エピソード7/初めてのチュー

今日は絵美えみ俊之としゆきの部屋に来ている。


前に来た時と同じ様に俊之はベッドに座り、絵美はテーブルを挟んで向かいの床に座っていた。


俊之「いきなり、だけどさ」


絵美「何?」


俊之「今日、お袋に紹介をしたいんだけど、いい?」


絵美「えー!?」


俊之「お袋にはさ、今日は残業をしないで帰って来てくれって、言ってあるんだ」


絵美「うーん。それじゃ、断れないじゃん」


俊之「俺、家族に隠れて絵美と付き合ったりしたくはないんだ」


絵美「うん。判った」


俊之「それと、もう一つ、お願いがあるんだけど」


絵美「何?」


俊之「期末テストが終ってからでいいからさ」


絵美「うん」


俊之「絵美の親も紹介して欲しいんだ」


絵美「えーーー!?」


俊之「絵美だって、親に隠れて俺と付き合ったりするのは嫌だろ!?」


絵美「それは、そうなんだけど~」


俊之「けど、何!?」


絵美「お母さんだけだったら、まだいいんだけど、それじゃ、駄目なんでしょ!?」


俊之「そうだね。でも、何で?」


絵美「お父さんが俊君の事を気に入らなかったら、由佳ゆかみたいに別れさせられちゃうんじゃないかって」


俊之「そか。でも、大丈夫」


絵美「大丈夫って!?」


俊之「俺、絶対に絵美のお父さんに認めて貰うから」


絵美「そんな事を言われても」


俊之「認めて貰うまで諦めない」


絵美「それでもさ~」


俊之「俺が信じられない!?」


絵美「そういう訳じゃないけど」


俊之「俺さ、絵美と絵美のお父さんに、いつまでも仲良くしていて貰いたいんだ」


絵美「別に仲は悪くないよ」


俊之「でもさ、俺と隠れて付き合っていたら、多分、距離が開いていっちゃうんじゃないかな」


絵美「そうかもしれないけど」


俊之「更に隠れて付き合ったりすれば、それこそバレた時には、許して貰えなくなっちゃうのかもよ」


絵美「う~ん」


俊之「俺さ、嫌なんだよね」


絵美「何が?」


俊之「そういうの」


絵美「そういうの!?」


俊之「親に隠れて付き合う」


絵美「そっか」


俊之「そうするとさ」


絵美「うん」


俊之「何をするにしても、隠れてしなきゃならなくなるじゃん」


絵美「うん」


俊之「親に隠れてデートをする」


絵美「うん」


俊之「親に隠れてセックスをする」


絵美「俊君~」


俊之「そうすると、さ」


絵美「うん」


俊之「そこでモラルが破壊されちゃうんだよね」


絵美「モラル!?」


俊之「そう。だからね」


絵美「うん」


俊之「セックスをするって段階でモラルが破壊されちゃうから、避妊をしなくなる」


絵美「避妊かぁ」


俊之「避妊をしないから、子供が出来ちゃったりする」


絵美「うん」


俊之「それで俺達みたいな子供に、子供が出来ちゃったってさ」


絵美「うん」


俊之「中々、難しいじゃん」


絵美「難しい!?」


俊之「先ず、考えられる事が中絶」


絵美「うん」


俊之「中絶なんて、母親も子供も可哀相なだけじゃん」


絵美「そうだね」


俊之「そして中絶をしないで、男が責任を取る形で結婚をしたとしてもさ」


絵美「うん」


俊之「その結婚生活を続ける事が出来なくなって、離婚なんて話も少なくない訳でしょ!?」


絵美「そうだね」


俊之「そうなった場合、誰が一番、傷付くと思う?」


絵美「誰?」


俊之「俺は子供だと思うんだ」


絵美「そうかもしれないね」


俊之「お父さんの居ない子供、お母さんの居ない子供、そういう子供が増えていく事がどうしてもやるせないんだ」


絵美「俊君」


俊之「俺、親父が居ないじゃん」


絵美「うん」


俊之「だから、そういう思いって、人一倍に強くてさ」


絵美「うん」


俊之「そういう悪循環の中に自分達が入るのだけは、どうしても嫌なんだ」


絵美「そっか~」


俊之「勿論、途中で、ちゃんと制御が出来れば、それでもいいのかもしれない」


絵美「うん」


俊之「でも、俺は最初から、きちっとしておきたいんだ」


絵美「そっか」


俊之「そうすれば、さ」


絵美「うん」


俊之「絵美もお父さんに隠し事なんてせずに、何でも話せるだろうし」


絵美「うん」


俊之「俺、絵美と絵美のお父さんには、そういう関係でいて貰いたいんだ」


絵美「解った」


俊之「そういうのって中々、気が付かなかったりするけど、とても大切な事だと思うんだ」


絵美「うん。ちゃんと紹介をする」


俊之「良かった」


俊之は安堵の笑顔を見せた。


絵美「ねぇ」


俊之「何?」


絵美「俊君の隣に行ってもいい?」


俊之「いいよ」


そう言うと、俊之は少し座る位置を左側にずらした。


空いたスペースに絵美が腰を下ろす。


絵美は照れ臭そうに俯いていた。


俊之「絵美」


絵美「何?」


俊之「絵美って横顔も可愛いのな」


絵美「もう~」


絵美は照れながら、俊之の腿の辺りを軽く叩いた。


俊之「なぁ」


絵美「何?」


俊之「キスをしていい?」


少し間をおいてから、絵美は小さな声で小さく頷きながら答える。


絵美「うん」


俊之は自分の顔を絵美の顔の前に持って行き、軽く唇を重ねた。


そして、すぐに唇を離す。


数瞬の沈黙が二人を縛り付けた。


その沈黙を破り、俊之がおどけて見せる。


俊之「チュー、しちゃった~」


絵美「俊君ったら、もう~」


俊之「とうとう、しちゃったな~」


絵美「しちゃったね~」


俊之「うはは」


絵美「ねぇ」


俊之「何?」


絵美「そんなに嬉しいの?」


俊之「うん」


絵美「私も嬉しかった」


絵美は少し照れながら言った。


俊之「だってさ~、野郎連中の中でもさ、初チューもしていないのって、俺を含めて数人しかいなかったんだぜ」


絵美「私もだよ~。由佳も木綿子ゆうこもチューどころか、Hまでしているんだよ」


俊之「じゃあ、俺達もHまでしちゃうぅ~」


絵美「え~!?」


俊之「うはは。そんなに焦らなくていいよね」


絵美「うん。したい気持ちもあるけど」


俊之「うん。まだ、」


絵美「うん」


俊之「かな」


絵美「だね~」


俊之「俺、正直に言うとさ」


絵美「うん」


俊之「嬉しいってのも、本当なんだけど」


絵美「うん」


俊之「ホっとしたってのも、あるんだよね」


絵美「私もあるかな~」


俊之「俺、絵美と付き合えてなかったら、大人になるまでチューすら出来なかったと思う」


絵美「そんな事はないよ~」


俊之「そうかな~」


絵美「私の方こそ、俊君が居なかったら、どうなっていたのか」


俊之「絵美の方こそ、大丈夫だったはず」


絵美「何で?」


俊之「基本的に男って、助平だから」


絵美「男の子が助平だと、どうして私が大丈夫なの?」


俊之「だから、絵美が選好みしなければ、幾らでも相手は見つけられたはず」


絵美「そうかな~」


俊之「とにかく絵美が居てくれて、本当に良かった」


絵美「私も俊君で本当に良かったって思う」


絵美はそう言いながら、俊之の右腕に手を回して、肩にもたれ掛かった。


俊之「可愛いな」


絵美「ねぇ」


俊之「何?」


絵美「もう一回、チューをしよ」


俊之「うん」


そう言うと、俊之は再び絵美の唇に自分の唇を重ねた。


今度は先程よりも長い間、唇を重ねる。


そして、その途中で、勝手口のドアが開く音が聞こえた。


俊之は絵美の唇から自分の唇をゆっくりと剥がす。


俊之「お袋が帰って来たみたいだ」


絵美「うん」


俊之「ウチのお袋、間の悪い奴だよな~」


絵美「そんな事を言っちゃいけないよ~」


俊之「それじゃ、お袋を紹介するから、下に行こう」


絵美「うん」


二人は立ち上がって俊之の部屋を出た。


階段は絵美が先に下りて、その後から俊之が下りる。


絵美は俊之が階段を下りるのを待ってから、俊之の後について行った。


そして俊之は絵美を連れてリビングへ行き、台所に居た母に声を掛ける。


俊之「おっかあ、ちょっといい!?」


俊之の母「何!?今日は残業をしないで帰って来い、とか言っていたけど」


俊之「だから、紹介したい人がいるんだよ」


俊之の母「あら~、そういう事だったのね。ちょっと待ってて」


少しの間をおいて、俊之の母がリビングまでやって来る。


俊之「これ、ウチのお袋」


俊之の母「これって、何よ」


絵美「川村かわむら絵美といいます」


そう言うと、絵美は軽くお辞儀をした。


俊之の母「じゃあ、絵美ちゃんね。俊之と付き合ってくれているの?」


絵美「はい。というか、私の方が俊君に付き合って貰っているんです」


俊之の母「ふふふ。随分と可愛らしい子じゃない~」


俊之「だろ!?」


俊之の母「俊之には勿体ないくらいだわ」


俊之「うるせ~な」


俊之の母「でも、川村さんっていうと」


俊之「そう」


俊之の母「宮下みやしたさんのところへ行く途中の!?」


俊之「だから、小学校から、ずっと一緒の学校だったんだ」


俊之の母「それで、いつから付き合っているの?あなた達」


俊之「付き合い始めたのは最近だよ」


俊之の母「そう。とにかく宜しくね、絵美ちゃん」


絵美「こちらこそ、宜しくお願いします」


俊之の母「俊之と仲良くしてやってね」


絵美「はい」


俊之の母「素直そうで、いい子だわ~。お母さん、気に入ったわ」


俊之「良かった」


絵美「俊君、私、そろそろ帰らないと」


俊之「うん。それじゃ、絵美を送ってくるね」


俊之の母「また遊びにいらっしゃい」


絵美「はい。それでは今日は失礼します」


俊之は絵美を連れて、玄関へ向かった。


俊之「俺の靴、勝手口だから、外でちょっと待ってて」


絵美「うん」


そう言うと、絵美は玄関で靴を履いて外に出た。


俊之は勝手口へと向かう。


勝手口から出て来た俊之は絵美の自転車の所まで来た。


俊之「今日は家まで送って行くよ」


絵美「そんな事はしなくていいよ~」


そして俊之は絵美の自転車に跨がって絵美を促す。


俊之「早く乗れよ」


絵美「俊君、帰りはどうするの?」


俊之「そんなに遠い訳じゃないから、散歩がてらに歩けばいいだけじゃん」


そう言われて、絵美は自分の自転車の荷台に座り、俊之の腰に手を回した。


俊之「ちゃんと捉まっていろよ」


絵美「うん」


俊之は自転車を漕ぎ始める。


俊之「緊張した!?」


絵美「当たり前でしょ~」


俊之「ははは」


絵美「いきなり、なんだも~ん」


俊之「でも、良かった」


絵美「うん。俊君のお母さん、とてもいい人だった」


俊君「じゃあ、もっと良かった」


絵美「うん。ねぇ、俊君」


俊之「何?」


絵美「何でもない~」


俊之「変な奴だな~」


絵美「なんかさ」


俊之「うん」


絵美「幸せなのかな~って」


俊之「そうだな~。俺は幸せだな」


絵美「じゃあ、私も幸せ」


俊之「ふふふ」


絵美「えへへ」


俊之「俺さ~」


絵美「うん」


俊之「絵美と付き合う様になってからさ」


絵美「うん」


俊之「何をやっていても楽しくてさ」


絵美「そうなんだ~」


俊之「勉強もバイトも全部が楽しいんだ」


絵美「でも、私もそうかな~」


俊之「絵美も勉強をしているの?」


絵美「俊君の意地悪~」


俊之「あははは」


絵美「私は勉強はしてないけど」


俊之「うん」


絵美「毎日、毎日が楽しいっていうか」


俊之「うん」


絵美「本当に幸せ~って感じなんだよ」


俊之「そっか。んでもって到着~」


絵美「ありがとう~」


この道の奥に絵美の家がある。


二人は自転車から降りて、俊之は自転車のハンドルを絵美に渡した。


俊之「それじゃ、また明日」


絵美「うん。バイバイ」


俊之は自宅へと歩いて帰り、絵美は暫くの間、俊之を見送ってから、自転車を引いて自分の家の方へ向かう。


辺りは丁度、薄暗くなりかけている頃だった。

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