ」


 あのオヤジ! 余計なことしやがって!!


「予定では、2日間かけて私たち勇者がトラップを破壊しながらダンジョンを攻略し、99階層で待機。王国兵を待ち、合流してから魔王と対峙することとなっている」


「その日には、絶対に外へ避難していろ、と言いたいんだな?」


「そうだ」


 ーーできるワケがないだろ? 


 と、言いたい。

 けど、言えるワケがない。これ以上、ベルの期待を裏切るのが怖いんだ。逃げているだけだ、自分が一番解ってる。


「……ありがとう。教えてくれて」


 『解ったよ』と嘘はつけなかった。だから、そうともとれるような表現をした。


「信じてるぞ」


 ーー辞めろ……。


 信頼なんてされたら、裏切ったときが苦しい。


「……」


「私はアイルスや、ピーちゃんを殺すことになるかもしれない」


 ベルは、そう言って弱々しく笑う。

 そんな笑顔、虚勢にすらなっていない。


 見ず知らずの人を救うために、知り合いを殺さなくてはならないなんて……ベルにとって、こんなにも辛いことはないだろう。


「なら、アイルスとピーちゃんにも伝えればいいじゃないか。そもそもなんで口外が禁止されているんだ?」


「もし口外して騒ぎになったら、魔王に感づかれる可能性がある。

 カリヤとエリスに話すのは、お前たちが人間だからだ、アイルスたちは魔族……私が勇者である以上、教えるわけにはいかん」


 ーーあー、ダメだ……。


 俺はベルに言われたとおりエミにだけ、このことを話すつもりだ。

 それでも、エミは魔族であり、魔王なんだ。

 そして、それはベルを幸せから遠ざけることになるんだ。


「さっきさ……『信じてる』って言ってただろ? でも俺は、信用できるような人間なんかじゃないよ」


 ベルが、眉間にシワを作りながら俺の目を見た。

 きっと、俺にこの話しをしたことを後悔してるんだろうな。

 これでいい、聞きたいことは聞けたんだ。あとはベルが俺を見限ってくれれば裏切るときに苦しまずに済む、なのに……胸が痛い。


「どうしてそう思う?」


「俺は、ベルに嘘を付いているし、言ってないこともある」


 彼女は、俺を異世界人を信頼できるのか?


「俺は、この世界の人間じゃない」


「……意味が解らん」


「魔王に、召喚されたんだ。

 出身は、日本という全く別の世界にある小さな国だ」


 どうだ、異様だろ? 信用できないだろ?


「驚きだな……聞いたことのない事例だ。しかし、お前がダンジョンに住んでいる理由はそれか……魔王を恨んではいないのか? ニホンという国には、家族や友人がいたのだろう?」


「もとの世界には、居場所がなかったからな……寧ろ感謝してるかな」


 それにちょっとだけ尊敬もしてるんだ。

 たった1人で魔王としての役割を精一杯にまっとうするなんて、簡単なことではない。

 それに、俺が召喚されたのは本当にエミの力によるものなのか解らないし、知らぬ存ぜぬで通すこともできた、それにも関わらず彼女は俺に居場所を与えてくれたんだ。


「これが、言ってなかったことだ。どうだ? この世界にとって、俺は宇宙人みたいなもんだ。それでも信用するか?」


「お前が、異世界人であることと、お前への信頼が関係あるのか?」


 夕日を見上げながら、首を傾げるベル。


 ーーやっぱりか……そんな返答が帰ってくると思ったよ。


 あれ……? なんで、俺はこのていどじゃあベルは見限らないと解っていたのにこの話をしたんだ?


「俺とエリスは、兄妹じゃない……」


 勝手に、口が動いていた。


 ーーあぁ、そうか……。


 俺は、逃げてるんだ。罪悪感から。

 計算高くも、都合の悪い秘密を隠すことで感じる罪悪感から逃れるために、話してもいいだろうと選択した秘密を暴露して、この罪悪感を誤魔化しているんだ。


「な!? 嘘だったのか! どうりで似ていないわけだ!」


 やっぱり流石に無理があったか。知人じゃ変な勘違いされて面倒くさいなと思ったのだが……微かにも似てないもんな。


「ダンジョンに人がいたらお前が襲いかねないからな。それこそ、俺と最初に会ったときみたいに。

 血が繋がっていれば確実に怪しまれないと思ったんだ」


 嘘を言わずに偽るのもなかなか大変だな。

 流石に、これにはベルもご立腹な様子だ。


「嘘に、隠し事なんて。酷いでわないか!」


「隠し事ではないだろ? 言ってなかっただけだ」


「許さん!!」


「……?」


 押し黙っているわけではない、強制的に塞がれているんだ。

 頭が真っ白になった、

 なんでこんな近くにベルの顔がある? この唇に触れている柔らかな感触はなんだ?

 頭の中が、疑問符だらけになった。


 ベルは、顔を離すと、咄嗟にソッポを向いてしまう。

 耳が真っ赤なのは夕日のせいだろうか?


「あ……キスか、はぁ?」


 ーーキスか……キス、キス!!


 やっとこさ、理解が追いついた。いまは、絶対に自分の顔を鏡で見たくない。


「声に出して、言うな!! それに、接吻ではない!!」


 ガバッ! とベルが、焦ったように振り向いた。

 あぁ、これこれ俺の顔もこんな感じで赤くなってるんだと思う。


「な……!?なな、ならなんだ!?

 ただのキスじゃなくて、ファーストキスだとでも言うつもりか!?」


「違う! ファースト接吻だが、そういう意味ではない」


「ファースト接吻ってなんだよ!? 俺のファースト接吻を奪っといて違うとは言わせないぞ!!」


 落ち着け~、俺。ファースト接吻ってなんだ~、落ち着け~。


「他意はない!!」


「『他意がある!!』なんて、このシチュエーションで言ったら痴女だからな?」


 俺の言葉に、ベルは再び叫びそうになるが、咄嗟に口を両手で抑えて大きく深呼吸をした。


「聞け、落ち着いて聞いてくれ」


「そうだな、いったん深呼吸しよう」


「「は~、ふ~」」


 暫くの沈黙。


「これはな、私の故郷に伝わる"約束の儀式"だ」


 ーーおっそろしく子供っぽい名前の儀式だな!


「え~っと、"約束の儀式"とは?」


「ふむ、男女が接吻をしてだな、互いが相手に守ってもらいたい約束を言う。すると2人は絶対にその約束を守らなくてはいけなくなるのだ!!」


 なにがすごいのかは解らないが、自慢気に胸を張るベル。


「へぇ~、結婚式で誓いのキスのときにやったらロマンチックだな」


「意外と、ロマンチストなんだな」


「……ほっとけ」


 ニマニマといやらしい顔で見ないでください、恥ずかし。


「これでカリヤは、私と約束を結ばなくてはいけなくなった」


 ーーあ、これ強制なんだ。


「マジか~……えっ、どんな約束をするの?」


「なんでもいい。私の約束は、『今後一切、カリヤは私に嘘や隠し事をしてはいけない!』だ!!」


 え!! 守れる気がしないんだけど! マジで、やるのこれ!?

 でもキスまでさせといて、『出来ません』は、ヤバイよな。


「なら、俺からの約束は『魔王のことについて追求しない』だ」


「む……そんなことでいいのか?」


「あぁ、魔王のことについて聞かれたら、俺はお前の約束を守れないかもしれないからな」


 取り敢えずは、これでエミが魔王だとバレないように会話できる。

 しかし、今後ベルの前でエミのことをエリスと呼べなくなってしまった。可哀想だが、エミには当分、隠れといともらうとしよう。


「うむ! 殊勝な心がけだ!」


 嬉しそうに、笑うベル。

 これから、気苦労が増えそうそうだがその笑顔を見ると、頑張ろうと思える。


「そういえば、約束を破ったらどうなるんだ?」


「ん? 死刑だが」


「怖いよ!!!!」


 どうやは俺は、とんでもない約束を結んでしまったらしい……。

 

 ーー約束というより、呪いじゃないか……?



   ※     ※     ※



「ねぇ! なにがあったのよ! ねぇ!!」


 帰ってきてから、エミはこの言葉を呪いのように発し続けている。

 言えるワケもないが、聞くたびに唇に伝わったアノ柔らかな感触を思い出してしまうので、辞めて欲しい。


「……ナニモナカッタヨ」


「嘘!! 絶対に、嘘よ!! 本当なら、そんな片言になるわけないもの!!」


 そうだ、俺。もっと冷静に。


「本当ダヨ」


 ーー無理!!


「ねぇ! 言いなさいよ!! なにがあったの!? ねぇ!!」


「修羅場の予感っす!!」


『ガシャン! ガシャン! ガシャン!』


『ミギャー!! ミギャー!!』


 ーー外野は黙ってろ!!


 動物園みたいだな……話題を変えてみるか。


「そんなことよいも! 大変なんだよ!!」


 そう、俺はさきほどベルに聞いたことをエミに伝えなくてはならないのだ。


「ねぇ! 言いなさいよ! ねぇ!!」


「言うっす! 言うっす! ワクワクっす!」


『ガシャン!! ガシャン!!』


『ミギャー!!』


 誤魔化せないか……言うか……言っちゃうのか? でも言わないと話が進まない気がする。


「キス……された……といっても、故郷に伝わる儀式らしいから、そういうアレじゃない」


 ヤバイ、ちょー恥ずい。

 どんな罰ゲームだよ、これ。


「……」


「流石、勇者っすね手が早いっす! 喰われなかったのが奇跡っす!!」


『ガシャン ガシャン』


『ミギャ』


 ただ1人を除いて、みな思い思いの意見を言っている……3人中2人はなにを言っているのか解らないが。


「お~い、エミ~?」


 なぜか、全く動かないんだが?


「なぁ、どうしたんだよ? ベルと外出したことを怒ってるのか?」


「ベル……?」


「愛称っす! 2人の距離が確実に縮まってるっす!」


 この猫耳、現場に居合わせもしなかったくせに好き勝手言いやがって!!


「うわあぁぁぁぁぁぁあん!!」


 ビックリした~!!

 エミが、突然叫び始めたかと思ったら踵を返して走り出し、そのまま自室に戻っていってしまった。


「なにあれ……?」


「ニブチンっす」


『カシャン』


『ミギャ』


 なんだ、従業員。

 なぜ俺のことを、そんな白け顏で見る。

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