第122話 度々の足袋 一

 足袋の起源については諸説ある。

 5世紀頃、中国から日本へ伝わったとされる「しとうず」という履き物が発展したという説。襪とは指股がなく現在の靴下のような形状で、履いた後に足首のところを紐で結ぶ。

 平安時代以前の貴族には、草履を履く習慣がなく、現代のスリッポンのような

浅沓あさぐつ」やブーツ状の「かのくつ」が着用していたので、その下に履く靴下のような役割であったとされる。

 「襪」とは「下沓したぐつ」が訛ったものとされている。平安時代に入ってからも、礼服には錦、朝服には白を着用する決まりがあり、階級によって綾絹、練絹、麻などが使い分けられ、また、特殊なものとして皮革製があり、主に蹴鞠けまりや舞楽の際に着用されていた。

 同じく平安時代に「山家やまが」と呼ばれた猟師たちが、山野で足を保護するため、猿や熊、鹿などの毛皮を履き物にし、指先に股をつけた「毛足袋」を履いており、それが後世の足袋の原型となったとする説もある。

 襪を履いていた公家に対して、武家が主に着用したのが「単皮たんび」です。平安時代の『倭名抄』には、「町人は鹿皮を以て半靴はんかつくる。名付けて単皮」と言う記述が残っている。ひとえの皮を使った、今でいう靴のようなもので、その「たんび」が後に「たび」に変化したという説がある。

 鎌倉時代の『宇治拾遺物語』に「猿の皮の足袋はきなして」という記述があることから、11世紀には「足袋」の字が使われていたようである。ただし、当時の足袋は、まだ指の股が分れておらず、今のように親指が分れた形状となったのは、室町時代になってからとされる。

 他の説としては、足袋の形を鼻に見立て、両足揃うと4つの鼻に見えるために「多鼻」となったという説。 旅に出る際に足を痛めないよう鹿皮でできた袋で足を包んで出かけ、この旅沓たびぐつを略して「たび」から「足袋」と変化したと言う説などがある。

 室町時代以降、草履の普及とともに、武士の間で皮革製の足袋が普及する。文禄(1592~1596)の頃には、男性は白の革足袋や、小桜などの模様を染めた小紋足袋、女性は紫色に染めた紫足袋を履く習慣が生まれる。とはいえ、履く時期は9月から翌年の2月までなど細かく規定され、さらに老中や城主の許可が必要だった。また、当時の武家の間では、人前で足袋を履くことは無礼とされており、礼装や主君の前では素足でいることが礼儀とされていたが、一方で、戦乱の世となるにつれ、革足袋が軍装として使用されるようになって行く。

 江戸時代に入ってからも革足袋が一般的だったが、1657年に起こった「明暦の大火」の後、防火用として庶民がこぞって革の羽織などを買い求めるようになり、皮革の値段が高騰。そのため、足袋に廉価な木綿を使ったところ、肌触りがよく履き心地がよいと評判になり、急速に普及していく。

 白の無地の他に、染め分け足袋やうね刺し足袋という、絹糸で刺した足袋などさまざまな種類が登場。色は時代に応じて流行が変化して行くが、次第に白、黒、紺が主流になる。

 江戸の武士の間にも礼装の際に白足袋を用いるという考え方が広まり、また 江戸町人には汚れの目立たない紺足袋が好まれるようになる。

 現在も白足袋や色足袋、小紋足袋などさまざまな種類の足袋があるが、礼装には白足袋と決められている。また、宝暦 (1751年) 頃に薄地の夏足袋が作られるようになり、一年中履かれるようになって行く。

 さらに元禄(1688~1704年)の頃には、中国から渡ってきた財布に付いていた爪を応用し、現在の足袋の原型となる、足首を「こはぜ」で留める足袋が開発される。また、ボタンで留める足袋も作られるが、農村部を中心に一般庶民には紐で結ぶタイプの足袋が依然として使用され「鞐掛こはぜがけ」の足袋が広く普及するのは明治時代に入ってからである。

 鞐は明治時代までは2枚が主流で、現在は3枚~6枚のものもあるが、一般的には4枚こはぜの足袋が主流となっている。鞐の数が少ないほど正座が楽で、数が多いほど立ち姿が美しいと言われる。

 明治時代に入ると、足の保温効果や利便性、またはファッションの観点から一般庶民にも広く普及していき、さらに、屋外でより実用的に使用する目的で「地下足袋」が作られるようになる。しかし、戦後以降は、和服から洋服への転換が進み、とび職などの一部の職業を除いて日常的に履く機会は失われ、武道や華道、茶道など、伝統的な日本の催事に使用されるに留まるようになりました。

 近年になり、指の股と股の間が空いていて足の裏が敏感になる足袋は、足が疲れにくく健康によいと、そのよさが見直され、また、洋装にも合わせられるカジュアルな柄やデザインの足袋が登場したことで、若者たちからも見直されてきている。


 白田屋さんと呼ぶ声に振り向けば、今は本田屋の主人となっている小太郎だった。


小太郎「今夜、付き合っちゃもらえませんか。それとも、まだ、お忙しいですか」

拮平 「いや、別に忙しくはないよ」

小太郎「それなら」


 と、二人して料亭に行く。


拮平 「えっ、ひょっとして、小太郎ちゃんと二人だけで飲むのって初めてじゃな

   い」

小太郎「言われてみればそうですね。いつも、真兄さんが一緒でしたから」

拮平 「はは、こりゃ、いいや。じゃ、今夜は真ちゃんを肴に飲むとするか」


 と、軽く言っても、小太郎がどんな目的で、拮平を誘い出したのか気になるところである。


小太郎「いいですね。でも、その前に、ちょいと仕事の話を」

拮平 「仕事の話?いいねえ、小太郎ちゃんと仕事の話が出来るなんて。でもさ、

   お宅は呉服屋。うちは足袋屋だよ。確かに足袋と着物って密接なもんだけ

   ど、それで?」


 小太郎が自分の計画を話す。


拮平 「えっ、それでいいの?それなら、うちとしても多いに助かるけど…」

小太郎「それなら、商談成立ですね。よろしくお願いします」

拮平 「いやいや、こちらこそ。思いがけないことで…。へえ、あの小太郎ちゃん

   がねえ。こんなに大きくなって、今じゃ本田屋の主人で、いい話、持って来

   てくれてさぁ」

小太郎「いいえ、私は嬉しいんですよ。こうして拮平兄さんと一緒に仕事が出来る

   ことが。じゃ、これからは真兄さんを肴に飲みますか」

拮平 「ああ、いいねえ。第一、なんだい、あの、いつまでも格好付け野郎」

小太郎「そう!ちょっとばかし顔のいいのを鼻にかけてさ。格好付けることしか頭に

   ないんだから」

拮平 「そうだそうだ、その通り!」

小太郎「それより、気を付けなきゃ。何と、近く免許皆伝だそうですよ」

拮平 「えっ!はあ…。何だかんだと忙しそうにしながら、チャンバラごっこ、まだ

   やってたんだあ…。そう言えば、子供の頃から棒っ切れ振り回すの、好き

   だったもんなあ。それがまた、強ぇのっ」

小太郎「ええ、まさに、何とかに刃物!抜けば玉散る氷の刃!あのすごい刀で人を斬る

   こと諦めてないんでしょうねえ。いや、ますます拍車がかかり…。ああ、恐

   い恐い」

拮平 「本当だ。近頃は仁神の釣りのお供が大変だとか言いながら、やること

   たぁ、忘れてなかったか…」

小太郎「そう言えば、仁神のあの殿様。近頃は女より男の方がいいとか」

拮平 「そうらしいねえ。俺も真ちゃんから聞いてびっくりよ」

小太郎「人ってわからないもんですねえ…」

拮平 「何よりも人が一番恐いって言うじゃない」


 その時、襖が開く。


静奴 「こんばんわ」

拮平 「おや、静奴じゃないか。生憎だね、今夜は真ちゃんいないよ」

静奴 「まあ、それにしてもお珍しい。本田屋の新しい旦那様と若旦那が連れ立っ

   てお見えになられるとは…」

小太郎「もう、若旦那じゃありません。こちらは白田屋の旦那様ですよ」

拮平 「もう、いつまでも新しいを付けるんじゃないよ、こちらもれっきとした本

   田屋の旦那じゃないか」

静奴 「これは失礼をば。では、旦那様方おひとつ」


 と、先ずは拮平から酌をしていく。


拮平 「そうだ、静奴。もう真ちゃん止めて、こちらの小太郎さんにしないか。ど

   う、若くてこの活きの良さ。真ちゃんも俺も少しくたびれかかって来たから

   さ」

小太郎「いいえ、そんなことしたら、真兄さんから怒られちまいますよ。何と言っ

   ても…」

静奴 「あら、まあ…」


 小太郎も静奴が真之介に岡惚れしていることは知っている。それだけではない、何をどう勘違いしたのか、静奴は両思いだと思っている。そんな真之介が妻を迎えたのは仕方ないが、それからは、何かと足が遠のいている。


----あの、権高い貧乏旗本の娘め!よくも私の大事な真様を粗略に扱いおって…。


 そんなことはおくびにも出さないのが芸者である。


静奴 「それより、それより、白田屋の旦那。この度は…。私は大旦那にもいろい

   ろご贔屓にして頂いたものです。そう言えば、あの後妻、ついに追い出した

   そうで」

拮平 「追い出したと言うより、自然の成り行きというとこさ」

静奴 「では、今度はいよいよ、若、旦那の嫁取りじゃないですか」

拮平 「いや、そんなことは、すべては一周忌が終わってからだよ」

静奴 「でも、どんな方なんでしょうねえ」

拮平 「さあね、何にも、わかりませんっ」

静奴 「そうですね、では、ここはひとつ陽気に参りましょう」

 

 静奴も拮平がしばらくの間、幇間をやっていたことは知っている。


----その幇間芸、見せてもらおうじゃありませんか。どうせ、真様、いないんだもの…。


 すぐに、他の芸者もやって来れば、拮平も小太郎も飲んで騒いだものだ。そして、二人肩を組み、ふらつく足取りで帰って行く。


小太郎「今夜は楽しかったですね」

拮平 「楽しかったね」 


 小太郎は元は侍の子である。浪々の身の父と共にさ迷っていた時、当時十二歳の真之介に助けられた。この齢にして、真之介は父親から小さな太物屋を任されていた。その店に拮平も通って来ていた。一人息子の拮平は自分の小さい頃の着物を持って来てくれた。また、遊びを知らない小太郎に、近所の子供と遊ぶことを教えてくれた。小太郎にとっては、拮平も兄なのだ。

 程なくして父を亡くした小太郎だったが、いまわの際に父が真之介の様な商人になるよう言い残した。さらに、翌年には真之介の父が倒れ、小太郎も本店に引き取られることになる。お伸と共に寺子屋に通わせてもらいながらも、本田屋の親族でもなく使用人でもない、そんな中途半端な立場に閉塞感を覚えた小太郎は店に出してほしい、小僧からやりたいと言った。

 だが、いざ小僧となって見れば、それまでの安穏とした暮らしへの妬みからか、見えないところでいじめにあった。それでも、父の遺言通り立派な商人になるのだとめげなかった。そして、十二歳になった小太郎は望んで他の店に修業に出る。その頃にはいずれはお伸と夫婦にして、店を持たせようと言う話が持ち上がっていた。

 時は流れて、真之介から呼び出された小太郎は思いもかけぬことを告げられる。何と、真之介が侍株を買い、商人を辞めて侍になると言う。本田屋は弟の善之介が継ぐとしても、まさに、寝耳に水だった。さらに、小太郎にも侍になるか打診される。


小太郎「いいえ、私にはその気はありません。父の遺言通り、兄さんに負けない商

   人になります」


 その後、絵師の道に進みたい善之介が主人の座を降り、お伸の婿となった小太郎が本田屋の主人となった頃、隣の拮平は辛い恋をしていた。ついには家を飛び出し、行方をくらますも、真之介はその行き先を知っていたようだが、小太郎は敢えて聞かなかった。

 あの日、二度目の家出の時、真之介と別れて行く、拮平の後姿が雲の中に隠れてしまうまで見送りながらも思ったものだ。


----拮平兄さんは、いつか帰って来る!


 そんな確信があった。嘉平の死と引き換えだったが、拮平は帰って来た。

 拮平と飲んだ数日後、本田屋では買い物客に番号の振られた木札を渡す。


番頭 「この札を持って、お隣の白田屋でお好きな足袋をお選びくださいませ」


 好きな足袋を選べと言われれば、客は高いものを選ぶ。

 小太郎が着物を買ってくれた客に、足袋を提供するサービスを始めたことに対して、取り立てて賛成も反対も起きなかった。当時の呉服屋とは絹物を扱う店のことで、木綿地を扱う店は太物屋と言った。

 高価な絹物に足袋を一足付けたからと言って、そのことにどれほどの効果があるとも思えなかったが、ただ、小太郎の拮平に対する思いを汲み、誰も何も言わないだけであった。

 しかし、客にすれば好都合であった。何と言っても隣である、わざわざ出向く必要もない。木札を持って隣の白田屋に行き、好きな足袋を選べばいいのである。

 見えないところに金をかけるのが、本当のお洒落であることは百も承知の江戸っ子だが、そこはどうしても財布との相談になる。また、当時は火事となれば、まずは逃げるしかない。着の身着のままと言っても逃げる時には履物を履く。故に、履き物には金をかけていたが、足袋まではと言うのが現状である。


白田屋「これはお持ち帰りになられますか、それとも、御仕立物とご一緒にお届け

   致しますか」


 と、なんと、これまたかゆいところに手が届くシステムとなっている。また、それだけではない。白田屋に足袋を買いに来た客には「お仕立券」と書いた紙を渡す。隣の本田屋で着物を買えば、仕立て代がサービスになると言うものだった。その仕立券を受け取った客がすべて着物を買う訳でなくとも、店には足を運ぶ。

 本田屋とすれば、店に来てくれるだけでもいい。如何に、高価な絹物しか扱わない店とは言え、そこそこ客がいてくれた方が繁盛しているように見え、混雑してくれば、上客は奥に通せばいいのである。


拮平 「ありがとうね、小太郎ちゃん。お陰で助かったよ」


 当時の葬儀の香典は現金より、ほとんどが米などの現物だった。葬儀の出費に加え、縁切り代と思って、お芳に二十五両くれてやったが、これは正直痛かった。それが、月末には本田屋から足袋の代金が入ったのである。

 現金ほど、有り難いものはない!


小太郎「いいえ、こちらも仕立券持参の客も結構来ましたから。私としても願った

   り叶ったりですよ」


 店を開けていれば客がやって来る老舗ではあるが、婿として何かやって見たかった。そんな時に拮平が帰って来た。そこで、思い付いたことだが、小太郎も無難な滑り出しが出来た。


小太郎「これからもお隣同士、仲良くやりましょう」

拮平 「ありがとう、本当にありがとう」


 小太郎と別れて、裏口へ回った拮平だったが、前方からふみが歩いてきた。側には一人の娘がいた。


拮平 「これは、奥方様」

ふみ 「まあ、白田屋ではないですか」      

拮平 「この度は色々とありがとうございました」

ふみ 「少しは落ち着かれましたか」

拮平 「はい、本田屋さんには色々ご尽力頂き、ありがたい限りでございます。あ

   の、こちらは?」

ふみ 「ああ、久の後任の娘です」

拮平 「左様でございましたか。白田屋の拮平と申します」

弥生 「弥生と申します」

----弥生…。


























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