第6話

「ねぇ、あなた何?」

「斎藤君、ですね」

「ふざけてるの?」

「いいえ、中島部長の質問に答えただけです」

「私が言いたいのはね、あなたが何者か、天使なのか、ということよ」

「天使?」

「そうよ、天使」

 中島部長は、黒のタイトスカートの足を組みかえ、いらだたしげに腕を組んだ。手の爪は唇の色と同じようにきらきらと光っている。


「天使、って何でしょうか?」

「? 知らないわ、でも私がこんな羽を持っているっていうことは、私が悪魔、ということでしょう。そしたらそれがワカルのは、同じ悪魔か、天使か、っていうことじゃないの。でもあなたに黒い羽根がないことくらいわかるわ。だから天使か、って訊いたのよ」


「はぁ」


 僕は中島部長の肩越しに、黒く、しわしわになって、ギチギチいっている羽を見やりながら、考えた。


「中島部長は、悪魔なんですか?」

 部長は困った顔をして、コーヒーカップを見下ろす。


「知らないの。生まれたときからなのよ、これ。そのせいで小さい頃は辛い思いをしたわ。あなたにはわからないでしょうけど、私、この羽根が幻なのか、それとも実在しているのか、何度も、何度も、考えたのよ。鋏を入れようとしたこともあったし、燃やしたこともあった。

 でもね、この羽根、痛覚があるの。腕や足を一本、どうにかしちゃったくらいの痛みを受けたのに、それを治療してくれる当てもない。自分で薬を塗ったりもした。でも、変な感じなの。どうやら治りが早いようで、あっという間に傷もふさがる。でも羽根を無くすことはできなかった」


 僕はもう一度羽を見やった。


「その羽根、見えない人には当たらないんですね」

「えぇ」

 部長は驚いたようだった。


「それからその羽根、服を着るときは邪魔じゃないんですね」

 部長はなおさら驚いたように、手をとめた。


「あなた、なんでそれがわかるの」


 僕は、見える通りのことを言っただけだったので、なんと言うべきか、暫く考える必要があった。無言で昼食を終え、二杯目のコーヒーが店員に注がれたとき、言葉が浮かんだ。

「その羽は、邪魔、なんですか?」


 中島部長は、何を言われたかわからないようで、そのまま何も言わずに、会社に戻って行った。

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