幕間4 とある魔王の悲願。

 それは、ある日の昼下がり。と言っても外の様子が解らないので時間的にそれくらいってだけの話だ。

 まぁ、昼の1時30分は十分昼下がりと言えるだろう。


 勇者さんは、午前中には帰ってしまうので、この時間はいつもヒマだったりする。


 こういうとき、俺はいつも書庫で本を読むか、ダイニングで本を読むかしている。つまり、本しか読んでいない。


 今日は、ダイニングな気分だ。


「シンクの水垢がたちどころに消える魔法……」


「便利じゃな~い」


 ーーうん、本当。


「でもさ、『魔導書グリモワール」に書くことではないよな?」


 この世界に来て、結構な冊数の『魔導書グリモワール』を読んできたのだが、どれもこれもクッソ下らない。


 使えそうなので、

『肩こりを解消する魔法』、『服の毛玉を取る魔法』、『洗濯物を一瞬で乾かす魔法』とか……。


ーーわーお、実用的!!


 だけども! デカイ『魔導書グリモワール』を手に持ち、長ったらしい詠唱を唱えてやることじぁないだろ!


 ガチで使い道が解らないのは、

『歯磨き粉が泡立つ魔法』、『牛糞を撒き散らす魔法』、『結露で自在に文字が書ける魔法』とか……。


 ーー要らないね……。


 そんな泡立ちは求めてないし。肥料かな? 結露で字を書くって……指でやりな。


「魔法って、どれもこんなんなの?」


「そんなワケないでしょ、書庫の本はすべて先代が集めたものだから、先代の趣味ね」


 エミは、興味なさそうに紅茶? を啜る。


「先代って、エミの親父さんだろ?」


「そうね」


 少し前に、エミから聞いたのだが前代の魔王はエミの父親らしい。

 魔力の強さも遺伝するのかもしれないな。


「独特な感性の持ち主だな……」


 かる~く父親の趣味をバカにしてしまった気がする。俺、苦笑い。


「あまり頭のいい人ではなかったわ」


 ーーあ……自分で言っちゃうんだ。


 なんとなくだけど、父親の話をするエミの雰囲気がどこか不機嫌な気がする。


「あの人、人魔の和平協定を目指してたのよ」


「立派なことじゃないか」


「本当にそう思ってる?」


「……現実的では……ないと思う」


 というか不可能だ。

 和平協定を結ぶということは、魔族があるていど譲歩する必要があるだろう。しかし、それは魔族が壊滅するかもしれないほどの譲歩だ。

 現場、人間側が魔族を攻める理由は、魔族が縄張りとしている幾つかの土地を占領し、その土地に埋蔵されている鉱物資源を採掘するためだ。和平を結べば魔族の居場所は否応なく奪われることとなるだろう。


 魔族側は、単にダンジョンに篭っているか、そうじゃなければコミュニティを作って人間が縄張りに侵入したとき返り討ちにするくらいのものだ。和平を結んでも、そう変わらないかもしれないが、幾つかのコミュニティは縄張りを追いやられて反発を抱くだろう、それに魔族のなかには不死族アンデットのような獰猛な種族や、小鬼族ゴブリンのような人語すらロクに理解できない種族もいる。そういった種族が人間に危害を加えようものなら、協定違反だと言われ和平協定を破棄にされる。今まで、人間たちに居場所を奪われ、迫害されてきた魔族が一挙に人間たちに攻め入るが、戦争はできないので人間たちは一方的に蹂躙されて行く。

 あくまで想像の域を出ないが、ロクな結果にならないことは容易に解る。


「この魔導書グリモワールもね、人間の力になれれば、和平を結ぶ足掛けになるかもしれない、とか言って一日中読んでた。自分がここから出られないことなんか自分自身が一番解ってるでしょうに」


「……」


 半年前の俺だったら『それでも、努力さえすれば無理なことなんて存在しない』とでも言っていたかもしれない。

 でも、努力だけじゃどうにもならないことを俺は知っている。


「そんで和平、和平。言ってたら人間嫌いだった腹心に暗殺されました、と」


 そして、なにかに固執しすぎると次第に周りが見えなくなって、気づいたときには全て失っている、ということもだ。


 エミの魔王としての支持が少ないのは、ただ女性だからってワケではなく父親のこともあるのだろう。


「こう言っちゃなんだが、バカな人だな……」


 ーー俺と、一緒で……。


「そうね、そのバカのせいで10歳で魔族の命運を背負わされたわ、迷惑な話よ」


 一つのことに固執しすぎて。その一つのことを失ったとき、始めて自分にそれしかなかったことに気づいて、人に迷惑を掛けて……。


 ーー他人事とは思えないな……。


 たとえそれか、意味のない努力だったとしても……。


「無駄じゃないといいな……」


 多分、これは俺が俺自身に訴えている言葉でもある。


「そうね……」


 エミは、一冊の本を手に取ると、労るようにしてその表紙を撫でた。


 

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