第7話魔王と勇者がコネクション


 勇者さんは、毎日のようにダンジョンに潜ってきた。というか、毎日来た。

 そして必ず1組、多い日には3組、くっ付いてくるパーティを適当な言い訳を言って撒き、ことごとくトラップの数々を出し抜き、俺と共にベルちゃんと勇者さんをフュージョンさせる練習をする、というこてを1週間やり続けた。


 結果から言うと、ある意味成功した。ベルちゃんと勇者さんをフュージョンさせるという意味では……。

『我が名は~勇者~ベルティ~ユ~ンユンユンユ~ン』と言い始めた時点で、あっこれ無理だわ……ってなった。

 これでも努力はしたのだ。まさか、喋る内容は勇者さんで、口調がベルちゃんになるなんて思わなかった、それに語尾に副作用が現れるとは……。


 非常に残念だ……非常に残念なことが残念だ。

 

 ーーそんなどうでもいいこと残念がる前に、勇者さんにダンジョン攻略されたことを残念がれよ、俺!!


 勇者さんと駄弁っているとついつい自分の役割を忘れてしまうってことも少しはあるんだと思うが、あまりにも勇者さんの強さが規格外すぎて自分の役割から目を背けていただけだろう。


 ーーどちらにしろ、今のままでは到底勇者さんを倒すのは不可能だ。


「エミ、突拍子もないこといってもいいか?」


 それは2人で夕食を食べているときだ、俺は思い切ってエミに話を切り出した。

 俺の真剣な様子に、エミも唯ならぬものを感じたのだろう、どこか緊張した面持ちで姿勢を正した。


「な、なによ……」


 俺は、『フッ』と息を吐いて気合を入れ直した。


「勇者さんと会わないか?」



   ※     ※     ※



「コイツ、俺の妹なんだ」


「どうも~。金ぱ……勇者様」


 満面の作り笑顔を見せる俺たち。


「おー! 妹さんがいたのか、知らなんだ!」


 勇者さんは、俺たちのそれとは全く異なる、なんの屈託もない満面の笑顔をエミに向けた。


 ーーバレてないな。


 そもそも、なぜ俺がエミと勇者さんを対面させようと思ったのかというと、1週間ほどここをけて魔族を雇いに行きたいと考えているからだ。


 しかしそのためには、勇者さんをどう引き帰らせるかという問題がある。

『明日から俺、出かけるから~』なんて言っても勇者さんがここに来ない理由にはならない。そもそも勇者さんの目的は魔王を殺し、"神台"を破壊することだ。かといって、魔王はいい奴なんだぞと情に訴えかけても、魔族の滅亡は勇者さん個人の問題ではないし、もし解ってもらえたとしても勇者さんを困惑させてしまうだろう。


 そこで利用するのが人間にも関わらず、ダンジョンの、それも最深部に住む俺自身の存在だ。

 本に書いてあったのだが、意外なことに人間と魔人の違いはほとんどないらしい。敢えて言うなれば、人間はいろいろな魔力の色を持つが、魔人の魔力の色はみんな黒いというくらい。

 昨夜エミに、『なら魔人が人間の住む村や町に住み着いたとして。その場合、魔人だとバレることはないのか?』と聞いたところ『えぇ、魔法さえ使わなければね』という答えが帰ってきた。


 これらを踏まえて、俺がいない間、2人がドンパチするかもしれないというリスクを負うよりかは、事前にエミを紹介しておいて、形だけ仲良くさせた方が得策だと考えたのだ。


 勇者さんも、ダンジョンの最深部に見たこともない人物がいれば、魔王だと思うだろう。それこそ、俺と最初に出会ったときのように。

 しかし、勇者さんが人間と認識している俺が紹介するのだから魔人だとは思わないはずだ。


 エミを説得するのには随分と苦労したがな。

 ちなみに、なぜエミが行かないのかというと"神台"の管理者がダンジョンにいないと、ダンジョンがその形を保てないのだという。よく解らないが、エミはダンジョンの外には出られないらしい。


「私は、ベルティーユだ。ベルと呼んでくれていいぞ!」


 勇者さんは、瞳を輝かせながらエミの手を握りブンブンと上下に振っている。第一印象は相当いいようだ。


「あぁ、私はエ……」


「ウン!」


 ーーバカ!


 咄嗟に咳払いをして誤魔化した。

 幸い、勇者さんも気づいていない様子だ。


「え~……エリス! エリスです!」


「エリスか! 良き名だ、これからよろしく!」


 勇者さんは、握手しようとしたのか手元を見るが、すでに手を握っていたので、迷った末エミに抱きついた。

 その突然の行動に、エミが『ギョン!』という奇怪な叫びをあげる。

 気が合いそうでなによりだ。


 

 こうしてその日の昼から、俺の従業員を雇うための旅は始まる。

 といっても、俺は絶望的に体力がないので、"神台"の盟約者のみが使えるという、ダンジョンと地上を繋げるワープ機能で地上まで移動してから、最寄りの町に行き、そこを拠点にしてブラブラ歩くだけだがな、ちょっと危険な散歩だ。

 ダンジョン内ではないから死んでも生き返れないので要注意。


 ちなみに、ダンジョンのトラップは事前に仕掛けておいた、勇者さんは倒せずともそこらのパーティなら十分撃退できる。


 この旅でどのような出会いが俺を待ち受けているのか!? そして俺は、無事帰って来れるのか!?


 未知の場所に行くことへの高揚感と、外に出ることへの倦怠感が、どっこいどっこいだ。



   ※     ※     ※



 ーーしょ~もない。


 あまりにしょ~もないので、全部割愛だ! まぁ、敢えて言うなら、こんな感じの町なんだろうな〜と思っていた通りの町の近くを、散歩した旅であった。


 そういうワケで、しょ~もない旅を終えた俺は、ダンジョンの居住スペースに戻ってきたのだがエミの姿が見えない。 帰り道に思いのほか時間がかかってしまったので、もう寝ているのかもしれないな。

 俺も久々の運動で疲れたから、さっさと風呂入って、寝よう。と思い、俺は浴場へと向かう。


 ダンジョンの居住スペースにはあるのだ、浴場が。風呂場でなく浴場だ、それはもうデカイ、泳げるくらいデカイ。

 それを独り占めする気分は最高だ、この1週間の旅で一番恋しかったのは風呂である。


 ガチャ


「「ッ!!」」


 ホームシックならぬ、風呂シック……。


 ガチャ


 ーーんな、ベタな……。


 声を大にして言いたい。全世界(異世界も含む)の男子よ、扉はしっかりノックしてから入れよ! と。

 俺は、普段はしっかりとノックをしているがな、今日は疲れからか忘れていた。


 風呂上りの、しっとりと濡れたした肌と髪、なんと淫靡いんびなことか。


 ホッソリとして華奢な肉体は見た者の庇護欲を掻き立て、幻想的とも思えるくらい白く美しい肌に、普段はツインテールの真っ赤な髪は下ろされていてなんだか新鮮だった。


 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。そんな女性の理想的な肉体、健康的に薄っすらと焼けた肌には金色こんじきの髪がペタリと張り付いていた。


 どちらも、全身を赤らめて固まっていたが、咄嗟に扉を閉めた。つまり、セーフ。


 ーーふむ、戻るか。


 いったん戻ったら何事もなく終わるかもしれない。それこそホンワリとだ。

 そういえば、なぜ勇者さんがいたのだろう。まぁ、居住スペースといってもそんなに重要なものはないし、考えて見ればいつも勇者さんが来ている広間の方が、"神台"があるのでよっぽど危険……。


 バゴン!!


 危険だ……。


 全く、意味は違うのだがなぜか、

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。

 という言葉が頭に浮かんだ。俺にとっての深淵は、あの肌色の世界だったようだ。

 2本の腕が、扉をぶち抜いて『逃がすか』と言わんばかりに俺の顔の両側を陣取った。ぶち抜かれた穴の隙間から、燃え盛る紅と蒼の深淵がこちらを覗いている。


「申し訳ございませんでした……」


 後頭部に2つの柔らかな手が触れた。あれ……? こんなに扉、目の前にあったっけ?


 ベギィ!!


 視界が真っ白になり、意識が途切れた。



 翌日、曖昧な記憶のなかで浴場に行くと、なぜかその扉にちょうど人の頭がすっぽり入るくらいの大きな穴が空いていた。


 理由は解らないが、全身が総毛立った。


 

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