中編

1年程過ごした家を出て、とりあえずその晩は漫喫で過ごした。


そして朝起きてまず向かったのは、大学ではなくて眼科だ。

メガネの予備なんてないし、裸眼じゃ全然見えないから、オレは人生初のコンタクトレンズに挑戦した。

新しいメガネを作ろうか考えたけど、まだメガネをかける気にはなれなくて。

…どうせ夜とかはコンタクト外さなきゃだからメガネが必要になるんだろうけど、もし作ることになっても、今度は榎本の好みじゃない銀フレームとかにしておこうと思っている。



全く初めてでコンタクトを入れるのに苦戦しつつも何とか合わせ終えて、会計を済ませて外へ出る。

視界がやけに広がったような気もするが、もうメガネはかけてないのに癖でメガネを上げようとしてしまったり、

ショーウィンドウに映る自分の姿に違和感を感じてしまっている自分がいる。

物心ついた頃からずっとメガネをかけてたから…メガネに愛着はなかったが、メガネがないことに物足りないというか、なんかソワソワする感じだ。


(だけど早くコンタクトに慣れなきゃな…)

メガネを作ってしまえば、きっとかけるたびに榎本のことを思い出してしまうだろうから。




大学へ着くと友人に「お?コンタクトにしたの?遅い大学デビューだなー」とからかわれたが、顔なんてだんだん見慣れるものだ。

皆最初に一言触れるくらいで、後は何も言ってこない。

「恋人がメガネフェチかも…」と相談していた仲川だけは微妙な顔をしていたが、オレが何も言わないからか、皆の前で恋人のことを聞いてきたりはしなかった。


講義を終えて、ふとため息とをついた時にやっぱり、メガネを持ち上げようとして右手を挙げてしまった。

講義の最中も何度もやってしまったし…長年身についた習慣は、そう簡単には抜けないようだ。

メガネを思い出すと、自然に思い出してしまうのは榎本のこと。


(榎本は今、何してんのかな…)

榎本も大学へ行ってる最中だろうか。

分かりやすい場所に置いたからあの手紙もメガネも、もう見ただろうか。

そう思って朝から見てなかった携帯を取り出すと、


「……え?」


今まで見たことのないような量のメッセージや着信履歴が入っていた。

その中には大学の友人からのものも少しは含まれていたが、ほとんどが榎本からのものだった。


「 何だよこの紙?どういううもりだ? 」

「 メガネなしにお前はどうやって生きていくつもりなんだ 」

「 ちゃんと会って話がしたい 」

「 今お前の大学。入り口付近で探してるから出てきて。 」


2コ目のメッセージは正直意味わからなかったが、榎本はオレと会って話がしたいようだ。

…確かに1年付き合ったのに、別れがあの紙切れ1枚なのは申し訳なかったかもしれない。

メッセージのそのほとんどが榎本が起きたくらいの時間のものだったけど、大学で探してるというのは30分くらい前の内容だった。


(…まだいるかな?)

とりあえず返信はせずに、大学の正門へと向かう。

いつもよりちょっと速めくらいの速度で歩いてたら友人に出くわして、

「小鳥遊、お前のこと探してるヤツいたぞ。正門のとこ。見たことないヤツだったけどイケメンだった」と言われる。

(探してるって…オレの名前出して探してんのかよ、榎本…)

榎本に呆れつつもそこからは走って正門へ向かった。




「榎本…!」


正門で女子学生に声を掛けられていた榎本を発見し、少し遠くの位置から声を掛ける。

振り向いた榎本は、いつも寝る時に着てるおしゃれジャージを着て、髪の毛はセットされておらずボサボサだった。

イケメンだからそんな格好でも様にはなってるが、いつものキッチリした榎本の私服からは想像できない姿だった。

そしてその右手にはしっかりとメガネだけが握られていた。


「ごめん、探してた人きたから」と女子に断りを入れてオレの方に向かってきた榎本は、オレの顔をまじまじと見て開口一番、

「…どうしたんだ、小鳥遊…なんでメガネしてないんだ…」と呟いた。


(いや、どうしたんだはオレのセリフだし…)と思いつつ、

「…メガネは榎本のところに置いてったから、予備とか持ってないし。今はコンタクトしてる」

そう答えると、榎本は「何で…っ」と言って今にも泣き出しそうになった。


そんなことで泣きそうになる榎本が理解できないが、

さっき榎本に声を掛けていた女子は遠目からずっとこっちを見ているし、榎本がイケメンなせいかいつも以上に周りの視線を感じる。

というかそもそもこんな大学の敷地内で痴話げんかなんてたまったもんじゃない。


「…榎本、とりあえず場所変えよう」

そう言って、榎本の腕を掴んで大学の外へと出た。

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