後編(完)

榎本を引っ張ってやってきた先は、大学近くにあるカラオケ店。


最初ファミレスに入ろうかと思ったけど、個室もないし話も周りに筒抜けになりそうだから

取り敢えず個室があって声もそんなにもれなそうかなと思って。

…まぁ別れ話するには不向きかもしれないけど、榎本は何も言わずにオレに引っ張られるがままついてきた。


案内された部屋に入ると、2人にしては広い部屋で、画面に対してコの字にソファーが置かれていた。

一番奥にオレが座ると、榎本は入り口付近に座ったため、テーブルを挟んで向かい合う形になった。

するとなぜか榎本がす…っと右手を出して、メガネをテーブルの真ん中に置くもんだから、なんか2人でお互いの顔は見ずに無言でメガネを見つめるというシュールな光景になった。




「……」

「……」

「…なんで急に付き合うのやめようとかそういう話になったんだ?何で急にコンタクトにしようとかそんなことになるんだ?オレ、何かしたか?」

先に口を開いたのは、榎本だった。


「…別に何もしてないよ。榎本は悪くない。…でも榎本にとったら急かもしれないけど、オレはずっと前から悩んでたんだ。オレは榎本に好かれてるのかなって。榎本はオレよりこのメガネのが絶対好きだよなって」

「そんなことない…!オレちゃんと、小鳥遊のこと好きだ!」

視界の端で榎本がガバっと顔を上げたのが見えて、目線だけを榎本の方へ向ける。


「…昨日オレの好きなところ聞いたろ?榎本は悪気はないんだろうけど、榎本の返事、メガネのことだけだったよ」

「……そう…だっけ…?ごめん…」

榎本はまた顔を俯いて、真ん中にあるメガネを見つめる。

暗い雰囲気に似合わず、BGMに流行りの女性アイドルの曲が元気いっぱいに流れていた。



「榎本はさ、オレのこと好きって言ってくれてたけど…でもやっぱり、オレから見たらオレじゃなくてこのメガネのことが好きだと思うんだ。だからオレの気持ちはずっとなんか報われてない感じがして…だから」

「そんなことない、ちゃんと小鳥遊のことが好きだよ」

「…じゃあさ、オレが視力良くてメガネかけないヤツだったとしても付き合ってくれた?」

「それは……」

榎本はメガネからもっと視線を落として、俯いて黙り込んでしまった。



「…そういうことだろ。榎本はきっと、オレがメガネしてなかったら好きだなんて思わなかった。オレじゃないヤツがこのメガネかけてたとしても、多分好きって思ったんじゃないか」

「それはないっ!」

今度は顔を上げ、しっかりをオレを見据えて言った。



「オレもともとメガネが好きだったけど…でも、メガネ曇って可愛いとか、メガネかけてる人の色んな表情見たいとか、そう思ったのは小鳥遊が初めてなんだ」


「は…?」

オレが初めてだと、多分褒められてるのに、なんか会話の内容が不思議で喜んでいいのかよくわからない。


「小鳥遊がさ…かけてるメガネはスゲー好みだっし、小鳥遊にめっちゃ似合ってたから、本当は入学当初から小鳥遊のことは気にはなってたんだ」


(そうだったのか…)

入学当初から目をつけられてたなんて新事実。

その事実にやっぱりメガネだけで選んでんじゃないかと思ってしまう。


「でもだからって最初から好きだったわけじゃない。つるんでるグループもタイプも違うし、話すこともほとんどなかったから、いいなって思うくらいで…でも、小鳥遊がさ。雨ん時傘忘れて一緒に帰ったことあったじゃん?」

「あぁ…うん」

「傘に入ってくか聞いたら、急に顔が絶望から希望?みたいにぱっと変わってさ。それだけでも可愛かったんだけど…なんかオレらそんなに仲良くなかったからか、一生懸命小鳥遊が会話続けようとしてくれててさ。そん時マフラーしてたからか話そうとすればするほど小鳥遊のメガネ曇ってて…なんかすげー可愛くてさ。それからだよ。メガネかけてる小鳥遊の色んな表情見たいなと思い始めて、そんで好きになってった」


知らなかった新事実がどんどん出てきて、頭がいっぱいで言葉がでない。

榎本はちゃんとオレのことを好き、なのか…?


「…確かにメガネかけてない小鳥遊よりはかけてる小鳥遊の方がいいけど…でも、小鳥遊とメガネは別物だ。メガネかけてない小鳥遊は好きなまんまだけど、家に置いてかれたメガネ見ても、そこまで愛着わかなかった。…ていうかなんか怖かった。小鳥遊がかけてたらあんなに表情を変えてたメガネが、こんな無機質になるのかって…」

メガネはもともと無機質だ、と思ったが、真顔で語る榎本を見ると何も言えなくなった。


「…オレ、ちゃんと小鳥遊のこと好きだよ。小鳥遊がメガネかけたくないんだったら、かけなく…ても……いい。…だから別れないで欲しい」


(なんで肝心なところでしどろもどろになるんだよ…)

それだけ榎本はやっぱりメガネのことが好きなんだろう。

…それでもそんなに好きな眼鏡をかけなくてもいいと言ってくれるくらいに、オレは愛されているのだろうか。


2人の真ん中に鎮座したままだったメガネを手に取り、榎本の顔を見据える。


「…本当にいいのか?これを捨てて、一生メガネかけないかもしれないけど…それでもいいか?」


榎本のまつ毛が揺れる。

一瞬迷ったように見えたが、それでも今度ははっきりとした口調で答えた。


「…いい。大丈夫。メガネなくても小鳥遊がいれば大丈夫」


その言葉を聞いて、メガネを持った右手を動かすと、榎本の視線が綺麗にメガネを追った。


「……そう言ってもらえるなら、もういいや。榎本がオレを好きでいてくれるんならそれでいい。オレだって榎本が好きだから、榎本に好かれるんならメガネをかけてもっと好かれたいし」

そう言ってメガネをかけると、コンタクトの上からだと度がキツすぎて世界が眩む。

あまりのキツさに思わず目をつむっていると、榎本がオレの方に寄ってきたらしく突然ギュッと抱きしめられた。


「…メガネかけてなくても大好きだけど、メガネかけてる小鳥遊はもっと好きだ」

オレはその言葉を聞いて、ゆっくりと抱きしめ返した。

「うん、分かった…………とりあえず、コンタクト外させてくれ」





そしてそれからというもの。

榎本はやっぱりオレのメガネを見てうっとりしたり、曇ってたら拭かせてくれと言ってきたり、時々メガネの方にキスしてきたりするけど、オレがメガネを外しても怒ることはなくなった。

そのくせ悲しい顔してるのに何も言ってこない榎本が愛らしくて、ラーメンも風呂も寝る時も…結局榎本といる時はほとんどメガネを外すことはなかった。

…時々悲しむ顔も見たくてわざと外してみたりするけども。


きっと榎本がメガネをかけてる俺を好きなように、

オレもメガネが好きな榎本を、好きになってしまったのだろう。




終   2015.3.15


(メガネが好きな君をまるごと、愛してる)

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