エピソード31/再スタート

今日、とうとう、隆行たかゆきのテストの結果が知らされた。


残念ながら、ベスト10という目標は達成する事が叶わなかったのである。


隆行は13番だった。


母親はそれを、とても喜んではいたが、隆行は喜ぶどころか落ち込んでいる様だ。


今日は俊之としゆきの家庭教師の日でもあったが、今の隆行はとても勉強をする気になんかなれないでいる。


正直、逃げ出したい気持ちもあった。


だが、俊之には報告をしなければならないし、隆行からしたら、これから、どうしたらいいのか、それを俊之に相談もしたかったのだ。


そして俊之が絵美えみの家にやってきた。


もうすぐ隆行の部屋に来る事になるだろう。


隆行は逃げ出したい気持ちと、縋りたい気持ちの間で待つしかなかった。


リビングの方から、何人かの話し声がかすかに聞こえてくる。


恐らく、母親が俊之にお礼を言ったりしているのだろう。


確かに、隆行の成績自体は以前と比べたら、ずっと良くはなった。


しかし、ベスト10という目標は達成が出来なかったのだ。


隆行からしたら、成績そのものよりも、その目標を達成が出来なかったという事の方がショックだった。


もう香織かおりの事は諦めるしかないのだろうか。


そう思うと、絶望感に包まれそうになる。


どうしたらいいのか分からない。


しかし俊之がいる。


俊之だったら、何か名案があるんじゃないか。


それだけが今の隆行の救いでもあった。


隆行の部屋の戸が開く。


俊之が隆行の部屋へやって来た。


俊之「うぃ~っす」


隆行「俊君、いらっしゃい」


俊之「残念だったな~」


隆行「はい」


俊之「ふふふ」


俊之が隆行の対面へ座った。


隆行「やっぱ、俺、駄目ですね」


俊之「何を言っているんだよ」


隆行「だって」


俊之「だって、じゃないって。もう少し、じゃねーか」


隆行「その少しが」


俊之「13番だろ。すごいじゃんか」


隆行「そんな事はないですよ」


俊之「俺が西高で1番になるよりも、すごいと思うよ」


隆行「そうですか!?」


俊之「だって、周りは来年、高校受験を控えていて、しかも西高よりもレベルの高い学校へ行く奴だって沢山いるんだろう!?」


隆行「そうだと思いますけど」


俊之「だったら、13番でもすごいと思うって」


隆行「でも、ベスト10に入れなかったら」


俊之「因みにお前、高校は何処へ行こうと思っているの?」


隆行「まだ、ちゃんと考えた事はないけど。ただ、姉貴と同じ学校は嫌かなって」


俊之「じゃあ、俺と同じ学校は嫌だって事だな」


隆行「いや、そういう訳ではないですよ」


俊之「あはは。でも、隆行だったら、もっと上の高校へ行けるよ」


隆行「でも」


俊之「分かっているよ。そう落ち込むなって」


隆行「でも」


俊之「だから、でもでも言うんじゃねーって」


隆行「すみません」


俊之「それよりもよー」


隆行「何ですか?」


俊之「香織ちゃんとは、その後どんな感じなのよ?」


隆行「気まずさみたいなものは、大分、なくなってはきましたけど」


俊之「うん」


隆行「本当にただの同級生って感じですかね」


俊之「話したりとかはすんの?」


隆行「時々、世間話みたいな程度ですけど」


俊之「そか」


隆行「俺、どうしたらいいんですか?」


俊之「アホ」


隆行「何ですか!?」


俊之「しっかりしろっての」


隆行「俺、もう、どうしたらいいのか、分からなくて」


俊之「それは諦めきれないからだろ」


隆行「そうなんですけど」


俊之「だったら、先ず、自分が出来る事をしろよ」


隆行「俺に出来る事って、何なんですか!?」


俊之「だから、言ったじゃん。あと少しだって」


隆行「でも、もうテストは終っちゃったんですよ」


俊之「お前、1回駄目だったからって、それでいいの?」


隆行「でも、次のテストまでには、香織に新しい彼氏でも出来ちゃうじゃないかって」


俊之「そうかもしれないな。でも、そうなったら、それはもう仕方がないじゃん」


隆行は言葉が出てこなかった。


俊之「でも、まだ、そうじゃないんだろ!?」


隆行「そういう話は聞いてませんけど」


俊之「まあ、そう焦る気持ちも分からないではないけどよー」


隆行「俊君はどうだったんですか?」


俊之「俺だって、焦りはあったさ」


隆行「そうなんですか!?」


俊之「でもよー」


隆行「はい」


俊之「先ず、自分が絵美と対等に付き合える男になる方が先だって思って」


隆行「うん」


俊之「結局、そうなる前に付き合う事にはなったんだけどさ」


隆行「俊君は姉貴に彼氏が出来ちゃったらとか、考えなかったんですか?」


俊之「考えたよ。だから、焦りはあったって、さっき、言っただろ」


隆行「そういう時、どうしたらいいんですか?」


俊之「だから、言っているじゃん。自分の出来る事をしろって」


隆行「う~ん」


俊之「だって、仕方がないじゃん。自分を何とかする前に、相手に彼氏が出来ちゃったら、それはそれで自分がトロトロしていたのがいけなかったって事だろ」


隆行「だから、俺、どうしたらいいのか分からなくて」


俊之「じゃあ、お前はそうやって、分からない、分からないって言って、香織ちゃんもベスト10の目標も、どっちも諦めてしまうわけ?」


隆行はまた言葉に詰まる。


俊之「そうしたら、お前、もっと苦しくなると思うよ」


隆行「そうですよね」


俊之「香織ちゃんの方はさ、相手のある事だから、なるようにしかならないよ」


隆行「なるようにですか」


俊之「でも、ベスト10の方は隆行が頑張れば、出来る事だろ」


隆行「俺に出来ますかね?」


俊之「だから、もう少しじゃん。出来るよ」


隆行「う~ん」


俊之「それで、それが出来る前に諦めなくちゃならない様になったらさ、 それは、そうなってから落ち込めばいいじゃんよ~」


隆行「ははは。それは、そうですね」


俊之「だったら、今はまだ、目標を諦めるなよ」


隆行「そうですね」


俊之「とにかく、悔いの残らない様に、出来る事をちゃんとやっておかないとさ」


隆行「はい」


俊之「もし、もう一度、香織ちゃんと付き合う様になれたとしても、続かないと思うよ」


隆行「そっか~」


俊之「それに、こんな事を言うのは不吉なのかもしれないけど」


隆行「何ですか!?」


俊之「目標に向かって、最後まで諦めずに頑張っておけばさ」


隆行「はい」


俊之「例え、香織ちゃんを諦めなければならなくなったとしても、他の女の子を好きになったりする時には、それがいい経験として活かせると思うんだ」


隆行「ははは。本当に不吉ですね。でも、俊君の言う通りかもしれません」


俊之「相手のある事は、時には諦めなければならない場合もあるけど、自分で何とか出来る事は諦めちゃ駄目なんだって」


隆行「なるほど」


俊之「諦める癖をつけちゃ駄目だと思うんだ」


隆行「癖ですか!?」


俊之「一度、途中で投げ出すと、次も中途半端に終っちゃいかねない」


隆行「そっか」


俊之「だから、今はとにかく頑張れ」


隆行「はい」


俊之「何としてでも、目標に達して見せろ」


隆行「はい」


俊之「だったら、今はまだ、落ち込んでいる場合じゃないよな!?」


隆行「そうですね」


俊之「そんじゃ、勉強すっか」


隆行「はい」


俊之「後、4人、抜けばいいんだからな」


隆行「その4人が大変なんですけどね」


俊之「ふふふ」


隆行「でも、期末テストまでには何とかしなきゃ」


二人はいつも通りに勉強を始めた。


隆行は中間テストで成し遂げられなかった目標を期末テストで、と。


俊之は次なる目標へと向かって、走り始めたところだった。

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