エピソード3/お互いの初めて

俊之としゆき絵美えみは共に自転車で通学しており、一緒にそれぞれ自分の自転車に乗って、俊之の自宅までやって来た。


絵美は俊之の家の庭先に自転車を留める。


俊之は家の横にちょっとしたスペースがあり、そこへ自転車を突っ込む。


「今、玄関を開けるから」


そう言って、俊之は勝手口の鍵を開け、家の中へと入っていった。


暫くしてから、玄関の鍵を開ける音がして、玄関のドアが開く。


俊之「川村かわむら、こっちー」


俊之に呼ばれて、絵美は玄関に向かい、玄関から家の中に入る。


俊之「どうぞ」


絵美「お邪魔します」


俊之に促されて、絵美は俊之の家に上がった。


俊之「俺の部屋、二階なんだ」


絵美「いいなー。私の家、平屋だから羨ましい」


そう言いながら、絵美は俊之の後についていく。


二人は階段を上がって、俊之の部屋の前まで来ると、俊之が部屋のドアを開ける。


促された絵美が先に俊之の部屋に入り、後から俊之が部屋に入ってドアを閉めた。


絵美は俊之の部屋に入ると、部屋の中を見回す。


絵美「私、男の子の部屋に来たの初めて」


俊之「俺だって、この部屋に女の子を入れるのは初めてだよ」


そう言いながら、俊之はベッドに腰を下ろした。


続けて俊之から絵美に声を掛ける。


俊之「適当に座っていいよ」


そう言われて、絵美はベッドの前にある小さなテーブルを挟んで、俊之と向かい合う様に座る。


絵美「いい家だねー」


俊之「うん。親父が残してくれて助かってるよ」


絵美「山ノ井やまのい君のお父さん、居ないのは知っていたけど、どうしたの?」


俊之「ああ、俺が小さい時に事故で死んじゃったんだ」


絵美「そうだったんだ」


俊之「川村って弟が居たよね!?」


絵美「うん。生意気なのが一人」


俊之「いいなー」


絵美「良くないよ。私、いつも馬鹿にされているんだよ」


俊之「ははは。俺は一人っ子だから羨ましいけどね」


すると、家の外から何人かの話声が聞こえてきた。


絵美「誰か、来たんじゃない!?」


俊之「ん!?」


俊之は立ち上がって、絵美の後方にある窓まで行き、窓を開けて外を見た。


絵美も立ち上がって、俊之の横から外を見る。


山本やまもと「山ノ井、居るかー!?」


石川いしかわ「やっぱり、川村も居たよ」


伊藤いとう「これから、石川んチで裏DVDを見ようぜ」


俊之のクラスメイトが自転車に跨がったまま、俊之の家の前から俊之達を冷やかしてきた。


俊之「うるせーよ。今、取り込み中だよ」


山本「川村、気を付けろよー」


そう言うと、山本達は自転車を漕いで去って行った。


俊之は窓を閉めて、再びベッドに腰を下ろす。


絵美も元の位置に戻って、座った。


絵美「いいの?」


俊之「いいよ」


絵美「山本君達、山ノ井君と遊びたいんじゃないの?」


俊之「違うよ。俺達を冷やかしに来ただけだよ」


絵美「山ノ井君、中学の時は山本君達とよく遊んでいたよね!?」


俊之「うん。一緒に悪い事ばっかりしていたよ」


俊之はそう言って、苦笑した。


絵美「悪い事って?」


俊之「煙草を吸ったり、お酒を飲んだり、万引きも何度かは」


絵美「ちょっと意外。山ノ井君、中学の時は近寄り難い感じだったけど」


俊之「そう!?」


絵美「うん。万引きまではって」


俊之「印象が悪くなっちゃったかな!?」


絵美「少し。でも、今はもう、やってないんでしょ!?」


俊之「うん。高校に入ってから、悪い事はみんな辞めた」


絵美「そうなんだ。でも、何で?」


俊之「いつまでも、社会に甘えていちゃいけないと思ってね」


絵美「社会に甘えていちゃいけないか。山ノ井君って、結構、しっかりしているんだね」


俊之「そう!?」


絵美「私なんて、まだまだ子供だなーって、思っちゃった」


俊之「俺だって、まだまだ子供だって」


絵美「ねね」


俊之「ん?」


絵美「話、変わるけど、」


俊之「うん」


絵美「さっき、山本君達が裏DVDとか言っていたけど、山ノ井君もそういうの見るの?」


俊之「それ、訊いちゃう訳!?」


絵美「うん」


俊之「余り言いたくないけど、見る」


俊之は恥ずかしそうに、ボソッと言った。


絵美「そうなんだー」


絵美が蔑視する様な目で俊之を見ながら言った。


俊之「だから、中学の時は石川んチに集まって、観たりしていたんだけど、」


俊之は言い訳をする様に言う。


絵美「ふーん。山ノ井君は持ってないの?」


俊之「ウチはプレーヤーがないから」


絵美「やっぱり、男の子って、みんなそうなんだね~」


俊之「女の子はそういうの見たりしないの?」


絵美「私は見た事がないなー。他の子は見てるのかな~!?」


俊之「そっか」


絵美「でも、Hな話は時々、するよ」


絵美はちょっと照れ臭そうに言った。


俊之「そうなんだ」


絵美「ねー」


俊之「なに!?」


絵美「山ノ井君、私とHをしたい?」


俊之「え!?いきなり、何を、」


俊之は顔を真っ赤にしながら、言葉を詰まらせる。


絵美「照れてる。山ノ井君、かわいー」


俊之「したいけど、まだいい」


絵美「良かった」


俊之「良かった!?」


絵美「うん。したくないとか言われたら、それはそれで、ちょっと寂しいし、私の事を大切に思ってくれているみたいだと思ったから」


絵美が少し照れ臭そうに話をした。


俊之「やっぱり、川村って可愛いな」


絵美「え!?急にそんな事、」


今度は絵美が照れた。


俊之「だから、俺、川村の事を好きになったんだ」


絵美「ねー」


絵美は恥ずかしさをはぐらかす様に俊之へ話し掛ける。


俊之「ん!?」


絵美「いつから私の事を好きだったの?」


俊之「んーとねー。小学校一年生の時かな」


絵美「え!?そんなに前から!?」


俊之「登校中だったか下校中だったかは忘れちゃったけど、その時に川村を見かけて、可愛いなーって思って、それから」


絵美「そうなんだー。だったら、もっと早く言って欲しかったなー」


俊之「意気地なしって思う?」


絵美「少し」


俊之「言い訳になっちゃうけど、小学生の時は別として、中学の時は俺、悪い事ばかりしていたからさ、なんか、川村に対して、正面を向けてないというか、後ろめたい気持ちがあってさ、それで高校に入って、真面目になって、それからって考えていたんだけど」


絵美「そっかー」


俊之「だから、本当は一学期の期末テストで1番になってから、告ろうって思っていたんだ」


絵美「え!?1番??」


俊之「うん」


絵美「山ノ井君、実力診断テスト、何番だったの?」


俊之「ん?5番だったけど」


絵美「えーーー!山ノ井君って、そんなに頭が良かったの!?」


俊之「ははは。川村は何番だったの?」


絵美「そんなの言えないよー」


俊之「自分から聞いておいて、それはないだろ」


絵美「だって、」


俊之「教えろよー」


絵美「329番」


俊之「そりゃ、少しは勉強をしておいた方がいいぞ」


絵美「もー、お母さんと同じ様な事を言わないでよー」


俊之「はははは」


絵美「なんか、ちょっとショックー」


俊之「なんで?」


絵美「差があり過ぎるっていうか、引け目を感じちゃう感じ」


俊之「そんな事はないって、同じ学校に通っているんだから。もっとレベルの高い学校へ行ってる奴らは、もっと頭がいいんだぜ」


絵美「そうなんだけどさー」


俊之「気にするなよ。俺は川村の可愛らしいところが好きなんだから」


絵美「でも、」


俊之「ずっと、ずっと、川村の事が好きだったんだよ」


絵美「うん」


俊之「これからも、ずっと好きでいれたらいいなって、思っている」


絵美は俯いてしまう。


俊之「どうした?」


絵美「嬉しい」


絵美は俯いたまま、小さな声で言った。


俊之「なー、」


絵美「なーに?」


絵美は顔を上げたが、その顔はまだ少し赤らんでいた。

         

俊之「これからは名前で呼んでいいかな?」


絵美「いいよ。私はなんて呼んだらいい?」


俊之「何でもいいよ」


絵美「じゃあ、」


少し間をおいてから、続けて絵美が照れ臭そうに言う。


絵美「俊君」


俊之「良かった」


絵美「良かった!?」


俊之「何でもいいって言ったけどさ、変なあだ名で呼ばれたら、恥ずかしいと思ったから」


絵美「呼ばれて恥ずかしがらなきゃならない様なあだ名、呼ぶ方だって恥ずかしいじゃん」


俊之「そりゃ、そうだな」


俊之がそう言うと、二人は笑い合った。


絵美「ねね」


俊之「何!?」


絵美「さっき、ちょっと話をして、私が話をしたい事と違う方向に進んじゃったから、話を戻したいんだけど、いいかな?」


俊之「いいよ」


絵美「山本君達の事なんだけど、」


俊之「ああ」


絵美「中学の時は仲が良かったって」


俊之「うん。俺がバイトのない時とか、よく此処でたむろっていたりもしていたよ」


絵美「え!?俊君、中学生の時から、アルバイトをしているの?」


俊之「そうだよ。親戚のおじさんが大工をしていて、その手伝いをしているんだ」


絵美「すごいなー」


俊之「そうでもなきゃ、中学生でバイトなんか出来ないからね」


絵美「そうだよねー」


俊之「中学の時なんか、時給300円だったんだぜ」


絵美「それって、めちゃめちゃ安くない?」


俊之「安いよ。それで、こき使われてたの」


絵美「そうなんだ」


俊之「今は時給500円だけどね」


絵美「500円でも安くない?」


俊之「他にもっと、稼げるバイトはあるけどね。大工仕事、面白いし、他の仕事を探すの面倒だから、そのまま続けているんだ」


絵美「俊君、将来は大工さんになるの?」


俊之「そこまでは考えてないな。面白く思えるのも、バイトだからかもしれないし、色々と大変そうだからね」


絵美「そっかー。って、また話が違う方向へ進んでるー」


俊之「ははは。何の話をしたいの?」


絵美「私が聞きたかったのは、俊君と山本君達の事なの」


俊之「うん。それで」


絵美「俊君、高校に入ってから、山本君達と仲が悪くなったの?」


俊之「仲は悪くはなっていないと思うよ。学校でもちょくちょく話はするし。ただ学校が終った後、遊ぶ事はしなくなったかな」


絵美「なんで?」


俊之「単に俺に遊ぶ時間がないからだよ。だから、山本達は俺の事、付き合いが悪くなったよなとか、思ってはいるのかもしれないけどね」


絵美「ふーん」


俊之「第一、俺、高校に入ってからは、学校が終った後、誰とも遊んだ事がないよ」


絵美「えー、それでいいの?」


俊之「仕方がねーじゃん。体がいくつもある訳じゃないし、時間が無限にある訳でもないんだから」


絵美「それは、そうなんだけどさ。なんか、そういうのって、俊君も可哀相に思えるし、山本君達も可哀相に思っちゃうな」


俊之「俺だって、時間があれば、山本達と遊んだりもしたいけどさ。バイトをしないと小遣いが無くなっちゃうし、バイトのない日は勉強をしなきゃならないし、それ以外にも、これからは絵美とも出来るだけ一緒に居たいと思うし」


絵美「えーーー!?」


俊之「えー!?って何だよ!?」


絵美「一緒に居たいって言ってくれた事は嬉しいけど、ちょっと複雑」


俊之「複雑って?」


絵美「なんか、私が俊君から、友達を奪っちゃう様な感じがして」


俊之「ははは。何を言っているんだよ。みんなそんな様なもんだよ」


絵美「そんな様なもんって?」


俊之「男は彼女が出来ると、男友達との付き合いは減るし、女の子だって彼氏が出来ると、そうだろ!?」


絵美「そうかもしれないけどさ」


俊之「一番いいのは、みんな一緒に、彼氏、彼女が出来ちゃえば、いいんだろうけどね」


絵美「うん」


俊之「中々、そうもいかなかったりするから、その時間差が人と人との距離を拡げちゃうのは、仕方がないんじゃないかな」


絵美「うん」


俊之「それに俺にとっては、絵美が居てくれれば、全然、可哀相じゃないし、山本達だって俺と遊べなくなるから可哀相って思っちゃ、失礼なんじゃないかな」


絵美「そうなのかな~」


俊之「そうなんだよ」


絵美「うーん。なんか、よく分かんないけど、そんな気がしてきた」


俊之「うはは」


絵美「えへへ」


俊之「そういえばさー」


絵美「何!?」


俊之「俺の方よりも、最近、佐藤さとうの奴、元気がなくね!?」


絵美「そりゃ、そうだよ~」


俊之「ん!?」


絵美「由佳ゆかも俊君の事、好きだったんだよ」


俊之「そうなんだ」


絵美「だから、私は、すぐの返事が出来なくて、考えさせて貰ったんだよ」


俊之「そっか」


絵美「でも、私も俊君の事を好きだったから、遠慮なんかしたら、逆に由佳に失礼だと思ったし、由佳に怒られちゃうと思ったから、俊君と付き合う事にしたんだ」


俊之「でもよー、佐藤って中学の時、彼氏が居なかった!?」


絵美「居たけど、お父さんにばれて、無理矢理に別れさせられちゃったんだって」


俊之「そっか。因みに、その彼は誰?」


絵美「川崎かわさき君」


俊之「へぇ、川崎と付き合っていたのか」


絵美「知らなかったの?」


俊之「知らなかったな。川崎とは、そんなに親しくなかったしね」


絵美「それで、その後に俊君の事を好きになったって言ってたよ」


俊之「そっか。それにしても、中々、うまくはいかないもんだな」


絵美「そうだね」


俊之「もしさー、」


絵美「うん」


俊之「佐藤が山本の事を好きになって、付き合ったりとかすればさ、俺と山本は付き合いが悪くなったもん同士で、前より親しくなれたのかもしれねーし」


絵美「あはは。俊君、面白い事を考えるね」


俊之「まー、とにかくよー、あれだな」


絵美「あれって?」


俊之「俺達、付き合うのを暫く中断しようか!?」


絵美「え!?」


俊之「絵美は暫く佐藤の傍に居てやれよ」


絵美「あ、うん」


俊之「俺も暫くは、バイトと勉強で忙しいし、佐藤の奴を元気にする秘策を思い付いたんだ」


絵美「何それ?教えて」


俊之「だから、俺達が付き合うのを中断するの」


絵美「そうすると、由佳が元気になるの?」


俊之「そう。暫くすると、何かが起こる。そして何かが起こると、佐藤は元気になる」


絵美「その何かって?」


俊之「それは楽しみにしていてよ」


絵美「えーーー!」


俊之「あはは」


絵美「いいじゃん。教えてよ」


俊之「その内、佐藤が俺か絵美にボケをかましてくると思うんだ」


絵美「それで?」


俊之「そこで、うまく突っ込んでやれば、元気になるんじゃねーかな」


絵美「どう突っ込めばいいの?」


俊之「それは俺に任せておいて」


絵美「えーーー!?私には教えてよ」


俊之「そんな事を言われても、まだ佐藤がどういうボケをかましてくるか、分かんねーからなぁ」


絵美「そっか」


俊之「うん」


絵美「じゃあ、任せる」


俊之「さあて、佐藤がどういうボケをかますか、楽しみだなー」


絵美「俊君、面白がってるの!?」


俊之「うん」


絵美「ひどーい。由佳、俊君の事が好きだったんだよ」


俊之「分かってるよ。だから、俺達が楽しんで、佐藤を引き込むんだよ」


絵美「引き込むの?」


俊之「そう。落ち込んでる奴と一緒になって暗くなってたら、拉致があかねーだろ」


絵美「うん」


俊之「だから」


絵美「分かった。俊君に全部、任せる」


俊之「任されちゃった~」


絵美「もう~」


俊之「そだ」


絵美「何!?」


俊之「付き合いは中断しても、電話はするから」


絵美「分かった。ねぇ、俊君」


俊之「何!?」


絵美「今、何時か分かる?」


俊之「ごめん。俺の部屋、時計がなくて。5時32分」


絵美「え!?なんで分かったの?」


俊之「そこのCDプレーヤー」


絵美「そっか。それじゃ、今日はそろそろ帰るね」


俊之「そうだね。もう、こんな時間だ」


絵美「そうなの。私、夕飯の手伝いをしなきゃならないから」


俊之「偉いじゃん」


絵美「偉くないよ。私、勉強をしないから、手伝いくらいはしないと」


俊之「勉強もしろよ」


絵美「もー、それは言わないでよ」


俊之「あはは。とにかく今日はどうもありがとうね」


絵美「うん」


俊之「外まで送る」


絵美「うん」


俊之は立ち上がってドアを開け、部屋を出る。


絵美も俊之の後について、部屋を出た。


俊之がドアを閉める。


俊之「階段、気を付けて」


絵美「うん」


今度は絵美が先に階段を下りて、その後に俊之が続いた。


廊下を通って玄関で絵美が靴を履き、俊之は玄関にあったサンダルを履いて、二人は外に出る。


俊之「それじゃ、また明日、学校で」


絵美「うん」


そして絵美は自転車に乗り、俊之に向かって手を振る。


絵美「バイバイ」


そう言って、絵美は自宅へ帰って行く。


俊之は絵美を見送ってから、家の中に戻った。

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