第6話 厄介な自殺志願者

こんばんは。


前に僕は、自殺者の話をしたね。


今日はその続き、とでも言おうか。


前回の自殺者は、賭けに負けた。


今回の自殺者はね、ある意味では賭けに勝った女の話だ。


不思議に思うだろう?


まあ聞いてくれ。

かなり、厄介な話だ。


△▼△▼△▼


結婚して、間も無くのことだった。


夕飯の支度をしていた妻を見ていたら、ムラムラしてきてね、抱いてしまおうかと思ってたんだが、客がきた。


こんな時間に客が来るなんて、全く礼儀がなっていない、と僕は少し不機嫌に玄関まで歩く。


「こんばんは、夜分に申し訳ありません」


長い髪の毛で顔がよく見えないが、痩せ細った体、30代半ばの女性だとはわかる。


えてして妙なのは、特に何かに憑かれている様子ではなかった。

話だけでも聞いてみるかと、中に通すことにした。


「どうぞ」


女は茶菓子には手をつけず、お茶だけを飲んで話し始めた。


「少し、聞きたい事があるんです。

人間は、自殺したらどうなるんですか?」


いきなり自殺願望だとは、僕は君に話したように、彼女にも自殺などしても地縛霊になるか、地獄行きだと説得した。


これで考え直してくれればいいと、顔を覗いたんだ。


「ひひ」ニタァ

と笑っていたんだよ、嬉しそうに。


相談料だと言って、数枚の諭吉を置いて、彼女は帰って行った。


絶望して、気がふれてしまったのかと思い、その日は夢見も悪かったわけだよ。


それから一月後だ。

ある男が訪ねてくることになる。


とても優しそうな、整った顔立ち、30代半ばの身なりのいい男。

憑かれているような疲れている様子でね。


男は座ると、すぐに話した。


「私の家に、何かいるようなのです。

一度、見に来てくれませんか?」


この男の取り憑かれ方は、少し変わっていた。

薄いんだよ。

でも憑かれているのは間違いない。


正体がわからないのは珍しことで、あまりやりたくないが、僕は男にまとわりついてる、薄い霊を触ることにした。


直接触れて集中すると、僕にはその霊の、一番強い思いや出来事を見ることができる。


まあ、走馬灯のようなものだ。


「確かに何かいるようですね。

少し肩にふれても?」


男はうなづき、僕は慎重に意識を集中する。


……最悪の展開だ。

厄介な話だよ。


気持ち悪くて吐きそうになったのは久々だった。


「大丈夫ですか?」


僕は崩れた体制を正座に戻し、男に伝えた。


「引越しなさい。

古いものをすてて、遠いとこに行ったほうがいい。

霊の方はなんとかできますが、

……あなたは真実を知らないほうがいい。

ご家族もです」


「そんな!

お祓いとかでなんとかなりませんか!?

新築で建てたばかりなんです!

土地がいけないんですか?」


僕は迷ったんだよ。

この人達は何も悪くない、普通の幸せな家族だ。

土地も問題はなかったはずだ。


「お願いします!

なにか知ってるなら私にも、知る権利がある。

後悔はしません!」


強い目で、男はそういった。


「僕はね、何一つ知らないほうが、みんな幸せだと思うんですよ。

知ってしまったら、あなたは後悔します。


これはね、狂気に触れてしまうことなんですよ?

もう一度聞きます。

お祓いはします。

後はこの事を誰にも話さず、引っ越して、遠くへ行き、2度とあの家のことに関わらない事が一番です。

それでもあなたは……真実をしりたいんですか?」


「はい!」


僕はね、こんな嫌な仕事は久々だったよ。


翌日、子供以外は家にいるように指示して、知り合いに電話をし、僕は家へと向かった。


家の前に行くと、顔見知りの刑事がいた。


「岩本、まさかお前が俺に連絡するなんてな。

それにしても、俺もお前も、都会から離れたのにまた会うなんてな、変な縁だぜ」


この刑事はナベさんと言われている。

俺やハルちゃんが東京にいた頃はいつも世話になった人だ。


「情報屋の友人がいましてね、ナベさんがこっちに異動になった話を教えてくれたんですよ」


ナベさん「けっ!

あのゴリラめ。

俺は二、三年でまた戻るからな、それまでは問題は起こすなよ?」


面倒ごとはごめんだと顔に書いているような人で、年は40くらいだと思うが、僕にもわからない。


「ええ、僕は結婚して、家の仕事を引き継ぎましたので、今は真面目に生きてますよ」


ナベさんは口を開けて驚き、咥えていたタバコが滑り落ちる。


「お前が!?

嘘だろ?」


「今度妻を紹介しますよ。

夕飯にでもご馳走しますので是非」


僕もハルちゃんもナベさんには世話になった。

僕はこの人が好きでね、現在は東京に戻ったが、今もたまにみんなで酒を飲んでいる。


「久々の再会で申し訳ないんですがね、今日はナベさんの仕事になりそうなんですよ」


ナベさん「こんな田舎でも物騒な事があるのか?」


「正直な話、これは僕にできることは少ない、きっと後のほうが大変なんですよ」


めんどくささが、さらに顔にでているナベさんを連れて、家までついた。


外から見ても異常な靄が、家を覆っているのがわかる。


新築で、小さいけれど庭もある。

小さいけれど手入れされた花壇に、青空のような屋根。

美人の奥さんに、可愛い子供が二人もいるそうだ。

絵に描いたようないい家族じゃないか、それを今から、僕が壊すと言うんだから、気乗りもしない。


玄関の前まで行くと、男がすでに待っていた。


僕はナベさんを紹介し、男は困惑した。

「あの?

なぜ警察の方が?」


「あなたが全てを知りたいと言ったからですよ。

そうすると、必要なんです」


はあ、と男も納得したので本題に入る。


「お尋ねしますが、奥さんに変わった様子は?

たまにふらふらどこかへ行くとか」


庭先で、花壇の花を指先で遊びながら問う。


「最近、私は仕事が忙しくて、あまり家にいなかったのです。

帰ると大体、夜でしたし。

この家になにかいると言い出したのは、妻でした。

はじめは相手にしなかったのですが、いつも見られている気配や、家の中で妻と話しているときに他の女の声がしたんです。

それに、妻の味付けが、変わったんです。

夜中に家の中をウロウロして、夜中に料理をしだしました。


私は不審に思い、彼女に近づき顔を見たんです。

それは、妻の顔ではなく、薄気味悪い笑い顔でした。

それが一昨日の事です」


「ふむ、では行きましょうか。

まずは奥さんに会いましょう」


僕は家に上がり込み正面を見ると、居間のソファーに優しい顔の女が座り、テレビを見ていた。

こちらに気づくと、女は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「本当に来てくださったんですね!

有難うございます」


その女にはべったりと赤いものがつきまとわり、僕は確信した。


「奥さん、あなたは取り憑かれています。

この家もです。

まずは、あなたの憑き物をおとし、元凶の霊を僕が封じます。

その後はナベさんの仕事ですから。

……覚悟はいいですか?」


二人の夫婦は強く頷く。


「奥さん、ここへ座って目を閉じてください」


女は、ソファーに座り目を閉じた。

僕は祝詞を読み上げて、霊を逃さないように、結界をはる。


「……久しぶりですね。

出てきてくださいよ」


耳元で囁くと、ガクッと女はうなだれた。


「ひ……ひひ…」ニタァ


ギョロッとこちらを振り向いた顔は薄気味悪い笑顔。

やっぱりだ、あの時の自殺志願者の霊だった。



ガシッ、と首筋を掴み、札を取り出して霊を封じる。


その際に、この家で起こった事が、見えた。

吐き気を抑えて、僕はさらに集中した。


「嫌だ!嫌だ!嫌だああ!」


なかなかしつこい、このお札は強力なんだが、意識が強くて封じるまでの10分あまり、家の中には叫び声が響いた。


「はあはあ、気色悪い!

最悪の気分だよ、まったく厄介だ!」


思わずイラつきを表に出してしまった。


「うう、なにが?」


意識を完全に取り戻した女は、先ほどまでの、目をつむったところまでしか覚えていなかった。


「僕の仕事は終わり、後はナベさんの仕事です。

旦那さん、この家には地下に小部屋がありますね?

食品などを保管している場所です。

この居間の真下」


僕は床にある小さな扉を指差した。


「ええ、私は使いませんが、妻が料理好きなので、保存できる食材の置き場になってますけど?」


男は妻をみる。


「最近は特に私も使った記憶はありませんけど」


その時男は不思議そうに妻へ聞いた。


「なに言ってるんだ?

お前は、頻繁に出入りしてただろ?」


女は身に覚えがないという。


「あの、最近はなぜか、気がつくと料理を食べ終わって、気がつくとテレビを見ている事が多くて、あまり、覚えていないんです」


「そうでしょうね、奥さんには霊が取り憑いていましたから、覚えていないんです。


お二人にお聞きします。


過去に、ストーカー被害、女性とのトラブルなどがあったことは?」


「「いえ」」


嘘をついているようには思えない。


「では……髪の長い30代半ばの、細身の女性に心当たりは?」


「いえ」


今度は奥さんだけが答えた。


「まさか……そんな」


旦那には心当たりがあるようだ。


「聞かせていただけますか?」


「私の部下に一人、思い当たるものがいました。

二月前に退社していますが、特に関わりが深いわけでもないです。

いつも一人で昼ご飯を食べていたから、たまに弁当のおかずを交換したりして、それ以外は特に。

……本当です!

私は妻以外の女性となにかあったことなどありません。

仕事が終わればまっすぐ帰りますし、会社の飲み会も結婚してからは全て断っています!

会社に聞けばわかります!」


嘘ではないだろう。

本当に、狂気の沙汰だよ。


「旦那さんの言うことは本当でしょう。

これから事件の真実を話します。

まあ、今から事件になるといったほうがいいでしょう。

もう引き返すことはできませんし。


奥さんに取り憑いた霊は間違いなく、旦那さんの部下でしょう。

その女はいつも一人だった、今まで誰にも愛されたこともなく、空気のように生きてきたんでしょう。


そんなある日、優しい男が現れて、自分の料理を美味しいと言ってくれたんです。


彼女は希望を持ってしまったと同時に、絶望したんです。

きっとこの人は振り向いてくれない、この人以上の人は二度と現れないと。


なにかないか?

どうしても、この人と一つになりたいと思ったんでしょう。


そして一つの賭けをした。

自分の命を賭けて、賭けに勝ったんです。


自分の体とご主人が一つになり、自分の魂はご主人のそばにいる事ができたのです」


「いったいなにを?一つに?」

僕は立ち上がり、床の扉を開ける。

「ナベさんの仕事です。

奥さん、この部屋には、冷凍庫がありますよね?

最近中身を見た記憶は?」


「あ、ありません。

まさか!」


僕が頷くと、ナベさんは階段を降りて明かりをつけた。

四人で部屋に入ると、6畳ほどのコンクリート壁の地下室に、缶詰や漬物がラックに並び、奥の壁際に大きめの冷凍庫があった。


「これか」


ナベさんが冷凍庫をあける。


「……キャア!!」

「ヒイイ!!」


二人はそれを見て、腰を抜かした。


冷凍庫の中には、あの女の薄気味悪い笑顔の生首がこちらを見ているように置かれ、バラバラにして、ラップに包まれた手足などがその下にあった。


ナベさん「……最悪だな。

これは殺しか?

自殺か?」


「この女ははじめ、冷凍庫で死んだんです。

そのあと奥さんに憑依して、自分の体を解体、血抜きをして保存。

みてください、体は半分近くないでしょ?


……つまり」


「うえ……うええ!」


旦那は気づき、嘔吐し、妻は気を失った。


ナベさん「自分で自分を、料理して、旦那と一つになる、か。

……正気じゃなねえな」


「ええ、正気だったらこんな賭けはしない。

狂気か愛かは、僕には判断できません。

それに、取り憑かれていた奥さんが、この死体を料理した事で、奥さんは罪に問われる。

後はナベさんの判断に任せます」


男は放心状態だったが、報酬は前金で頂いているので、挨拶だけにした。


「憑き物も落としましたし、真実もわかったでしょう。

僕の仕事は終わりです。

またなにかあればいつでもどうぞ」


肩をポンと叩くと、ええ、とだけ男はうわ言のように繰り返した。


次の日、事件はニュースになり、妻は逮捕、男は病院送り、子供は親戚に預けられたと聞いた。


△▼△▼△▼


僕は後悔などしていないよ。

彼らが自ら望んだこと、忠告もした。


世の中の厄介ごとに触れても、いいことなどないのだよ。


狂気に取り憑かれた者の末路など、なにが面白いというのか。


君も狂気に取り憑かれないように気をつけたまえ。


日常に安全などないのだから。

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ハナミガミ 〜拝み屋〜岩本夏大の厄介な日々〜 ケラスス @kerasus

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