第25話


 ミローナとエトリンが息を潜めて様子を伺っている。


「さてと、中の様子はどうだ? ネヴィスの旦那」


 ミローナが通信機で、ネヴィスに確認する。


「『六角の部屋』には、警備兵が五名、技術スタッフが四名、『六角』は動いている。パージの報告通りだ」


 ネヴィスが『深眼』を駆使した結果とパージの報告を併せて知らせる。ネヴィスは端末に何やら打ち込むと、それをミローナに転送する。


「見えるか。それが、警備とスタッフの配置だ。警備が入口に二人、転送基に二人、端末に一人。スタッフは転送基と端末に二人づつだ」

「ばっちり見えるぜ」


 ミローナが答える。その声に返すかのようにネヴィスが別の一人に呼びかける。


「そっちはどうだ、トグセル」

「見えてるぜ」


 『浮身のトグセル』は、ミローナ達がいる建物から、通りを三つ程隔てたところに止めた車の中に控えていた。ミローナ達をサポートする為だ。


「トグ。俺一人で四人はいけるぜ」


 ミローナが自信有り気にいった。


「へっ、誰に口利いてんだ。ミローナ。この人数なら全然問題ない……。なら、そうだな。こうしよう。入口の二人はお前に任せた。奥の七人は俺がやる」


 トグセルが提案した。


「ふん。しょうがねぇ。譲ってやるよ」


 ミローナ不承無精承諾する。


「抜かせ」


 そう言うと、トグセルはネヴィスにターゲットが動いていないことを確認すると、時計に手をやる。


「ミローナ、時間合わせだ。二十セト後でいいか」

「いいぜ」


 自分の時計の時間を合わせてからミローナは通信を切ってエトリンに作戦を伝える。


「聞いたな、エトリン。俺とトグで中の奴らを片づける。俺が中から扉を開けたら来い。それまで、ここに警備の奴らを近づけんなよ」

「はい。お任せください。ミローナ姉さま」


 エトリンの気楽な返事に苦笑しながら、ミローナはエトリンの頭をぽんぽんと二、三度叩いて「頼むぜ」と囁いた。


「はい」


 エトリンは猫が喉を撫でられたように嬉しそうな顔をした。


 ―――カウント十。

 ――九。


 通信機がカウントダウンを告げる。ミローナは装備の最終確認をする。ナイフもキーもある。相手が二人程度ならナイフは要らないだろう。ミローナはほくそ笑んだ。


 ゼロ。


 ミローナとトグセルは同時に転送基のある部屋にテレポートした。



◇◇◇



 ミローナとトグセルの奇襲は、結論から先に言うと、ほぼ一瞬で片づいた。警備兵とスタッフは声を上げる間もなく、気絶させられた。


 ミローナは扉の右側の警備兵の真横にテレポートすると、下顎を突き上げ昏倒させる。左側の警備兵が異変に気付いて振り向いた時には、鳩尾に肘打ちを決め、よろめいた首筋に手刀を見舞う。息つく暇もない早業だった。


 一方、奥にいた警備兵とスタッフは、各々の目の前に現れたトグセルのパンチを顔面に食らってあっさりと倒れた。


ミローナが振り向くと、七人のトグセルがミローナに親指を立てて見せた。


「便利なもんだな。分身ってよ」


 ミローナが感心してみせる。


「まぁな。といっても十人までだがな」


 その声にあわせて七人のトグセルは一つに纏まって、一人のトグセルに戻った。


 トグセルはテレポートするとき、自分の情報思念体を分割してそれぞれ実体化することができる。要するに分身の術だ。分身達は本体が統括するもののそれぞれ独立して動くことができる。トグセルは自分を七分割してテレポートして、それぞれが一対一で警備とスタッフを片づけたのだ。


 トグセルの分身は実体化するとき、必ず地面から少し浮いた形で実体化する。それゆえトグセルは『浮身』の異名で呼ばれていた。


 ミローナが扉を開けてエトリンを呼ぶ。エトリンは子犬のように飛んできた。特に邪魔は入らなかったようだ。


「エトリン、こいつらを纏めておけ」


 ミローナはエトリンにそう言いつけると、トグセルと一緒に端末をチェックする。


 端末の右端の鍵穴からコードが伸び、転送基へと続いている。端末のパネルが幾何学模様を映し出している。転送基は稼働しているようだ。


「キーは要らなそうだな」


 ミローナがトグセルの肩を一つポンと叩く。


 トグセルがいくつかのボタンを操作して、転送基のステータスを確認するが直ぐに破顔した。


「流石だな。ネヴィス、お前の言ったとおりだ。エネルギーの充填がちょうど終わったところだ。オールグリーン。問題ねぇぜ」


 トグセルが通信機に向かって怒鳴る。


「当たり前だ」


 ネヴィスからの返信は早かった。


「トグセル。過去のジャンプ記録をトレースして、同じ座標に合わせろ。ミローナ達もそこに飛ぶ」

「言われなくても、やってらぁ」


 トグセルはその荒々しい風貌に似合わぬ繊細なタッチで猛烈なスピードでキーボードを弾く。が、直ぐに指が止まる。トグセルの顔色が変わった。


「くそっ。ジャンプ記録が消されてやがる。何処に行ったか分からねぇ。どうするネヴィス」

「……仕方ない。ターゲットの惑星の最大都市を選ぶしかない。トグセル」


 トグセルが検索する。


「ニューヨーク、トウキョウ、ペキン、ロンドン……、面倒臭せぇ、最初の奴にするぜ」


 トグセルの指がパネルをニューヨークとキーボードとタッチした直後だった。


「……ヨコハマだ」


 一人の男が入口に立っていた。


「げっ、お師匠!」


 ミローナが吃驚した顔をみせる。その男はアパクだった。


「アパク先生。お久しぶりです」


 エトリンが挨拶をする。


「攻撃するときは、一撃で決めろと教えた筈だが」


 アパクが入口で突っ伏している警備兵を見てからミローナに言った。


「なんだぁ、邪魔するってんなら相手になるぜ」


 トグセルが不敵な笑みを浮かべて、アパクを睨みつけた。


「待て。お前達とやり合う積りはない」


 アパクは右手を上げて制すると、ミローナに顔を向ける。


「ミローナ、お前に一言伝えておこうと思ってな」

「?」

「これでフェリアの後を追う積りなのだろうが、考え直す気はないか?」

「……。いくらお師匠の言葉でもよ、そいつは聞けねぇ相談だ」


 一瞬、目を伏せたミローナだったが、アパクの目を真っ直ぐに見て答える。


「どうしても行くのだな」


 アパクは念を押した。


「当たり前だ」

「では、ひとつ言っておく。行くからには覚悟を決めていけ。お前達が帰ってくるときには、此処は無くなっているかもしれんからな」

「どういうことだい。お師匠」

「私の杞憂であればいいのだが……。奴が来てからの次元調整機構はどうもおかしい。嫌な予感がする」

「奴って?」

「いや、こちらの話だ。済まなかった。ミローナ、お前がどうしても行くのなら、止めはせん」


 アパクはトグセルに向き直った。


「フェリアは、『ヨコハマ』という所にジャンプした。ジャンプ記録がなくても座標をセットするくらいはできるだろう?」

「あったぜ。トウキョウの隣の町だな。ここか、『紅月の稲妻』がジャンプしたのは」


 トグセルがすかさず検索して確認する。その様子をみて満足気に頷いたアパクはもう一つ付け加えた。


「向こうの宇宙にジャンプした『紅月の稲妻』だが……」


 エトリンが「ん?」という顔をした。


「向こうの世界では、カグヤ……、『立花神楽耶たちばなかぐや』と名乗っているようだ。

「神楽耶…ね、分かった。お師匠」


 そう答えたミローナだが、一つ気になることをアパクに問いかけた。


「お師匠。お師匠は機構の軍事教官で、守備隊長もしている筈だ。こんな真似をして大丈夫なのか?」


 ミローナの言葉にアパクは僅かに口元を綻ばせた。


「先程、辞表を出してきた。もう教官でも隊長でも何でもない」

「え?」

「お前達の侵入を許した責任があるからな」

「それは……」

「ミローナ。やけに警備が甘いとは思わなかったのか?」

「じゃ、あれは、お師匠が……」


 アパクは無言で首を縦に振ると続けた。


「私のここでの仕事は、お前達、ミローナとエトリン、そしてフェリアを教えたことだ。それで十分だ」

「お師匠はこれからどうするんだい」

「軍事教官の引きは結構あってな。どこかの開拓惑星にでもいくさ」


 アパクの言葉にミローナの目頭が熱くなる。


「そんな顔をするな。私の事は心配無用だ。ミローナ、最後に一つだけお前に教えておくことがある」

「何?」


 ミローナの背筋がしゃんと伸び、生徒の顔つきになった。


 アパクはミローナの両肩に手をやり、屈みこむようにして彼女の顔を覗きこんだ。そしてゆっくりと諭すように語り掛ける。


「ミローナ。お前は優秀な戦士だ。だが真っ直ぐに過ぎるところがある。戦場ではそれが命取りになる。時には狡く生き延びる事も必要だ。血気に逸って無茶するなよ」

「お師匠……」

「さらばだ。ミローナ、エトリン。また、何処かで遇うこともあるだろう。その時は敵同士でなければいいな」


 アパクは背を向けると、部屋を後にした。頭を下げて見送るエトリンの足元には泪が零れていた。


「お師匠……。ありがとう」


 ミローナの目元にも泪が溜っていた。これが最後の別れになるかもしれないと思うと堪えることができなかった。


「いい師匠じゃねぇか」


 トグセルがミローナの肩に手をやる。


「じゃ、行こうか」


 ミローナが袖口で自分の目元を拭ってトグセルに言った。トグセルは端末向かい、ジャンプ先の座標を『ヨコハマ』にセットした。


「エトリン、準備はいいか」


 ミローナがエトリンを呼ぶ。エトリンは、「はい」とだけ小さく答えてやってきた。ミローナは通信機をオンにして仲間達に別れを告げる。


「……じゃあな。行ってくるぜ。ネヴィスの旦那。モラトのおっちゃんに宜しくな。必ずマガンを連れて帰ってくるって伝えといてくれ」

「了解した。ミローナ、現地についてからのマガンの探索方法は分かっているな?」

「おう。マガンから預かった『クレスト』がある。こいつが教えてくれる。心配いらねぇよ」

「分かっていると思うが、マガンに近づくとその『クレスト』が共振する。だが、マガンの『クレスト』は天然物だ。色の変化は殆どないから注意しろ」

「分かってるさ。『クレスト』の共振振動を見逃さないように首からぶら下げておくからよ」

「ならいい。では、帰還報告を楽しみにしている」


 ネビィスの応答に続いて、別の声が割り込んできた。


「頼みましたよ。ミローナ、エトリン。貴方達『風の姉妹』ならきっとマガンを見つけて還ってくると信じています」


 思索のプロフトだ。作戦の第一段階である対宇宙へのジャンプまで漕ぎ着けた。ネヴィスの傍らで作戦遂行をずっと見守っていたプロフトは、安心したような声で別れを告げる。


「任せとけ。プロフト」


 そういって通信を切ったミローナは、キーボードに向かってジャンプへの最終調整をしているトグセルに感謝の言葉を投げた。


「トグ、ありがとよ。御蔭で怪我せずに飛べそうだぜ」

「柄にもねぇことを言うんじゃねぇよ。気持ち悪りぃぜ」


 トグセルはそういって、ミローナとエトリンに転送基に乗るよう顎を返した。


「いいぜ。やってくれ」


 転送基に乗り込んだミローナが合図を送る。


 トグセルが軽く頷いて転送基のスイッチを入れる。転送基内の空間が歪み、瞬く間に二人の姿は消えた。


 ミローナとエトリンがセットした座標にジャンプしたことを確認したトグセルは、転送基を見上げた。


「必ず還って来いよ。待ってるぜ」


 トグセルは少し感傷的になっている自分に気づいて驚いたのだが、その感情を押し殺すことはしなかった。


「俺達はいつ此処に帰ってこれるかな」


 その言葉が消えぬうちに、トグセルはテレポートして作戦を終えた。

 

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