3 恵

「何考えてるの」


「いや、何も」


「嘘、ぼんやりしてたわ」


「ちょっと眠いだけ」


「せっかくカノジョが家にいるのに……」


「自分の部屋だから眠いんだよ」


「さっき、張り切り過ぎた」


「ああ、それはあるかも」


「ねえ、わたしは本当にあなたのカノジョなの。健の方は単なるセフレとか思ってるんじゃない」


「実はさ、ぼくってセックスがあんまり好きじゃないんだ。でも恵(めぐみ)とはしたいから彼女だと思うな」


「複雑な人ね」


「そうかなあ、却って単純だと思えるけど」


「わたし、健のことが良くわからない……ときがある」


「全部解れば苦労はないよ」


「そりゃあね」


「初恋の人のことが聞きたいな」


「幼稚園の先生だったよ」


「それって公式回答、それとも……」


「公式回答って何なのさ」


「健は絶対に言わないわよね。自分が本当に好きな人のこと」


「だから恵(めぐみ)だって言ってるだろ」


「じゃ、あたしと結婚できる」


「いいよ。でも先の話」


「そんなに簡単に嘘吐かないでよ」


「どうして嘘だってわかるんだよ」


「知りたい」


「別に……」


「じゃ、言わない」


「じゃ、聞かない」


「水、飲む」


「そうだな」


「取って来るわ」


「ありがとう」


「エビアンとクリスタルガイザー、どっちがいい」


「エビアン」


「あらやだ、ヴィッテルとコントレックスまで入ってる。いつから水フェチになったわけ」


「コーヒーとかお茶とか避けてたら水ばっかりになったんだよ。クリスタルガイザーも富士山のバナジウム天然水も嫌いじゃないよ」


「そういえば健、コーラとか飲まないよね。炭酸水は嫌い」


「ペリエとかサンペレグリノ程度なら大丈夫かな」


「そっかあ。あたしって健の何にも知らないんだね」


「ぼくだって同じだよ。でも困ることじゃない」


「まあね。でも今は健のこと全部知りたいんだ」


「ペドフィリアだってわかったらどうするわけ」


「なんだ小児好きだったのか。じゃ、初恋の人は男の子だね」


「そゆこと」


「嘘つき」


「でも最初にキスした他人は男の子だったよ。これは本当」


「へえーっ。で、シチュエーションは」


「お芝居でぼくが女の子役だったんだ。でも台本にキスシーンはなかったけどね」


「それ、いつのこと」


「幼稚園の年長組」


「健、男の子にもモテたんだ」


「チゲーよ。アキラちゃんがウケ狙ったんだよ。あいつ、今でもオカシイから……」


「こないだ部屋に来たとき、いた人」


「そう」


「あたしにはおかしな人には見えなかったけどな」


「女の子の前だと普通を装うんだ」


「事故じゃない初キスは」


「恵みが最初」


「ぷんすか、それこそ大嘘じゃない」


「いや、言ってみて気づいたけど、たぶんそれ以外は全部事故だったんだ」


「全員振ったわけ」


「まあ、ほとんど……」


「ヒドイ男」


「だって好きじゃない相手と付き合えないだろ。好きかどうかわかるまでの期間は別として」


「何人いたの」


「何が」


「振った人」


「憶えてないよ。二十人くらいじゃないかな」


「お試しデートは必ずしたの」


「いや。相手が強引なときだけだな」


「今までよく殺されなかったわね」


「あ、それは何度か言われた」


「呆れたわね。あたし、カノジョ止めようかな。自信喪失する前に……」


「何それ」


「だってあたしって健と吊り合うほどきれいじゃないし、今までもちょっと感じてたんだ」


「何をさ」


「健と歩いているときの女の人の視線。あえて説明しないけど、それって気持ちのいいものばかりじゃないのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る