第14話

 終業のチャイムと同時に学校を跳び出した智哉は、自宅最寄り駅から3つ先の「外川駅」の改札口にいた。神楽耶にペンダントを返すためだ。


 外川駅は、駅前こそスーパーや店があるものの、少しいけば田園風景が広がる郊外の駅だ。改札も一つしかない。智哉は神楽耶が登下校にこの駅を使っていると夏休みの勉強会のときに聞いていた。だから、先回りしてこの駅の改札で待っていれば神楽耶に会えるだろうという寸法だ。


 ここまでの計画は悪くない。ただ敢えて難点を上げるとすれば、神楽耶が何時の電車で帰ってくるか分からないということと、『かぐや姫親衛隊』を引きつれていたら、やっぱり声を掛けさせて貰えないだろうということだ。


(なんでこんなことしているんだろう……) 


 改札口に突っ立って、何時来るか分からない神楽耶を待ちながら智哉は思った。事勿れ主義で他人とは積極的に関わろうとしなかった智哉にしては珍しいことだった。人の為に自分の時間を割くなんて有り得ない。そんな時間があれば、兄に少しでも追いつく為に勉強しないといけない、これまではそう思っていたし、別にそれが別段悪いことだとも思っていなかった。そんな自分が他人――美人だが――の為に時間を割いて、こうして待ち続けている。智哉は不思議な気分に駆られていた。


(――でも俊之は、あの不良達に立ち向かったんだ。それに比べたら取るに足らないことなんだろうけど、僕にとっては大事件だよ)


 智哉はそう言い聞かせて自分を鼓舞してみた。改札には自分と同じように誰かを待っている人もいたが、電車が到着する度に一人、また一人と目的を果たしては去っていく。智哉は、その度に次が自分の番だと心の中で呟いては、やきもきした気持ちを消化していた。


 果たして、その瞬間はやってきた。


 電車が到着し、人の波が一旦改札口で窄まり、そして解放される。智哉はその人込みの中に、長身の制服姿を見つけた。幸運にも神楽耶は一人だった。智哉は高鳴る気持ちを抑えながら、声を掛けるタイミングを計った。


 改札の自動読み取り機に触れさせた定期券を神楽耶が鞄に仕舞う。その姿を智哉は目で追いかけていたのだが、次の瞬間に前をみた神楽耶と視線がぶつかった。


 神楽耶は小さく口を開け、一瞬驚いたような顔を見せた。それはそうだろう。速攻で帰った智哉が此処にいるのだから。神楽耶は真っ直ぐにこちらに向かってくる。いよいよだ。


 神楽耶は智哉の二、三歩前で立ち止まり、小さく息を吸った。何か言いたげな様子だ。智哉も言葉が出てこなかった。


「桐生君」

「立花さん」


 神楽耶と智哉が声出したのは、ほぼ同時だった。


 バツが悪かったのか、二人とも思わず顔を背けてしまう。しばらくして、智哉が口を開いた。


「あ、あの、立花さん、昨日は御免、これ……」


 智哉は悪くもないのに謝った。そして右ポケットから包んだハンカチを取り出して、開いてみせた。中から宝石を嵌め込んだペンダントが顔を見せる。


「立花さん、昨日の、あそこに落ちていたんだ。これ君のじゃないかなと思って……」


 神楽耶の表情がぱあっと明るくなった。やはり神楽耶のペンダントだったのだと智哉は安堵した。此処で待っていた甲斐があったと智哉は自分を褒めた。


「ありがとう。桐生君。探していたのよ。とっても大事なものだったの。本当にありがとう。そして、昨日のことだけど、私の方が悪かったわ。ごめんなさい」


 神楽耶は素直に頭を下げて謝った。しかし、人前で美人の女性が謝罪する姿は悪目立ちする。周囲から何だという視線を感じて、智哉は慌てて止めるよう神楽耶にお願いした。


「た、立花さん、よしてよ。落とし物を届けにきただけなんだし、学校だと色々で渡せなかったから……」


 顔を真っ赤にして慌てている智哉を可笑しいと思ったのか、神楽耶は思わずぷっと吹いてしまった。クールビューティーのイメージしかなかった神楽耶の意外な一面を見た気がして智哉はドキリとした。


「じゃ、じゃあ、僕はこれで……」


 用を済ませて帰ろうとした智哉を神楽耶が呼び止める。


「ねぇ、少し時間あるかしら」


 今度は詰問ではなさそうだった。



◇◇◇



 智哉と神楽耶の二人は、外川駅を出て、バスターミナルの向かいにあるモスバーガーに向かった。神楽耶がペンダントを届けてくれたお礼にと智哉を誘ったのだ。神楽耶の意外な申し出に智哉は一も二もなく快諾した。学年一の美人だと評判の神楽耶と二人きりのお茶だ。智哉のテンションは回転数を上げ、レッドゾーンに突入した。


 智哉は、神楽耶にフラれたことになっているけど、そんな事はないんだと大声で自慢したい気持ちと、見つかったらどうしようという相反する気持ちで交錯していた。


 智哉はポテトと珈琲、神楽耶は珈琲を注文して席につく。智哉が番号札のプレートをテーブルの中央におくと、二人は向かい合った。


 もしかしたら智哉が真正面からまじまじと神楽耶の顔を見るのはこれが初めてかもしれない。だが、智哉は神楽耶の吸い込まれるような深いブルーの瞳にちょっとした違和感を覚えた。


「立花さん、その眼鏡…伊達眼鏡?」


 智哉はクイズに答えるかように神楽耶に尋ねた。


 神楽耶は顔立ちこそ日本人であったが、瞳の色は北欧人のそれであった。智哉は神楽耶がカラーコンタクトをしているのだと思っていたのだが、普通コンタクトをしてその上に眼鏡をする人はまずいない。あるとすればファッションとして掛ける伊達眼鏡くらいだ。智哉はそう推測した。


「えっ……」 


 智哉の言葉に神楽耶の表情が強張った。


「ち、違うわ」


 顔を真っ赤にして否定する神楽耶。明らかに動揺していることが智哉にも分かった。神楽耶はくるっと智哉に背中を向けると、眼鏡の位置を両手の人差し指と中指でそっと直す。慎重に眼鏡の位置を確認してから神楽耶は智哉に向き直った。


「弱いけど、度はあるのよ」


 そう答えた神楽耶だが、コンタクトの上に眼鏡をする説明としては不十分に過ぎた。動揺する神楽耶をみた智哉は慌てて言葉を継いだ。


「そうなんだ。ごめんね。立花さんはコンタクトをしていると思ってたから、コンタクトに眼鏡は変だなって」

「ううん。いいの。瞳の色は生まれつきだけど、よく言われるのよ」


 そう答えた神楽耶だったが、上気した顔がそれを否定していた。


 やがて、注文の品が届き、店員が番号プレートを下げる。二人は静かに会話を交わしたが、学校のことや流行りのテレビのことなど普通の高校生には当たり前の内容だった。


 智哉は神楽耶に『宙の王そらのおう』の話はしなかったし、神楽耶も聞かなかった。今更蒸し返して気まずくなるのは避けたかった。智哉のその気持ちは神楽耶も共有しているようだった。


「あら、もうこんな時間……」


 神楽耶が左の手首を返していった言葉を合図に、智哉は店内の壁時計をみた。両方とも針は五時半を指していた。


 智哉はそういって、少しだけ送っていくと申し出てみたが神楽耶は拒否しなかった。


 二人は並んで店を出て歩き、大通りにでると信号待ちになった。それを機に神楽耶が言った。


「もうここでいいわ。今日はありがとう。桐生君」

「そうだね。じゃあまた明日」


 別れようとした二人にふたつの影が立ちはだかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る