その6 「カレー?」

 何故なのか。

「なんか……凄い色になっちゃったねー」

 私は今目の前で起こった事が信じられなかった。というか信じたくなかった。

「私が手伝ってもこれって……」

 私達の目の前にあるのは、寸胴に半分ほど入った、灰色のドロドロとした不透明な液体。中には大小の固形物が入っており、火にかけているためボコボコと泡が浮かんできては弾けている。

 この液体は、誰もが知っている料理だ。

 ……いや、「だった」と過去形で表現する方が正しい。今のこれは、どう見ても誰も知らない料理のようなものに変化している。

「どうしようか、このカレー」

 そう、カレー。これはカレーのルーだったものだ。

 彼女が料理するといつも奇妙なものが出来上がるから、今日は私が監視ついでに手伝った。そのはずなのに、ご覧の有様である。

「ちょっと状況を整理させて。まず野菜とお肉を切ったところまでは問題なかったよね?」

「そうだねー。ちょっとジャガイモの皮を厚く切りすぎたりしたけど、まだ普通だったよ」

 私もしっかりと確認している。牛肉もニンジンもジャガイモも玉ねぎも、切っていた時は大丈夫だったし、鍋の中にあるそれらも、色はともかく形はしっかり残っている。

「火を付けて、油を敷いて、お肉を焼くまでも大丈夫だった」

「そうだねー、美味しそうで味見したくなっちゃったよ」

 今回は簡単にするために下味も付けていなかったし、安いお肉だから単品だとそこまでじゃない気がする。だけど今の問題はそこじゃないから無視しよう。

「玉ねぎを入れた所もオッケー」

「ニンジンとジャガイモを炒めた時も普通だったねー。やっと上手くいったかと思ったよ」

「水を入れて煮るのも良かった」

 そして――

「ルーを入れた瞬間に、灰色に……」

 やっぱりわからない。

 使ったルーは市販の一般的なものだし、ルーを鍋に入れたのは彼女というだけだ。それがどうして変色するという結果になるのか。

「今回のこれ、匂いは完璧にカレーなんだけどなー」

「イカスミカレーとかあるけど、灰色はちょっと、ね」

 下手すればヘドロか工業廃棄物に見える……って、想像したら気持ち悪くなって食欲が失せてしまった。

「……でも、意外と普通のカレーかも」

 そう言って彼女が小皿に取って、少し躊躇した後に飲んだ。

 もし体調を悪くしたりしたら、急いで救急車を呼ばなければならない。私はデニムのポケットに入れていたケータイを取りだそうとした。

 そうしたら、彼女は驚いた顔をしてこう言った。


「……美味しい」

「えええええ!?」

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