四

 ひゃあ。

 ひゃあ。

 ひゃあ。


 ちょっと。

 いくらなんでもこれは。


 あのね。

 ここまでくれば、どんなにわたしが愚鈍だといっても、先の展開というものがある程度見えてくる。

 だから、次の日目が覚めたとき隣に死体が転がっていたとしても、さして驚かなかった。


 でも、くっさぁー、これは別よ! これは!

 なんで朝一番に見るものが、よりにもよってレゲエのおじさんのドアップなわけ?


 なんといってもこの匂い。

 この強烈に自己主張してくださる素晴らしき臭気。

 思わずベッドから飛び起きて、左手で鼻を摘み、右手で目の前の空間をハタハタと扇ぎつつ、たたたたたっと窓のところまで駆けていってしまったわ。

 急いでカーテンを開け窓を開け、外の景色を仰ぎ見ればまだ夜明け前、いつもは昼前後まで寝ているから、ずっごく早起きした勘定になる。


 ……ぜいぜい。

 息切らしつつ振り返り見れば、やっぱりまだ居る。夢じゃない!

 ベッドの真ん中に、汚れと悪臭の塊が海岸に打ちあげられたクジラのごとく、ドデン、といった感じでしっかり実在していたりする。

 ……うわぁ。

 このとんでもない事実を目前にして、頭がクラクラっと来たわたしは、その場に倒れてまた眠りこけようとしたけど、開け放した窓から入ってくる早朝の空気の冷たさがそれを許さなかった。


 それというか、彼というか、そのレゲエのおじさんは、とにかく巨大だ。

 特にお腹が凄い。

 体の他の部分は骨と皮という形容がピッタリでとにかく痩せ細っているんだけど、お腹だけがなぜか丸まると巨大で、これほど汚れていなければ七福神の、あー、なんていったっけ。

 そうそう。

 布袋さん、といっても通る感じ。

 ただ単に汚れているんならまだしも、この臭いはたまんないなあ。


 その日のそのあとの行動については、多くを語るまい。

 語りたくはない。

 たとえば、彼の体に熱いシャワーをかけたとき、熱によって活性化しいきなり鼻の奥にゴツンと来た悪臭だとか、浴びせかけた熱湯がすぐさまドス黒くなってダボダボ音をたてて排水口へと流れていく様子とか……。

 うう。

 思い出したくない思い出したくない!


 そのあと、わたしは彼を満足いくまで洗うことで、一日のほとんど大半を過ごした。

 納得いくまで汚れを落としてみると、彼は思いの外若く、ひょっとしたらまだ三十歳前かも知れないって感じで、皮肉なことに、今までの死体の中で一番安らかな死に顔をしていた。

 病名など、わたしには見当もつかない。

 が、この病状を見る限り、決して苦痛のない最期とはいえなかったはずだ。

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