第24話

 ミローナが「宙の王」と出会ったのは偶然だった。


(……ソルジャーでテレポーターだなんて反則だぜ)


 うらぶれた下町を歩きながら、ミローナは腐っていた。


 次元調整機構に入ったテレポート能力者は、二年間の訓練の後、テレポーター適格審査を受ける。実用レベルのテレポート能力がなければ、不適となりソルジャー改造手術を受けるか機構を辞めるかの選択をしなければならない。


 ミローナはテレポーター審査を難なくパスし、次元調整機構の正式テレポーターとなった。


 戦局を一気に打開できるテレポーターは、次元調整機構においても、ソルジャーより格上と見做されていた。ミローナと同期で機構入りし、同じ訓練を受けたフェリアはきっとソルジャーになるものとばかり思っていた。


(あのガタイで、あのテレポート速度は有り得ねぇ)


 ミローナはフェリアのテレポート能力の高さに舌を巻いた。大柄な者はテレポーターにはなれない。そう聞かされていたのに、フェリアはそんな常識を粉砕した。


 ミローナはテレポート速度こそフェリアより僅かに上だったが、格闘術は互角。パワーは遙かにフェリアが優っていた。総合力でみれば、フェリアが頭一つリードしていると思われた。


 そんなミローナが最後の望みを託したのが、エミッターだった。情報思念体を封印・解放できるエミッターは、エミット計画の中核を担う存在として別格の扱いを受けていた。ミローナはエミッターになることで、フェリアより上であることを証明しようとしたのだが、何度やっても、エミットは出来なかった。焦りだけがミローナの心を埋めていった。


 だが、ミローナは、今日のエミッタ―試験にフェリアがパスしたと聞かされた。ミローナの中で何かが壊れた。敗北感よりも惨めな何かが彼女の心を覆い尽くし浸食した。


(あんなのがいるんじゃ、どうしようもねぇじゃねぇか!)


 俯いたままで腹立ち紛れに小石を蹴り上げる。コツンと音がした。顔を上げると三十路は過ぎているであろう男が立っていた。


 男は「宙の王」と名乗った。ミローナは、随分御大層な名前だなと思いながら無視していたが、彼の吸い込まれそうな瞳に誘われたのか、気が付くと彼に不満をぶちまけていた。


 ひとしきり話すと、静かにニコニコと聞いていた「宙の王」は、気が向いたらいつでもおいでと連絡先を残して去って行った。彼が残した紙片には「島の記憶」と書かれていた。 


 それから暫く――半セグエント程して、エトリンと共に次元調整機構をドロップアウトしたミローナは「島の記憶」に身を寄せた。仲間達は暖かく迎えてくれた。中には次元調整機構でみた顔もあった。


 頭に角を蓄える前のミローナはここで少し救われた。



◇◇◇



 ミローナが『島の記憶』に転がり込んで暫く経ったある日のこと。ミローナはモラトに呼び出された。郊外の石切場だった。その一郭が掘り返され、何やら、六角柱の大きな装置が運び出されようとしていた。


「モラトのおっちゃん、これは何だい?」

「先史古代文明の装置だ。マガンによると宇宙を超えるための装置ということだ」

「何だって?」

「次元を超えて、この宇宙と対を成す別の宇宙へジャンプする転送基だ。

「何でそんなもんがここにあるんだ」

「マガンが示されたのだ」


 モラトは宙の王から、この装置は今後重要な意味を持つことになるから、『島の記憶』のメンバーに見せておくようにと指示を受けていた。『島の記憶』では新参者であるミローナが呼びされたのは其の為だ。明日はエトリンにも見せるという。


「動くのか」

「技術陣の見立てでは問題ないようだ。今、マガンが過去の記憶を呼び覚ます瞑想をしておられる。程なく使用方法が分かろう」

「モラト殿準備ができました」


 技術スタッフが報告する。


「よし、運び出せ」


 と、其処に一人の男が現れた。


「おお、マガン、いつの間に」


 宙の王だ。長い瞑想の後のせいか、少しやつれているようにも見えたが、足取りはしっかりしている。その口元には笑みが雫れていた。


 宙の王は手にしていたレポートをモラトに渡して目を通すよう促した。


「王よ。しかし、これは……」


 レポートの最初の部分を読んだモラトは、宙の王を見て驚きの声をあげた。


「おっちゃん。どうしたんだい?」


 ミローナが何かあったのかとモラトの袖を引っ張った。モラトは王にミローナに見せていいかと目で確認すると、レポートをミローナに渡した。


 ミローナは引ったくるようにレポートを受け取ると、大きく朱書された題名に目を留めた。そこには「対宇宙ジャンプ計画」と記されていた。どうやら、この六角柱の装置を使って、対宇宙にジャンプするということのようだ。先を読み進めたミローナは思わず声を上げてモラトを見た。


「マガン、危険過ぎます。王自ら対宇宙にジャンプするなどと・・・」


 モラトは宙の王に当然の反論をしたのだが、そのモラトにミローナが質問した。


「おっちゃん。ここの『宙の王捕獲計画』ってなんだい?」

「それは……」


 言葉を濁した、モラトに代わって、搬出を指揮していたネヴィスがミローナの声を聞いてやってきた。


「私が代わりに答えよう」


 そう言って、ネヴィスは端末を取り出し、ホログラムを投影した。

「次元調整機構、我々の多くが元居たところだが、最近テレポート部隊の拡充とエミッターの育成を始めたことは知っているな」


 ネヴィスが映し出したのは次元調整機構のテレポーターとエミッターの数と今後の予測だった。


 ミローナは無言で頷く。つい最近まで所属していた組織だ。分からないはずがない。


「我がパージの内偵によると、マガンを捕らえるためにテレポーターを大量増員しているようだ。その狙いはマガンの英知を引きだし利用することだ」


「そんなこと、王が許すわけねぇじゃんか」


 ミローナが反駁する。


「マガンの意志は関係ないのだ」


 ネヴィスはホログラムに『クレスト』を映してみせた。


「クレストだ。ミローナも知っている筈だ。これが何物であるかを」


 ミローナの顔色が変わった。あるとんでもない思いが頭をよぎったが、あえてミローナは何も言わなかった。しかし、それは直ぐにネヴィスによって語られた。


「ここにマガンを封じて仕舞えば、あとは思いのままだ……機構はマガンをクレストに封じて自分達の道具にする積りなのだ」 

「――まさか。エミッターはその為だってぇのか」


 ミローナの言葉に、ネヴィスは議論の余地はないと言わんばかりに首肯した。


「もっとも、今の次元調整機構には『宙の王捕獲計画』を実行する力はない。直ぐにマガンを捕えに来るということはないが、いずれはやってくる。それは間違いない」

「だからと言って、王自ら対宇宙へジャンプするのは危険だ。他に方法はないのか」


 モラトは深刻な表情を隠さなかった。


「マガンの情報思念体パターンは機構にも知られている。何処にも隠れ場所はない……」


 ネヴィスの言葉に一同は押し黙ってしまった。

 ミローナは、踵を返して宙の王の隣に行く。


「なぁ、王さんよ。何で好き好んで、対宇宙にジャンプなんかするんだい? 機構から逃げるだけならいくらでもやり方があんだろ」


 ミローナが静かに宙の王を見上げた。宙の王は何も答えずに、転送基に寄ると、その側壁に手をやった。その横顔は遙か遠い過去に思いを馳せているかのようだった。


 突然、宙の王はミローナに飛びかかり、思いっきりミローナを突き飛ばした。不意を突かれたミローナは受け身を取る暇もなく、地面に叩きつけられた。


「……っ痛えぇ。何だよ」


 ――!


 頭をさすりながら、上半身だけ起きあがったミローナは、言葉を失った。


 落盤を受け、頭から血を流して「宙の王」が倒れていた。「宙の王」はミローナを庇ったのだ。


「救護班を呼べ。マガンが!」

「落盤を退けろ! マガンは動かすな!」


 呆然とするミローナの前を救護班のスタッフが慌てて駆け寄る。腰のパックから掌サイズの端末を取り出し、「宙の王」の容態をスキャンする。


「骨折はしていません。脈拍も問題なし。至急医療シェルへ」


 救護スタッフが「宙の王」を運び出すよう指示を出す。


 ばたばたと担架が運び込まれ、「宙の王」を慎重に乗せる。医療シェルの準備ができたとの連絡を受けるや否や「宙の王」を救護車に運んでいく。


 ミローナのもとに、モラトとネヴィスが駆けつけた。


「……なんで、なんで、俺なんかを助けたんだ。こんな下っ端なんかほっとけばいいのによ。俺はテレポーターだ。落盤に気づきさえしてれば、簡単にかわせるってのによ……」

「もし気づくのが遅れたら、怪我をしたのは君の方だ。ミローナ」


 ミローナの呟きに、ネヴィスが答える。


「こういう方なのだ。マガンは。己が命より民草を第一に考えておられる。だから我らは付き従うのだ」


 モラトがミローナを助け起こしながらそう言った。


「……モラトのおっちゃん。もしも王が奴等の手でクレストに封じられたとしても、エミッターがいれば解放できんだろ?」

「それはその通りだが、我々にエミッターはいないのだ」


 ミローナは振り返って目を細めた。急ぎ医療シェルに運び込まれる宙の王を遠目に真一文字に口を結ぶ。この時、ミローナは自分がエミッタ―になると決めた。



◇◇◇



「お姉さま!もう御止めになって下さい!!」


 エトリンが悲鳴を上げて懇願する。ミローナは、ここ「島の記憶」の特別訓練場で、エミット訓練を繰り返していた。


「……エトリン、……お、お前は黙って、ろ……」


 ミローナは、左手に『クレスト』を持ち、右手を天井からぶら下げられたクリスタルの珠に当てがって、疑似情報思念体を開放し『クレスト』に封じる訓練を行っていた。ミローナの頭は、角の付け根から激しく出血し顔面は血だらけになっている。疑似情報思念体にコネクトするたびに、土石流のような疑似意識の濁流に翻弄されパニック寸前になる。


 この訓練を始めてからもう十セグエント――地球時間で十ヶ月に相当――になろうとしていた。それでもまだ一度も成功したことはない。毎日二十回程トライしては気絶してエトリンに介抱されるパターンが繰り返された。


この日のミローナは、二十二度目のトライの後、倒れた。


「ミローナ姉さま!」


 ミローナに駆け寄ろうとしたエトリンだったがこの日はいつもと違っていた。エトリンを止める手があったのだ。涙目で振り返ったエトリンに映ったのは、ミローナをじっと見つめる「宙の王」だった。エトリンは何故ここに「宙の王」がいるのか分からなかったが、次の瞬間、ミローナはゆらりと立ち上がり、もう一度トライすると目で伝えてきた。その瞳には近づくことを拒否する強い炎が燃え盛っていた。


 ミローナは「宙の王」に向かって小さくニイッと笑うと、二十三度目のエミットを始めた。精神を統一し、イメージを右手に集中させる。掌に念が集まり、クリスタルの珠に流れ込んでいく。頭の角は再び激しく出血し、ミローナの左目の視界を奪った。それでもミローナは集中を止めない。ミローナは流れ込む疑似意識に自分の意識が飲み込まれそうになるのを必死で堪えた。もう少し、もう少し……。


(コネクト……エンゲージ……ドレイン・シフト……シールッ!!)


 心の中で絶叫する。ミローナの血で赤く染まった角が黄金に輝く。と同時に手にした『クレスト』が紫に色を変えた。


 ――やがてミローナは膝から崩れ落ちた。


「姉さま!」


 宙の王の制止を振り切って、エトリンは駆け寄った。ミローナに取り縋って泣きじゃくるエトリンの頭がコツンと音を立てた。


「……出来たぜ」


 エトリンを小突いたミローナの左手が開かれていた。『クレスト』が紫から紺、紺から蒼、そしてまた紫へと次々と色を変えている。エミットが成功した証拠だ。エトリンは『クレスト』を持ったミローナの手を取って、涙でグシャグシャになった顔を押し付けてわんわん泣いた。


「ば~か。……泣くんじゃねぇよ。泣くのは死んだときだけで十分だぜ……」


 その時、深紅の髪に角を蓄えた少女の瞳にも光るものが浮かんでいた。


「宙の王」は静かに微笑んでいた。

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