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澤屋 ゆきなか
第1話『家族』
宇野家は大家族である。
一つの狭い一軒家で10人詰め込んで暮らしている。
家族構成は宇野家の大黒柱である父と、その妻。
そしてその子供たち、長男、長女、次男の順である。
そして、長女の旦那、と事情が異なる長女の子供たち三人である。
長男は独身。
二番目に生まれた長女は、結婚した早々子供を二人作ったかと思うと、あっという間に離婚して子供を二人連れて戻ってきた。
それで五年後に再婚。
子供をこさえて一人増えた。
今では落ち着き家族の中はいい。
次男は長男と同じく独身であるが、人付き合いがいいのか、美人で金持ちな彼女がいる。
長男は年齢イコール彼女いない驀進中で、もちろん童貞である。
風俗がよいなどまったくもってやっていない。
女性に興味がないわけではなく、人なみに性欲はあった。
だが、この長男。結婚した人と初めてを迎えたいという夢見る乙女思考の持ち主で、かたくなに童貞を守っていた。
決してもてないとか、女性に興味を持たれないとかいうことはない。
ないったらないのである。
というのは長男の叫びである。
実際この長男、宇野公平は自分に気があるような女性を何人も見てきた。
その中にはかなりの美人がいたが、この長男、宇野公平は、かなりの理想主義者で小学校の頃の初恋の女の子相手に胸の高鳴りを覚えて以来、その胸の高鳴りを基準に恋愛を考えるようになり、そのときの言いようのないときめきがない限りは自分は恋愛をしないと公言するような人物だった。
ちなみに小学校の頃の初恋は玉砕に終わった。
「それ以上は深く聞かないでくれ」
公平がこう言っているのでしょうがない。
このことはいずれ。
語るかもしれない。
話を戻そう。
この公平、理想の女性を追い求めるあまり妥協というものを知らない。
そんな彼の母はそれを誰よりも知っているため、あきれたらしいが、母は公平にいった。
「急いでも結婚なんていいことはないから、慎重に相手は決めなさい。結婚ていうのは一生の決定なのだから」
母は結婚してからずっと添い遂げている、愛する自分の夫と共に寄り添いながら居間で公平にしょうがない子だよ、と言いながら自分と似たんだねと言い笑った。
その母の励ましを公平は忘れない。
もはやそれはポリシーである。
そのためこの年になってもつまり、30歳になっても童貞を貫いていた。
まあそれはともかく、この公平、とても面倒見がよく、妹の再婚相手ができるまで妹の子供の父親役みたいな立場であったから、とても甥っ子と姪っ子とは仲が良かった。
下手すれば再婚してできた父親よりもいいぐらいだ。
といっても、甥っ子も姪っ子も再婚相手が嫌いなわけがなく、ちゃんと家族をやっている。そんな家族構成の長男、宇野公平は30歳という年齢ながらも童顔で、見た目16歳の少年であった。
職業は漫画家。
連載は何回かしたものの、どれも人気が出ず、仕事がない時はいろんな漫画家さんのアシスタントをしたり、落ちた原稿のかわりを書いたりしながら生活している。
そんためいまだに実家暮らしだ。
今日公平は、自分の仕事道具を切らしたため文具屋により、Gペンをそろえたり、替えのカッターの刃を買いに行ったり、トーンを買い足したり、原稿用紙を買いに行ったりと過ごした。
その家に帰る途中でコンビニにより、レンジでチンして食べる味噌ラーメンと、チョコレートがたくさん入った袋と、フルーツ味のキャンディーが詰まった袋を買って、コンビニドーナッツと最近はまっている味がついた水、ヨーグルト味を仕入れて家にやっと帰り着いた。
13時ちょうどである。
「ただいまー」
「「おかえりー」」
玄関で元気に出迎えてくれたのは一緒に暮らしている長女の初めての結婚のときに生まれた子供で海うみと桜さくらである。
ちなみに二卵性の双子で、海が男の子で、桜が女の子、小学校1年生である。
「待ってたんだよー。今日学校で家にあるもので家族にプレゼント作る授業があってねー。ちーにーにつくったんだよ」
「僕の自信作。」
桜と海は自慢げに目を輝かせて公平にプレゼントを差し出した。
一つは桜が作ったネックレス。
綺麗なガラス玉、ビー玉だろうか? 紙粘土にそれが埋め込まれ、スズランテープが器用に通してあるそんなネックレスだった。
そして海はA4の画用紙に一生懸命書いたのであろう大きな宇宙ロケットと不器用ながらも書いたクレヨンの文字で「うちゅういきのけん」と書かれたものを公平にプレゼントした。
公平はうれしくてたまらない。
もはや、自分の子にもらったかのような喜びをあらわにした。
それもそのはず、実の父親よりもはるかに長く世話をし育ててきたのだからこの感情のほとばしりは当然だった。
「二人ともありがとー大事にするよー。」
公平は二人に目線を合わせるようにしゃがむと、二人の頭をやさしく愛情をこめてなでた。
「えへへ……。この首飾りはねー。すご力を持ってるんだよ。悪者倒しちゃうの!」
興奮したように桜が作った者の設定、いわゆる子供ルールを楽しそうに語ってくる。
「わるものかー。すごいねー」
公平は楽しそうに語る桜をほめた。
「そうだよ。ピーマンを私の代わりに食べてくれるの」
「つまり僕にピーマンを食べろと」
桜のたくらみを理解する公平。
「食べないの?」
桜にとってピーマンを食べてくれるのはヒーローらしい。
若干桜は涙目になり、不安そうに聞いてきた。
それに、慌てる公平、ここは好き嫌いはだめだと諭すところかそれとも逆か悩ましい公平は数週悩んだ後、ピーマンは食べられるようにみじん切りにしてみようと対策を考えながら、ここは妥協することにした。
「た、たべるよー。全部食べちゃうよー」
プレゼントのお礼を込めてそういうことにした。公平
「えへへ。」
はにかむように桜はわらい。両手をキュッと握って飛び上がって喜んだ。
「ねーきいて、僕のすごい奴はねー」
姉の桜より数分遅れて生まれた弟の海は、姉の話が終わったのを見るや、必死においていかないでと姉に出遅れたのを巻き返すようにわたわたと説明しだした。
一生懸命に説明するので、頬がリンゴのように赤く火照り、とてもかわいい。
そんなほほえましい様子に公平はなごんだ。
「僕のはねー。えっと、宇宙に行けるんだよ! ……うれしい?」
海は公平をうかがうように本当に喜んでくれるか心配しながら問いかけた。
そんな不安そうな海の雰囲気を察した公平は満面の笑顔で言った。
「とってもうれしーなー。何でこんなすごいのくれたの?」
海は本当に嬉しそうに語りだす。
「いつも、こことは違う場所に行きたいとか、宇宙はロマンだとか、異世界では王様になってるんだとか、言ってたからあげたの」
海のその的確な答えに公平は慌てた。
「そ、そうかー。ちょっとぼくは現実逃避しすぎたかなー」
「うれしくない?」
海は公平の心が揺らぐのを感じて不安になる。
公平は慌てて、海の頭をなでながら答えた。
「そんなことないようれしいよ。これで月に行っちゃおうかなー」
「じゃあ月に行ったら兎さん捕まえてきて」
公平はどうやってウサギは捕まえられないと説明したものかと考えた。
素直にダイレクトにいうのは何も難しくない。だが、海の夢を壊すわけにはいかないと公平は思った公平はよく考えて発言することにした。
「そうだなー。でも兎さんは月で暮らすのが幸せかもしれないよ。家族がいるからね。海はどう思う?」
その質問にはっと気づかされた海、目を丸くして、考え出した。
「家族はみんな一緒がいい。」
そういって海は公平の手を握った。
海の手は暖かく、やわらかで、海のやさしさを感じる。
公平は海の右手を両手で包み込むように握り返した。
「宇宙の兎さんを捕まえるかわりに、お兄ちゃんが一生懸命書いた兎さんの絵を海にプレゼントしてあげる。」
その公平の思いがけない言葉に海は大喜びしてまるで兎のように飛び跳ねた。
「やったー。うさぎさんだー」
その反応に、今までだまってみていた桜が異をとなえた。
「えーずるーい。わたしもー」
公平は桜の気持ちが昂り、海とのケンカが始まる雰囲気を感じ取り、そうなる前にタイミングよく桜の頭をなでることに成功した。
「桜、もちろん君にも絵をプレゼントするよ。なにがいい?」
そう、公平が言ってくれたのがとてもうれしかったのか、興奮した面持ちで桜は両手をバンザイして叫んだ。
「わたしはねー、わたしはねー。カメレオンがいいのー。」
「か、カメレオンかー桜は変わったものがいいんだね。」
桜の感性はいつも独特だ。
普通の女の子がほしがるものをほしがらないのだ。
桜はどうしてカメレオンがいいのか素早く公平のもとを去ったかと思うと、また急いで戻ってきた。
「これ! 学校で借りた絵本。カメレオンちゃんかわいいんだよー。」
そう言って大事そうに絵本を見せてくれた。
そんな和やかなやり取りを三人でして、公平は家に入ると、さっそく買ってきた味噌ラーメンをレンジで温め、出来上がると、自室にそれをもってこたつのテーブルに置き、おいしくいただき、かたずけを済ませると、仕事にとりかかった。
とある週刊誌の漫画家が流行りのインフルエンザとかで回ってきた、代理原稿依頼。
代理と言っても、手は抜けない。
ここから連載を勝ち取る漫画家も少なくないのだ。
必死に思考をこねくり回し、プロットを考える。
時間の合間に甥っ子と姪っ子との約束の兎とカメレオンを画用紙に色付きで描いていく。
そうこうしているうちに公平は力尽き、こたつ効果だろうか? 襲ってくる睡魔にあらがうことができない公平は、意識を失うように眠りについた。
買い物に行った物を入れたままの鞄を抱きしめて。
「おやすみなさい。むにゃ、むにゃ」
宇野家の住人が寝静まったころ、カチャリと静かな玄関で響く音一つ。
鍵を開けて宇野家に帰ってきたのは宇野家の長女と結婚した現在の旦那、宮司 武人だった。
武人はまず風呂にはいり、最近お気に入りの作務衣を着ると台所へ顔を出した。
そこにいるのは、妻の宮司 亜沙子、次男である一歳の勇樹をあやしながら夫を待っていた。
「おかえりなさい。あなた。ごはんで来てるから温めますね。忠助みててくれる?」
「もちろんだよ。忠助~パパですよー」
でれでれの武人はぐずる赤ちゃんも何のその仕事帰りの疲れを忘れ、愛情たっぷりに我が子をあやした。
「そういえば、ほかのみんなは寝たのかい? 」
「ええ、海と桜はぐっすりねてますよ。お父さんとお母さんも寝ているし、沙樹児もさっき仕事から帰ってきてぐっすりよ。兄さんは仕事しているときは声をかけないでくれって言われてるからわからないわ。でもまだご飯食べてないから読んできてくれる。
仕事もいいけど栄養取らなきゃいつか死んじゃうんだから。」
「おーけー。呼んでくるよ」
武人は亜沙子に言われ2階の公平の部屋に忠助を抱っこしながら義兄を呼びに行った。
ノックする武人。
「義兄さん。ごはん食べないと体に悪いよ。義兄さん」
いくら読んでも反応がない。
「忠助どうしようか? 」
「だーだー」
忠助は公平の部屋のドアをひっかいた。
「わかったよ忠助開け呼ぼう」
武人は一歳の息子に説得されて、仕事中だろう公平の部屋に入った。
「義兄さん。ごはん食べて休憩してから書いたほうがいいのが描けるよきっと。」
そういいながら公平の部屋に入ったが公平の姿はこれぽっちもありはしなかった。
こたつに潜ってもいない。
ただ公平がいたであろう痕跡があるだけ。
こたつ布団には人一人入れるトンネルがあるだけですっぽりとそれに入る人だけがいない。
あるのは、今まで書いて打であろう漫画のプロット、兎がかわいく描かれた画用紙に、カメレオンが描かれた画用紙、そして……。
明滅する一枚の紙。
それは海が書いた宇宙行のチケット。
それがこたつのテーブルの上で青白い光をだし淡く輝いていたのである。
それを見て武人は頭を抱えた。
「はは、まいったな、義兄さん……。無事でいてくれよ。」
武人が手に取った海が書いた『うちゅうにいける』チケットには受領という意味のこの星の言葉でない文字が浮かび上がっていた。
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