第2話
二十件目の記念の会社だった。
友達の間では「何件会社を受けて、何件受かるか」という情報に価値があった。
僕には、その意味がわからなかった。就活情報の源泉であるパソコンが、僕の代わりに数えていた。
二十件目。
僕は祝わなくてはならないと思った。人間は二十歳になれば成人する。今から書類を送る会社が、僕にとって二十件目の会社なら、とうとう「世に出る」ということだ。僕は二十三歳で先輩だから、「面倒をみる」必要があるに違いない。
書類選考に受かり、明日は論文付きの筆記試験を控えた夜、静まり返った十畳一間で僕はスーツの皺をのばした。そして、押し入れの引き出しから、妹がくれたネクタイを引っ張りだした。
去年の八月八日。妹の誕生日だった。その三日前に、僕は妹が欲しがっていたカバンとぬいぐるみ、そして図書券二〇〇〇円分を贈っていたので、僕は安心して眠るところだった。
「ピンポーン!」
起き出して、ドアの穴からのぞくと妹がいた。十八になった妹だった。
ドアを開けると、突然僕を押しのけるように部屋に入ってきて、
「やっぱり片付いてるね」
と、いつもどおりのことを言った。
「沙世、お母さんがまだ起きて待ってるぞ」
僕はいつも通りの応対をした。沙世は髪を解き直しながら、
「お母さんはもう寝てるよ」
と言って、フローリングでくるりと一回転して見せた。僕は仕方なく言った。
「お父さんが待ってるぞ」
妹は考えた様子で、カバンから携帯を取り出して、お父さんにメールを打ち始めた。
「『お兄ちゃんのところにいます』これでいい?」
「いいよ」
僕は答えた。
妹は茶色のリュックサックをおろして、中から箱を取り出すと、それを僕に渡した。
「それあげる、あげる人がいなくなったから」
開けてみるとネクタイが入っていた。それは妹の好きな、緑色のネクタイだった。
「沙世の好きな色だな」
「そう、でももう嫌いなの。今は白い色が好き」
「白?なんで白が好きなの、沙世」
「だってね、お兄ちゃん」
妹は目をしばたかせて言った。
「白は清潔な色なのよ、漂白剤の色。私、清々したいの」
「清潔…」
「そう、きれいな色なの。きれいがいいのよ。結婚式の花嫁の衣装は白でしょう。白は無垢の色なの。私は白の似合う女になりたいな。ね、お兄ちゃん」
妹はそう言って、帰って行った。僕はそのときの緑色のネクタイを面接にしていった。
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