第13話
智哉と神楽耶は体育館の裏……ではなく、その脇の駐輪場を歩いていた。智哉は神楽耶に呼び出された理由の見当が皆目つかなかったのだが、とりあえず呼ばれるままについてきたのだ。神楽耶は既に帰り支度を終えて鞄も持ってきていたが、智哉は教室に置いたままだ。
教室に鍵を掛けられやしないかと智哉は心配になったが、直ぐに、そんなに長い話にはならないだろうと勝手に決めつけた。
教室に残っていた男子生徒の中には、二人の様子から、何かありそうだと後をつけようとする者もいた。だが、教室を出る前に『かぐや姫親衛隊』に阻まれ、それは叶わなかった。
(立花さんから僕に声を掛けるなんて、何かあったっけ……)
智哉が必死に記憶の糸を手繰っていると、夏休み最終日、明け方ベッドの脇に神楽耶がいたような記憶が蘇ってきた。
(でもあれは、寝ぼけてみた夢だ。第一、鍵が掛かっていたのに部屋に入れる訳ないじゃないか)
智哉の考えは至極もっともであった。カーテンを開けていたとはいえ、窓には鍵がかかっていたし、玄関だってそうだ。寝ている智哉の部屋も鍵を掛けていた。泥棒が忍び込むのならいざ知らず、神楽耶がそんなことができるとは思えなかった。なにより、神楽耶が夜明け前の自分の部屋にくる理由がない。
神楽耶は立ち止まって智哉の方に振り向くと、智哉を真っ直ぐに見据えていった。
「桐生君、あなた何者なの?」
(……え?)
智哉には何のことだかさっぱり分からなかった。
「どこまで知っているの?」
神楽耶が畳みかける。神楽耶は「覚えているのか」ではなく「知っているのか」という言葉を使ったのだが、智哉はその違いに気がつかなかった。
「……」
「聞いてるの?」
「な、何の事……かな」
神楽耶に苛立ちの表情が浮かんだ。
「『
神楽耶の深いブルーの瞳には非難の光が宿り、その形の良い唇から発した言葉は詰問の色合いを帯びていた。
――『
智哉がゲームの『バケハン』で自分のキャラに付けた名だ。しかし、それは何度か智哉の夢に出てきた『彼』の名を拝借しただけだ。神楽耶が何故その名に反応するのか分からなかった。
「あれはゲームの話だから……」
智哉は素直に答えた。智哉にはそれ以上の意味はなかったし、夢で見たからと説明したところで、神楽耶が納得するとは思えなかったからだ。
神楽耶は一歩前に出て智哉の目を見つめていった。
「誤魔化さないで。貴方の中に『宙の王』が居ることは分かっているのよ」
「……」
「なんとか言ったらどうなの?」
神楽耶の苛立ちは最高潮に達した。
「し、知らない」
――ぱちんっ。
智哉は一瞬何が起こったのか分からなかった。神楽耶が智哉の頬を平手打ちしたのだ。智哉は、頬の痛みと神楽耶がしまった、という顔をしているのを見て漸く事態を理解した。
「ごめん……立花さんが何に怒っているのか分からないけど、知らない内に怒らせてしまっていたなら謝るよ。ごめん」
智哉は平手打ちされた頬に手をやったまま謝罪した。取り敢えずそうすることで収まると思ったからだ。ただ、その中には、不良達に絡まれた俊之を助けにいけなかった自分に対する罪滅ぼしの気持ちも混ざっていた。
「……!」
神楽耶は唇を噛むと何も言わずに智哉に背中を向け、駆け出していった。
遠くに神楽耶の後ろ姿を見ながら、智哉は今日は人生最悪の日になったかもしれないと思った。
少しして、気を取り直した智哉は、教室に鞄を取りに戻ろうとした。と、足元で、コツンと音がした。目を落とすと深紺色の宝石が嵌め込まれたペンダントが落ちている。
(立花さんのだ……でも……)
智哉は、どうしようかと迷った。身に覚えがないのに平手打ちされたのだ。その相手の落とし物を拾ってやる義理なんてない。最初はそう思った。しかし、智哉の頭には俊之の一件が残っていた。
(俊之のときだって、他の人がやると思って、僕が知らんぷりしたからああなったんじゃないか……高価そうな宝石だし、他に拾った人が警察に届けてくれればいいけど、もしも、そのまま盗んでしまったら、困るのは立花さんだ。……僕がこれも知らんぷりしたら、きっと後悔する……)
智哉はしゃがみ込んでペンダントを拾うと、ポケットから白地に紺のチェック柄のハンカチを取り出し、その中にそっと包んで、ポケットに仕舞い直した。
智哉は少しだけすっきりした顔で立ち上がると、今度こそ教室に鞄を取りに戻った。
◇◇◇
次の日、智哉と神楽耶の事件は学年中の評判になった。
その情報は、野次馬になり損ねた男子生徒からではなく、『かぐや姫親衛隊』の女子生徒達から流された。どうやら男子生徒をシャットアウトしておいて、自分達は遠くの物陰から見ていたらしい。
智哉は、女子生徒達から「姫様」に狼藉を働いた「不届き者」のレッテルを貼られ、男子生徒達からは、百一番目の撃沈者だと賞賛された。そしてまだ一部に残っていた、二人の中を怪しいと疑っていた者達は、ほっと胸を撫で下ろした。
「よう、凡才。これで仲間だな」
昼休みになって、後ろの席の俊之がちょっかいを出してきた。まだ顔の傷跡が生々しい。今日はマスクこそしていなかったが、その代わり大きな正方形の絆創膏が口の右端と耳の間に貼られていた。
「何の仲間だよ」
「神楽耶ちゃんにアタックして敢え無く撃沈した仲間に決まってるだろ。キリ番取れなくて残念だったな」
少し喋り難そうに、俊之は答えた。
「いや、だから違うんだって」
「恰好つけんなよ。俺だけはお前の味方だ。安心しろ」
やはり誤解している。
「……もういいよ」
「そう拗ねるなよ。フラれた者同士仲良くしようぜ」
智哉は、『ゴルディアスの結び目』のように誰にも解けない俊之との「腐れ縁」を目の前にして、これ以上どうやって仲良くなるのかと嘆息した。
それでも、智哉はおそらく神楽耶のものであろうペンダントをどうやって渡せばいいのか思い悩んでいた。昨日ビンタされた相手に、何事もなかったように声を掛けるのはどうにも気まずい。そもそも神楽耶の周りには『かぐや姫親衛隊』がついていて、がっちりガードしている。
智哉は、校内で神楽耶に声を掛けるのは無理だと諦めた。
◇◇◇
――放課後。
授業が終わるや否や智哉は、俊之に用事があるからとだけ告げて、ダッシュで教室を出た。クラスメート達はあんな事になったから、きっと恥ずかしくて居られないのだろうと勝手な憶測をして盛り上がっていたのだが、独り神楽耶だけが沈んでいた。
「立花さん、気を落とさないでね」
「あんな奴、ガン無視よ、ガン無視!」
神楽耶の周りに仲の良い女子生徒が集まり、代わるがわる声を掛けて元気付けている。確かにこの日の神楽耶は落ち込んでいたのだが、その大半は自分の過失だ。それ以上に神楽耶を落ち込ませていたのは、大切な『クレスト』を無くしてしまったことだ。あの日、智哉を平手打ちした後、『クレスト』がないことに気付いた神楽耶は、慌てて学校に戻った。何処を探しても見つからなかった。
(あれがないと……)
『クレスト』の紛失は、神楽耶に物憂げな表情を大いに作らせていたのだが、周囲は智哉に全責任があると美しく誤解してくれた。そのお蔭で神楽耶は、自分のペンダントを知らないかと智哉に聞くことができなかった。
神楽耶はせめて帰り際に一声だけでも昨日のことを詫びておこうと思っていたのだが、猛烈な勢いで帰宅した智哉を見て溜息をついた。
(避けられてる……無理ないよね。あんなことしちゃったんだもの)
しばらく時間を置くしかない。神楽耶は目を伏せる。
少しでも気持ちを切り替えられないかと、神楽耶は普段よりゆっくりと帰り支度をした。クラスの女友達は一緒に帰ろうと声を掛けたのだが、神楽耶は独りで帰りたいと丁寧に断った。女友達は神楽耶を気遣ってその通りにしてくれた。
◇◇◇
神楽耶は一人で学校の最寄駅である「二沢上町」のホームで電車を待ちながら、昨日のことを思い出していた。勿論、智哉を平手打ちしたことだ。いつもの通学路がとても長く感じられる。鮮やかな夕焼けも神楽耶にはくすんで見えた。
(なぜあんなことをしてしまったんだろう。ターゲットに警戒されるより、友好関係を作った方が良いくらいなんて判っていたはずよ)
神楽耶は智哉を平手打ちした右の掌を見つめた。智哉の頬を張った感触がありありと甦る。
(あんなに慎重に進めていたのに……)
勉強会で智哉を指名したのも、彼の部屋を下見するためだった。わざわざ時待台駅の「ゴスト」に行ったのも、遠距離テレポートが失敗するリスクを考えたからだ。そうした下準備も無駄になってしまった。
もしかしたら、智哉は『宙の王』のことも、自分が彼を追ってきたことも全て知っているのではないか。そして、どのような方法なのかは分からないが、何らかの手段を使って『宙の王』をエミットされるのをブロックしたのではないか。あの時は、そんな疑念で頭が一杯だった。
そして、それを確かめようと思い切って智哉に直接尋ねてみた。もしも智哉が『宙の王』が自分の中にいることを認めた上で、回収されることを拒否したら、智哉を自分の世界へと拉致することさえ考えた。そう思いつめた上で問い質したのに、智哉は何にもしらないと恍けた答えしか返さなかった。神楽耶はそれを、智哉がシラを切ったのだとばかり受け取ってしまった。
冷静になって考えてみれば、自分が先走っていただけだったと気づいて神楽耶は愕然とした。智哉は本当に何も知らないかもしれない。回収に失敗したのは智哉のせいだと決めつけていたが、それ以外にも可能性はいくらでも考えられた。
(きっと焦っていたのね……)
エミット失敗について、原因調査の時間が欲しいと『所長』に申し出た事情もある。しかし、それ以上に任務を達成できなかったら捨てられてしまうという恐怖心が、プレッシャーになっていたのかもしれないと神楽耶は自分に言い聞かせた。
神楽耶は自分で自分を慰めた。それで事態が好転するわけではないことは十分に分かっていたが、気持ちを立て直したかった。
『クレスト』を探す為には、智哉にも尋ねるべきだということは明らかだった。しかし、あんなことをした後で、一体どんな顔をして会えばいいのだろう。神楽耶は自分の行為を何度も思い返しては後悔した。
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