三
だけどさあ。
現実逃避してぼーっとテレビでも眺めたくなるわよ。本当に。
それこそ平日の午前中のテレビなんて、ほーんと退屈きわまるもんで、その日もどこぞのタレント夫婦が離婚しそうだ、とか、どっかの嫁が姑を刺し殺すまで、とか、どこか聞いたこともない国の大統領の訪日がお国の政変のために延期になった、とか、例によって例のごとく、どこの局でも足並み揃えたようにどーでもいいことをさも真剣に論じていたり報じていたりする。
でもね。
そのくっだらないテレビ番組を観てぼーっとする方が、ずっと、ずぅーっと、気が楽なわけ。
わたしが座っているベッドに寝そべっている、ふたつ目の死体を直視するよりは。
そう。
こともあろうに、今朝目がさめると、ふたつ目の死体がさも当然といった感じで寝そべっていたのだ。
なんてこと。
もしこもこの世に神様なんてものがいるのなら、思わず中指立てちゃうわ。
な、ん、で。
わたしだけがこんな目にあわなけりゃならないわけ。
あんまりだわ、わーん。
……などと泣いたところで、ふたつの死体がどっかに消えてくれるわけではない。
嫌々に、ではあるがわたしは現実をシゲシゲと検分することにした。
今度は下着姿のむさいおっさんなんかではなく、ちゃんと服を着たいろぺーねーちゃん、もとい、妙齢の綺麗なご婦人である。
化粧の濃さと服装から、十中八九、お水の方だろうと思われる。
チャームポイントは、首に巻きついたストッキング。
これはおそらく殺される直前まで、自分が履いていたものでしょう。
だってこのおねーさん、素足なんだもん。
歯を食いしばって剥き出しになったお口のあたりから、かなり強いお酒の匂い。
……なんといおうか、殺されたときの状況というのが、けっこう安易に想像できてしまったよ。
わたしは。
でもさ。
な、ん、で。
その死体がこんなところにまでこっそりやって来ちゃったりするわけ?
どうせ殺されるのなら、わたしが知らないところで殺されて、そこでそのままじっとして欲しいものである。
少なくとも目がさめたらわたしの横で寝そべっているだなんてお茶目な振る舞いは今後慎むように!
なーんて、死んだ人に説教をしてもはじまらない。
とりあえず、合掌。
これからかなり失礼なことするけど、化けて出てこないでね。
これはどーしても必要だからやるんであって、決してあなたを辱めようとする意図はないかんね。
あなたも女ならわかるでしょ。
などと思いつつ、わたしは物いわぬ彼女の体から、パンティとブラジャーを剥ぎとった。
じゃじゃーん!
こうしてわたしは、かねてからの懸念であった、替えの下着を手に入れた。
さっそくバスルームに洗いにいく。
バスタブの中で寝息もたてずに安らかにお休みになっている例のおじさん──念のためにいっておくが、昨日あれからずるずるとここに引きずって丁寧に洗って、ここに安置したのである。主として美観のため、相変わらず下着のままだった──を横目に、口笛なんか吹きながらじゃぶじゃぶ洗っちゃう。
正直いって、かなり嬉しかったのだ。
一時は、
「背に腹は変えられない。
いざとなったらおっさんのシマパンをお借りせねばなるまい」
などとかなり物憂げに考えていたりしたものだから、いやー、よかったよかった。
バスルームのビニールカーテンのレールの上に、洗い終わった下着を乗っけて、いよいよおねーさんの検分である。
一見して、
「かなり苦しんだな、こりゃ」
と思った。
くわっ見開かれたおめめと、食いしばった口がそれを物語っている。
それと、首に自分でつけた爪痕とか。
髪の毛なんてもう、乱れ放題でね。
肉づきがよく、グラマーというか豊満なタイプ。
出るべきところは出ていて、セックスアピールというのかな、ある種の男性の方々が、というかごく一般的な男性の方々がこの手の女性を好むこのは、わたしも知ってはいる。
だから、さ。
わたしとしてはある種の偏見を持っていたわけ。彼女に対して。
どういう事情でこのような姿になったのかは知らないけど、半分かそれ以上は、彼女自身の日頃の生活態度や交友関係、ようするにその、自堕落な生活のせいなんだろうな、って。
ひとり合点をしていたんだけど。
涙とよだれでぐしゃぐしゃになった顔の化粧を清めてあげて、髪の毛なども整えてあげるうちに、そうした意見は百八十度、とはいかないまでも、九十度くらいは修正してあげたい気になった。
彼女の素顔は、あまりにも幼かったのだ。
わたし自身よりは確実に年下。
つまり十代で、それもミドルティーンか、ひょっとしたらローティーンということだってありえる。
そう思うほどに、彼女の顔はあどけなかった。
体つきの豊かさとは対照的に。
彼女がこのような姿になるまで、どのようないきさつがあったのだろう。
彼女はいったいどこから来たのか。
そして。
わたしはその日の残りの時間を、つけっぱなしのテレビを眺めつつ、そんなことを考えて過ごした。
そして、わたし自身は、どこから来てどこに行くのか。
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