エピソード5/ツツジ咲く公園にて

木綿子ゆうこ山ノ井やまのい君、遅いねー」


由佳ゆか「遅いって、まだ幾らも経っていないじゃない」


木綿子「そう!?絵美えみ、電話をしてみたら?」


絵美「嫌だよー」


由佳「もうすぐ、来るって」


絵美「木綿子って、せっかちなんだね~」


木綿子「私、待つのって苦手なんだよね」


すると、俊之としゆきが自転車で公園の外にやって来た。


俊之は自転車を公園の外で留めて、公園の中に入って来る。


俊之「うぃ~っす」


由佳「ごめんね~。呼び出しちゃったりして」


俊之「そりゃ、構わねーけど、絵美も来てたのか。長谷川はせがわもか」


木綿子「山ノ井君、女の子を待たせちゃ駄目だよ~」


俊之「仕方がねーだろ。これでも急いで来たんだよ」


絵美「俊君、勉強の邪魔をしちゃって、ごめんね~」


俊之「だから、それは構わないって。んで、話って何?」


由佳「山ノ井君さぁ、絵美とどうなってんのかなぁって」


俊之「ん!?絵美から聞いてないの?」


由佳「聞いたけどさ、山ノ井君、全然、絵美と遊んでないでしょう」


俊之「ああ」


由佳「その辺、ちょっと、おかしいんじゃないのかなって」


俊之「なんで?」


由佳「だって、付き合っているんでしょう!?」


俊之「う~ん」


由佳「何、悩んでんのよ!?」


俊之「いや、今さ、交際を中断しているんだ」


由佳「中断!?」


俊之「そそ」


由佳「何で?」


俊之「何で?って、お前の元気がねーからじゃん」


由佳「えっ!?私!?」


俊之「全部、聞いたよ」


由佳「絵美ー!!」


由佳は絵美を睨む様に怒った。


絵美「ごめーん」


絵美は手の平を合わせて謝った。


由佳は再び俊之の方に向き直って言う。


由佳「じゃあ、何!?私に同情をしてるって言うの?」


俊之「そう」


俊之の返事を聞いた由佳は俯いてしまった。


由佳の体は小刻みに震えている様だ。


数瞬の沈黙が辺りを包み込む。


その沈黙を切り裂く様に由佳が怒る。


由佳「何で、あんたなんかに同情をされなきゃなんないのよ!!」


俊之「そりゃ、佐藤さとうの言う通りだ」


由佳「本当、むかつく!!」


俊之「ははは」


由佳「私がそんなに、あんたの事を好きだったと思ってんの!?」


俊之「どうなのよ!?実際は!?」


由佳「そんな訳はないでしょう!」


俊之「そっか」


由佳「しょっちゃって!最低!!」


俊之「それだけ怒れるだけは、元気になったみたいじゃん」


由佳「え!?」


俊之「とにかくよー」


由佳「何よ!?」


俊之「絵美は俺が絶対、幸せにしてやる。佐藤には心配をかけねーよ」


由佳「そ、そういう事は絵美に言ってあげなさいよ」


少し戸惑いながら由佳が言った。


俊之「まあ、そういう事だ。まだ何かあんの?」


由佳「何もないわよ!早く帰ればいいじゃん!」


俊之「じゃあ、そうするわ。絵美、長谷川、後を頼むな」


俊之はそう言うと、公園の外に留めてあった自転車に乗り、自宅へと帰って行った。


俊之が自転車を漕ぐ音が、だんだんと小さくなっていく。


木綿子「絵美、あんた、何、ボーっとしてんのよ」


絵美「だって」


木綿子「そりゃあ、ねぇ。あんな風に言われたらねぇ」


絵美「すごく格好が良かった」


木綿子「やってらんないわ。由佳!?どうしたの?」


由佳は俯いたまま、何も答えられないでいる。


絵美「由佳、泣いているの!?」


絵美にそう言われた途端、堪えていた涙が由佳の頬を伝った。


そして由佳は絵美にしがみついて、わんわんと泣く。


由佳「悔しいじゃん」


絵美「うん」


由佳「私、同情をされたんだよ」


絵美「うん」


由佳「好きだった男の子に同情をされたんだよ」


絵美「うん」


由佳「悔しいじゃん」


絵美「うん」


由佳「山ノ井君、全部、解っていたみたいじゃん」


木綿子「何を?」


由佳「全部よ」


絵美「うん」


由佳「それに、」


絵美「何?」


由佳「あんな事を言われたら、もう諦めるしかないじゃん」


木綿子「それは、そうだね」


由佳「私が引きずっていたのはさ、諦めきれていなかったからだったんだ」


絵美「そっか」


由佳「さっき、気が付いた」


絵美「うん」


由佳「山ノ井君、私に諦めさせる為に、あんな事を言ったんだよ」


絵美「うん」


由佳「悔しいじゃん」


絵美「うん」


由佳「きっと同情をされた私が怒る事も解っていたんだ」


絵美「そうかな~!?」


由佳「絶対、そうよ」


木綿子「そうね」


由佳「それで今、私がこうして泣くって事も解っていたんだよ」


絵美「うん」


由佳「悔しいじゃん」


絵美「うん」


由佳「全部、解られちゃっていたんだよ」


絵美「うん」


由佳「それがまた悔しくて、悔しくて」


絵美「由佳」


暫く由佳の啜り泣く声だけが辺りに響く。


そして木綿子が由佳の肩に手を掛けて言う。


木綿子「由佳、今日は思いっきり、泣きな」


由佳「うん」


絵美「由佳。今日、泊まってっていい?」


由佳「当たり前でしょ。今日は帰さないんだから」


木綿子「じゃあ、取り敢えず、由佳んチに戻ろう」


由佳「うん」


そして三人は由佳の家へと帰って行く。


時刻は夜の10時になろうとしていた。


公園の所々でツツジの花が街灯に照らされて、妖しい香りを漂わせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る