第3話 厄介な秘密

 こんばんわ。


 君にも人にはいえない秘密の一つくらいはあるだろう。

 もちろん僕にだってある。

 時に、人の秘密を知るということは、それ自体が君の秘密となりうることがある。


 それはとても厄介なことなんだよ。

 秘密というのはあくまで知られたくないものなんだ。

 秘密を知られた者は、時に狂気に走ることもある。


 狂気はさらなる秘密を産んで、やがて秘密と狂気は混じり合い。破滅へと成長していく。


 だからあまり人の秘密を知るもんじゃなあいんだよ。


 君みたいに怪談や不思議な厄介ごとを聞きたがる輩は特に危険だ。


 そもそもなぜ知りたがる?

 それは好奇心だろう。


 日常がつまらなく感じて、日常にはない刺激を求める奴が、最も人の秘密を知りたがる。


 僕は忠告しよう。

 そんなものは厄介なだけだ。


 そんな男の話をしよう。


 あの頃、僕は新宿から実家に帰り、この家を継いですぐのことだった。


 確か、蒸し暑い夏の日だ。

 僕は暑さの中、うちわをパタパタとしながらスイカが冷えるのを待っていた。


「ごめんください」


 玄関から声がしたので顔を出すと、男が立っていた。


 見るからに根暗な顔色の悪い男。

 黒いズボンに白いワイシャツ姿でこの暑さの中、汗ひとつかいていない。

 年の功は三十になるかならないかくらいだった。


「あのう、こちらで、お祓いなどを行っていると聞いたのですが、そのう、あのう、」


 人の目を見ないで、独り言でも呟くような態度に若干の苛立ちを覚えた。

 しかし、ここは大事なお客様だ。

 僕は暑さに耐えて、スイカは諦めて相手をすることにした。


「ここではなんですので、本殿へどうぞ」


「はあ......」


 僕は冷たい麦茶を出し、正座をして向かい合った。

 スイカをすすめたが断られた。

 相変わらずこの暑い中、汗ひとつかかない、麦茶にも手をつけずに男は話し始めた。


「私は小学校の教員をしています。

 今は家に一人暮らしをしているのですが、実は、私の家に、その......出るんです。

 真っ青な顔の!女があ!こっちを見てるんですよ!!もう一週間以上も!!」


 その目は乱れ、すがるような台詞も、僕に向けられているのではない気がした。


 いったいどこを見ているのだ?

 その視線は右へ左へと何かから身をそらすように、何も見たくないように動いていた。


 つまり男には見えているのだろう。

 自分の顔を覗き込んでいる女の霊が。


 ただ、腑に落ちないことがある。

 その女の霊は怨念に近いものだ。

 かなり強い意志があるのかメガネをかけていても見える。

 女は男を覗き込んでいるが男はその女と顔があっても、特に反応はない。

 顔があっていない時に目をそらす。

 つまりタイミングが合わないのだ。


 君が道を歩いている時にボールが飛んできたとしよう。

 君はボールを認識してから何かしらの反応を示すだろう。

 男の場合はボールを認識する前や、別の方向を見て反応しているように感じられた。

 もうひとつは、匂いだ。

 男からする匂いは、死の匂いだ。


 死臭がする。

 僕には慣れた匂いだった。


 ある程度の予想がついたので男に提案する。


「すみませんが、この依頼は僕ではなく、警察の方がいいかと思います。」


 男は目を見開いて僕を見た。

「なにをいっているんですか?

 幽霊が僕の家にいるんですよ?

 お祓いをしてください?

 お祓いすれば大丈夫?大丈夫なんです?」


 もう手遅れだろうし、どうしたものかとも思ったが、仕方がない。

 非常に厄介なことになっているのは間違いない。

「いいでしょう。

 代金は前払い。

 言っときますが、僕を連れて行かない方が、あなたは幸せだと思いますよ」


「わかりました!それでもいいですからお願いします!」


 男は金と住所の書いたメモを残して行った。

 夕方に男の家に行くことを約束して。


 僕はまず、電話をすることにし、相手とは現地で待ち合わせた。


「岩本さんですか?

 はじめまして。

 通報は本当なんですか?」

 それは近くの交番の警察官だった。


「行けばわかるよ」


 そう言って、僕は警察官と二人、男の家を訪ねた。


 小さな庭つきのごく普通の一軒家だ。

「どうぞ」

 警官がいるのになにもないかのように男は玄関から出てきた。

 顔色の悪い男の後ろに、女は相変わらずいた。


「ウッなんですか?

 ひどい匂いだ」

 玄関に入ると腐臭がし、警官は鼻をつまんだ。

「さあて、始める前にひとつ聞きたい。

 あなたはなぜ、あの人にこんなことをしたのか。

 それはいったいどんな理由だったのか。

 まずははっきりさせなくてはならない。」


「理由?なにを言っているんですか?

 私には秘密なんて......」


 秘密か。

 それが原因のひとつだと感じた。

「なるほど。

 あなたには秘密があった。

 それは知られたくないこと。

 人にはいえない秘密を知られたということですね?」


「知られたくない?

 知っちゃあいけないんだあ!!」

 叫びながら奥の部屋を見つめた。


 僕は奥の部屋へと向かったが、男は宝を守る子供のように、部屋の前に立ちはだかった。


「どきなさい」

 警官が男を抑えた隙に僕は扉を開けた。

「やめろおおおお!!」


「ひどい先生だよ、全く」


 その部屋には一人の女性の写真で溢れていた。

 それは盗撮写真、複数の男と交わり、乱れた女は、きっと普段は小学校の先生なのだろう。

 同僚女性の秘密を覗いた男はやがて狂気に走ったのだ。

「これがあなたの秘密か。

 その秘密を知った誰かなんですね?

 この人は!?」


 僕が指さした場所には、女性の死体がこちらを見つめていた。

 それはまさしく男に取り憑いてるもの、写真の女性だった。


「秘密なんて知らない!

 この幽霊が!

 ずっと部屋にいるんだ!

 頼むよ!

 お祓いしてくれよ!」


 秘密を知られたくない男はもう一つの秘密を産んでしまった。

 しかし、その秘密を抱え込むには、精神が弱すぎたのだ。

 男には死体が死体にはみえなくなり、やがて幽霊に見えていたのだろう。


 僕は男の肩を掴み、男の耳元で囁く。

「あなたにはなにも見えてはいない。

 目を見開いてよく見なさい。

 あなたの眼の前には本物の怨念がいるんですよ?」


「ううああああ!!

 く!くるなああ!!」


「お祓いをします。

 あなたは動いてはいけない」


 僕は男の肩をつかんだまま、霊に話しかける。

 この男はもう狂ってしまっている。

 こんなもののために、あなたができるはことはない、魂を汚してはいけない。

 さあ、いきなさい。

 きっと誰かがあなたを待っている。


 やがて霊は消えていった。

 これで消えなければもう一仕事だったところだ。


「ヒッヒッ....ヒヒいないもういなヒヒ」

 男はとうとう己の狂気にすら耐えきれなくなってしまった。

「あとは頼んだよ。」

 僕は警察官に後のことを頼んで、とんずらしたよ。


 金は先にもらってたしね。


 男が狂気に走る前に、誰かが止めるべきだったのか、止めたことで狂気に走ったのかはわからない。


 僕を呼ばずに警察に行けばよかったんだ。

 まだ正気を保てたかもしれないしね。


 どちらにしても、男はすでに狂気に走ってしまっていた。

 秘密を知り、それを知られたことでもう戻ることを諦めた。


 人っていうのは案外脆いんだよ。


 君が今聞いた話しですら、誰かにとっては殺しても知られたくないものかもしれない。



 秘密を知るということも、


 秘密を守るということも、


 とても厄介だということだ。

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