第2話
文叔の執務室を出た忠龍達三人は、そこから百歩と歩かない場所にある部屋へと入った。そこそこ広く二十人程度がくつろぐ事ができそうな部屋だが、数脚の机と椅子、それに文箱と何も記されていない数本の竹簡が載った台がある他は何もない。
非常に簡素なその部屋の出入り口から中を見渡して、忠龍は中の人物に声をかけた。
「
すると、輝火と呼ばれた少年は顔を輝かせて忠龍に近付き、言った。
「兄貴! 今なら
「そうか。って事は、今回の任務に割ける人員は四~五人ってとこだな」
忠龍が難しそうな顔をすると、輝火は顔を更に輝かせた。
「任務ですか!? 今回はどこに?」
「暇なんだろうけどな、嬉しそうな顔すんな。……行くのは、逃集村っつー、この洛陽よりも更に北にある村だ。場合によっては、ちょっとした戦闘になるかもしれねぇ。極力戦力重視で行きたいな」
すると、輝火はすぐさま指を折って考えると言った。
「なら、俺が兄貴のお供についていきます! 戦力重視で四~五人ってんなら、あとは考福と奏響……それに放風を連れていけば……」
「本当に戦闘能力だけで選んでどうすんだよ。割と遠方なんだから、いざって時の為に参謀と医師も連れていく必要があるだろうが。それに、お前副頭領だろ。文叔が行くわけじゃねぇのに、頭領の俺と副頭領のお前が一緒に洛陽を留守にするわけにはいかねぇだろ」
言われて、輝火はがっくりと項垂れた。それを横目で見ながら、忠龍は少しの間考えた。そして、「よし」と小さく呟くと、言った。
「今回の面子は、俺と智多、放風に奏響、それに芳萬。この五人で行く。輝火、お前は後の奴らと一緒に、文叔が洛陽を脱走しねぇように見張ってろ」
「は……はい!」
忠龍の言葉に、輝火が頷く。そして、面子に含まれた者を探しに行こうと輝火が走りだそうとした時だ。
「私も連れて行ってもらえないかしら?」
忠龍の背後から、涼やかな女性の声が聞こえてきた。突然聞こえてきた声に、忠龍は思わず勢い良く振り返る。
「月華! お前、いつの間に……」
「さっきから。人の気配にそこまで疎くて大丈夫なのかしら? 護龍隊の頭領は」
振り向いた忠龍の背後には、黒い髪を腰まで垂らした女性が凛とした姿で立っていた。月華と呼ばれたこの女性は、裳を脱ぎ捨てて男装を施し、既に出発する準備が万端となっている。
「連れてってって言ってもな……」
「今回の任務の内容、〝聞いた〟わよ。女性を騙して連れ去るなんて話、聞いたら黙っていられないわ。自分の手で痛い目見せてやらなきゃ、気が済まないのよ」
そう言って、月華はグッと拳を握って見せた。その姿に恐れ戦きながら、忠龍は言い淀んだ。
「けど、面子はもう決まって……」
「まだ当人達に指示を出していないんだから、本決まりじゃないでしょ? 洛陽に残る人員を減らしたくないなら、放風あたりを置いていけば良いじゃない」
「人を勝手に荷物扱いするんじゃない!」
月華の言葉が終るか終らないかのうちに、新たな声が沸いて出た。見れば、そこには髪を丁寧に結い上げた為にかなり広くなっている額を持った、目付きの良くない青年がぶすっとした表情で立っていた。
「放風さん!」
智多が名を呼ぶと、放風は少しだけ苦笑した顔で智多を見た。だが、すぐにまた顔を険しくすると忠龍に詰め寄ってくる。
「話はよくわからんが、人を荷物扱いするな、人を。良いか? まるで足手まといであるかのように言われた以上、黙ってはいられん。俺は意地でも行くぞ。良いな、忠龍!?」
「俺に言うな! 文句は直接月華に言え、月華に!」
「直接言ったらどうなるかがわかりきっているからお前に言っているんだろうが!」
「威張るな!」
一頻り言い合ったところで、忠龍は溜息をついた。そして、がりがりと頭をかくと、情けない顔で言った。
「……わかった。お前らが一度言いだしたら聞かないのはよーく知ってる。かと言って、今回の任務に医師と参謀、それに道士は外せねぇ……と思う。別任務の奴らは多分すぐに帰ってくるだろうし……さっき言った面子に、月華も加えて行く。それで良いか?」
「ああ」
「わかれば良いのよ」
感謝する事も無く不遜に言い切る仲間達を前に、忠龍は更に情けない顔で溜息をついた。
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