第16話
「アンタが考え無しのアホだって事だけはわかったわ」
「こんだけ長々と語らせといて、感想がそれかよ!?」
聞き終わって開口一番の月華の発言に、忠龍は思い切り良くツッ込んだ。決して嬉々として話せる笑い話ではないのに、要約すると「アンタはアホ」という感想しか返ってこないのは少々悲しい物がある。
「あと、文叔が私の認識以上に常識外れって事もわかったわ。あんなのが皇帝でこの国は大丈夫なのか、ちょっと心配になってくるわね」
「あ、それは俺も同感」
月華の言葉に、忠龍は苦笑しながら同意した。
「けど、心配にはなるけど、不安にはならないんだよな。何つーか……文叔が皇帝をやっているうちは、ちょっとした事件みたいな事は起こっても、国が再び乱れるような事にはならないような気がする」
すると、月華も緩やかに頷いた。
「一応、同意しておくわ。文叔があの性格だったお陰で、今の私は護龍隊にいれるようなものだもの」
そこまで言ったところで、月華はふ、と視線を上げた。そして、暫くの間一言も発する事無く、何かを聞くようにジッと天井の一点を見詰め続ける。
「……月華?」
忠龍が名を呼ぶと、月華は「シッ!」と鋭く言い放ち、忠龍のそれ以上の発言を封じた。
「……そう。もうすぐなのね……」
それだけ呟くと、月華は首を巡らせて忠龍に視線を戻した。そして、真面目な顔をして言う。
「援けが来たわよ。あと少しでこの館に到着するみたい。奏響と、放風と、智多。それに……遊びに出て帰れなくなる夜遊び皇帝まで付いてきたみたいね」
「文叔が!?」
本来この会話で出る筈の無い名前に、忠龍は素っ頓狂な声をあげた。すると、月華は煩そうな顔をして言う。
「どうせ、私達が心配になったか、自分の手で事件を解決したいと思ったかのどっちかでしょ。まぁ、文叔がこんな処まで来てるって事は、高矗が一枚噛んでいるのは間違いないわね」
「……だろうな」
月華の推測を、忠龍は溜息をつきながら肯定した。
「で? その辺にいる幽鬼達は、この後文叔達が何をしようとしてると言ってるんだ? まさか、いきなり館に火を付けて賊を焙り出そうなんて作戦を決行したりはしねぇよな?」
忠龍が少しだけ不安そうに問うた。その問いを受け、月華はその辺りにいるらしい幽鬼達に視線を向ける。そして、暫くの間話を聞いているのか頷き続けた。
「奏響がその策を実行しようとしたらしいけど、放風と智多、それと文叔が必死で却下したらしいわ」
「本当に容赦無ぇな、あいつ!」
目を剥いて忠龍が叫ぶと、月華は涼しい顔をして言う。
「とりあえず、可能な限り身体を窓から見て柱に隠れる位置にずらした方が良いわよ。怪我をしたくなかったらね」
「へ?」
わけがわからず間抜けな声を発しつつ、忠龍は力ずくで身体を少しだけ動かした。正直なところを言うと、柱に縛り付けられている状態ではほんの少しでも動くのは縄が擦れて痛い。
だが、すぐに忠龍は月華の言に従って良かったと痛感した。と言うのも、忠龍が身体の位置をずらした途端に窓から矢が射こまれ、それまで忠龍の左腕があった場所に突き刺さったからだ。もう少し動くのが遅ければ、自分の腕に矢が刺さっていた事になる。
顔を青ざめさせながらも、忠龍は今の矢が忠龍を柱に縛り付けている縄を切断してくれた事に気付いた。少し身体を揺するだけで、縄はぱらぱらと床に落ちていく。
「これは……」
「疑う余地も無く、放風の矢ね。館の外から打ち込んで忠龍の縄に命中させるなんて、流石としか言いようがないわ」
月華が言ううちに忠龍の縄は完全に解け、忠龍は自由の身になった。彼はすぐさま月華に駆け寄り、彼女の縄を解きにかかる。
「まずは奏響達と合流しようぜ。俺達だけで暴れたところで、何ができるとも思えねぇ」
「そうね。けど、どうする? 床は一面氷漬け。あんなに歩き辛い床じゃ、転ばないように歩くだけで一苦労よ。もたもたしてるうちに見付かったりしたら意味が無いわ」
「……だよなぁ……」
言いながら、忠龍はぐるりと部屋を見渡した。先ほど矢が射込まれた窓には格子がはまっている。ここから脱出するのは難しそうだ。部屋にある物と言えば古臭い寝台に使い古した香炉。朽ち果てた複数の観葉植物に、埃の積もった何巻かの竹簡ぐらいのものだ。埃は竹簡に限らず辺り一面に堆く積もっていて、一歩踏み出すたびに白い物がふわりと闇の中に舞う。
「どうしたもんかなぁ……」
部屋の中を見渡し続けながら、忠龍は頭を抱えて呟いた。
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