●新入りの私がヘルマートで真実を知るまで(通常期)

「うん、アルバイトにはだいぶ慣れたよ。大丈夫、学校に影響が出るぐらい遅くまで働いていないから」


 携帯電話を肩で挟んで耳に当てながら、足のむだ毛処理をしつつ、テレビに映ったバラエティ番組を観ている。今日は好きな男性アイドルグループの冠番組がやっていた。


「スタッフの人は皆良くしてくれているか? くれぐれも粗相そそうがないようにな」


 電話の向こうのパパに返す言葉が出ない。

 え? 私が粗相? う〜ん…… 

 ヘルマートでのアルバイトが始まって。早一ヶ月、私もすっかりお店に慣れてきた。仕事に慣れるというよりは、人にだと思う。スタッフもお客さんも、私が生まれ育った田舎町では出会ったことがない人ばかりだった。でも、コンビニで働く人も来る人も私が注意していなかっただけで、ひょっとしたら同じだったのかもしれない。


「ねぇパパ、そっちはヘルマートあまり見ないよね?」

「そりゃそうだ。こっちは別のコンビニチェーンの本部があるからな。ホームみたいなもんだから、他のコンビニが積極的に進出することはないと思うぞ」


 私はこれまで名前は聞いたことがあっても、ヘルマートで買い物をした記憶がない。


「どうしたんだ?」


 他のコンビニで働くどころか、今までにアルバイト経験なんてないし、ヘルマートがおかしいとか変わっているとか思うのは世間知らずなだけなのかなぁ。


「ううん、何でもないよ。働くって厳しいなーっと思ってさ」

「そりゃそうだ! 働くということはそんな甘いもんじゃないぞ。社会に出るまでのいい勉強だと思いなさい」


 あちゃー失言だった。水を得た魚みたいに、ここぞとばかりに「自分の若い頃はだな……」と切り出したパパの話が長くなりそうなのを感じとって、


「あ、ごめんなさい。そろそろ明日の授業の予習しなきゃいけないから。じゃあ、またね。ママによろしく」


 私は携帯電話を切った。

 ため息が漏れる。

 夏休みが終わって、大学の後期が始まった。一年生の私は必修単位の授業があるし、教員免許が欲しいから、卒業単位には関係がない教職に、就くための授業にも出ないといけない。三年生になるまでは、月曜日から土曜日ずっと朝から晩まで授業がある。


 本当は、週に二、三回ですませたかったんだけどなぁ。

 月曜は準夜勤、火曜は夕勤、木曜は夕勤、土曜は準夜勤、日曜は夕勤の計五日間はさすがに勉強に影響しそうだ。


「あ〜もう、準夜勤なんて出たくないよ〜」


 若き店長は「まだ代わりが見つからねぇんだ」とか言ってたから当分はこのままなのかなぁ。他に人がいないなら仕方がないけどさ。お店の前に貼ってあったスタッフ募集のポスターが剥がされているのがちょっと気がかりだけど。

 う〜ん。


「って、そろそろバイトの時間だ」


 月曜日は夜十時から準夜勤がある。パパにはこの時間に働いているのはもちろん内緒だ。私はすぐにバイトに行く支度をした。


「おはようございます」


 どの時間帯でも変わらない業界の挨拶にも、すっかり違和感を感じなくなった。


「おう」


 事務所に入ると、電話をしていた若き店長が私に気づいて手を上げた。なんかいつも電話ばっかな気がする。相手は誰なんだろ。私はリュックを荷物置き場に置いて、制服がかけてあるバックヤードに向かう。


「あら? おはよう」

「あ、おはようございます」


 振り返ったらバックヤードに男喰いがいてビックリした。

 バックヤード側のドアは離れているから開いても気づかないことが多い。

 肩まで伸びたサラサラの髪、透き通った肌、服の上からでも分かる女性的なボディライン、女の私から見ても文句なしの美人。そして漂わせるなまめかしい色気が彼女を男喰い足らしめていた。


「どうしたの?」


 またいつものように見とれていた私に彼女は首を傾げた。


「あ、なんでもないです」


 この一ヶ月で知ったこと。男喰いはこのお店の天下取り、お坊ちゃん、バイトリーダーの三人に手を出している。ううん、不死鳥の話ではそれはあくまでこのお店だけで知らないところでは何人の男と関係しているか分かったものじゃない。

 恐ろしい人だ。

 それでも、一緒に仕事することはちっとも嫌じゃなかった。

 男喰いは女の私に優しい。


「大丈夫? 重いから私が行こうか?」


 バックヤードの冷凍庫からレジカウンター内にある小型冷凍庫に、フライドフードの補充をしようとした私を男喰いは心配そうに見た。冷凍されたフライドフードは種類ごとに段ボールに分けられて配送され、そのまま冷凍庫に放り込まれる。それを二、三箱運んで来るので重量がある。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。部活はずっと運動部だったんで力はあります」


 男喰いは「へぇ〜」と感心そうに頷いた。


「じゃあお願いね」

「行ってきます」


 若き店長に気を遣って、事務所を通らないお店側のドアからバックヤードに入る。


「すまねえ。今日はちょっと行けそうにねえわ」


 入ってすぐ電話をしている若き店長の声が聞こえて来た。


「ちょっとここ最近は立て込んでてな。すまねえ」


 若き店長の声は珍しく元気がなかった。


「少し厳しい状況なんだよな。SVがうるさくてさ」


 冷凍庫から補充するフライドフードの箱を選んで台車の上に積んでいく。これ本当は夕勤の時間帯でやっておく仕事なんだけど、さっきレジカウンター内の冷凍庫を見たらスカスカだった。夕勤の巨乳と人間嫌いの後の引き継ぎは、いつも仕事が増えてしまってる気がする。


「ああ、近くに別の系列のコンビニ新店ができるんだよ……」


 三箱積んで、私は台車を押してバックヤードから出て行く。


「日曜日のサッカー観戦は大丈夫だって!」


 事務所を出てレジに戻ると、男喰いが遠くを見つめていた。

視線の先を辿っていくと、お店の自動ドア近くにある五百円くじの商品を陳列しているコーナーだった。そこに男子学生であろう五、六人が群がっていた。


「あった。あった。今日発売なのにどこも売り切れで、焦ったよ〜」

「ここも半分くらいなくなってるな」

「お目当てのはまだ残ってるから、なんとか全種コンプリートするぞ」


 そういえば、今回の五百円くじは人気アニメのグッズだ。大当たりのフィギュアから一番ハズレの携帯ストラップまで幅広く商品が取り揃えてある。


「すみません! くじ五回分お願いします」


 冷凍庫に運んできたフライドフードの箱を開けて補充していると、男達がレジにやってきた。男喰いが接客する。


「マリーちゃんを絶対に当てるぞ!」


 男が気合いの声を上げ、くじが入ったボックスに手を突っ込んだ。そこからの光景は異様だった。目の前の男に続いて、残りの男もそれぞれ五回分を買っていく。くじの商品は必ず二セット以上仕入れるので、並べきれない商品はバックヤードに積まれている。棚がスカスカなのは、夕勤がサボったからだ。


 準夜勤は、一日で一番の数量を誇るセンター便が来て、それをレジを見ながら一時間かけて陳列ちんれつして、そのあとに廃棄を下げ、すぐに大量の雑誌や本が配送されてくるからそれを陳列、それが終わったら掃除をしないといけない。三時間勤務の間にやる仕事の量は一杯で、本来は夕勤の時間にやるべき商品の補充まで手が回らない。今日はもうすぐ雑誌と本が運ばれて来る時間だった。


「くっそー! 当たんねえよ!」

「もうないんですか!? このままじゃマリンちゃんだけいないんです!」

「こっちは、ミズキっちだよー! くっそー!」


 男達の雄叫びが店内に木霊した。他のお客さんの異様な者を見る目が向けられる。見ていると、男達がこだわっている商品は、大賞ではなく一番種類が多い三等賞のミニフィギュアコレクションだった。それ以外のは全員手に入れているみたい。今のでフィギュアを揃えられなかった三人の男子が男喰いに食いかかる。


「商品は二セットございますので、多分まだあるはずですよ。くじはまとめてボックスの中に放り込んであるので」


 男喰いに視線を向けられて、私は慌ててバックヤードへ走る。バックヤードの壁に貼られた商品の在庫一覧表を確認してから戻る。


「まだあります」


 私の報告に男達はガッツポース。


「次、十回分お願いします」

「おいっ、お前もうここまでに四万ぐらい使ってるだろ! 止めとけよ。今月どうすんだ?」


 男の暴走に、すでに全種類コンプリートして冷静さを取り戻した男達が止めに入った。


「マリンちゃんだけいなかったら、かわいそうじゃんか!」


 男は泣き出していた。


「一人だけ仲間はずれなんてできないよぉ!」


 男喰いの横顔を見ると、無表情だった。目の前の男達は男喰いに目もくれない。下手すれば、男喰いは彼らの目には女性として映っていないのかもしれない。男達は目の前の物言わぬマリンちゃんやミズキッちを追い求めていた。


「お前、漢だな」


 仲間達は頷くと、そっと漢の背中を押した。


「よし、行ってこい!」


 意気に感じた残りの二人も彼に続く。


「俺もあと十回分!」

「俺もお願いします!」


 お店のドアが開く。


「おはようございます」


 雑誌と本の配送がやって来た。

 これから少なくとも後三十回も当てたくじの商品を、本人の前で一つ一つ確認して最後に袋に入れてあげないといけない。それで終わらなかったらまだ続くのだ。


「すみません、お待ちのお客様こちらのレジへどうぞ」


 男子学生達の後ろで冷めた顔して並んでいるお客さん達に気づいて私は2レジへ呼んだ。この時間帯に彼らのくじ引きラッシュは仕事の流れとしてしんどかった。後で知ったんだけど、彼らのような人をオタクと呼ぶらしい。そして、五百円くじの新発売の日は彼ら勇者達の出陣があるのでめんどくさい日らしい。


「大変でしたね」


 立ち読み防止のために漫画雑誌を荷造り紐で結んで、単行本にカバーをかける作業は零時半を過ぎてもまだ終わらなかった。零時に出勤した夜勤の留年は、レジから離れて自分の夜勤の仕事である配送された商品出しをやっている。一人になってレジを見ながら品出しをするのが一番神経を使うので、準夜勤がいる間にできるだけ品出しを終えたいのだ。彼に私達の仕事を手伝う余裕はない。準夜勤にしても夜勤にしても、仕事の量が勤務人数ではさばききれないぐらい多い。それでも仕事が終わらないと怒られる。

 今日は確実にサービス残業になる。若き店長はどのような理由があっても残業を許さないから退勤してからの残業だ。


「でもこんなことやるのも矛盾してるのよね」


 男喰いが漫画雑誌をかざして見せる。


「雑誌や本のコーナーがどこのコンビニでもだいたい窓側にあるのって、立ち読みしてもらって外からお店に人がいますよってアピールすることが目的なのに、これじゃ意味ないよね。ま、最近はどこのコンビニもやっているから仕方がないか」


 そうだったんだ。確かに、それを考えるとこの紐縛りやカバー付けが意味のある仕事に思えなくなっちゃうな。


「新入りはさっきみたいな男達は苦手だった?」


 え? いきなり話を振られた。


「彼氏はいるの?」

「い、いません」

「そりゃそっか。いたら若き店長が採用しないもんね」


 え? そうだったんですか。


「あーいう男達も良いところいっぱいあるのよ? 露骨に嫌な顔するもんじゃないわ」


 男喰いはそう言ってコツンと私のおでこを小突いた。


「す、すみませんでした」

「コンビニに来る人は自分の生活に干渉してほしくない人が大半だから、自動販売機の延長ぐらいで接して欲しいの。忘れないで」

「は、はい!」


 本当に意外なくらい男喰いはしっかりしていた。初めから男にだらしがないイメージしかないから、女の私とは会話もしてくれない、仕事も適当にしかしないと思っていた。でも実際は、仕事はそつなくこなすし後輩思いだった。だからこそ、どうしても気になる。


「男喰いは好きな人はいますか?」


 どうしてそこまで男遊びをするのか。

 見上げた男喰いの顔は戸惑っていた。目をしばたたかせ、天井を見上げた。


「ん〜好きな人は誰なのか分かっているんだけど、会えるかどうかは分からないかな」


 それは答えになってないのになぜか、ああ、と頷ける答えだった。

 ドアが開く音がして振り返る。


「おう、おはよう」


 バイトリーダーがお店に入って来た。ここ最近はずっと男喰いのシフト終わりに合わせてお店にやって来ていた。


「ちょうどよかった。ね、手伝ってよ」


 男喰いに声をかけられると、バイトリーダーは鼻の穴を膨らませた。


「お、しょうがねえなぁ。若き店長と店舗経営のことで話があったんだけどなぁ」


 いやいや、一バイトが社員に店舗経営の話をするなんてちゃんちゃらおかしいでしょ。鼻歌を歌いながらバックヤードに入っていくバイトリーダー。不思議だ。私だったら百年の恋も冷めるような事実を告げられたっていうのに、どうして今まで以上に男喰いを追いかけるのか。


「ね。男の人って可愛いでしょ?」


 背後に立った男喰いが私の心を読んだように笑った。

 私は振り返って男喰いを見上げる。


「いやいや、バカでしょ」


 ピーンポーン

 ドアが開いた音がして、男性が一人が駆け込んできた。


「おはようございます! くじ引きまだあります?」


 手を膝について息を切らせる男性。その様子から全力疾走して来たんだと伺える。男喰いが呆れた顔をした。


「アニメオタクなのに出遅れちゃダメでしょ」


 彼が遅れてやって来たヘルマートスタッフのアニメオタクだった。


「俺のしメンのマリンちゃんは?」

「もうないよ」

「うあああああああああっ!!」


 男喰いの残酷な宣告に、アニメオタクは人目もはばからずその場で泣き崩れた。

 アニメオタクの泣き声が木霊する中、腹の底から嫌悪感がこみ上げて来る。

 やっぱり、理解できねー。

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