黒狐(black fox)

kazuyax

第1話 

じりりりりりりーん

机の上に置いてある昔ながらの目覚まし時計が鳴った。

僕は、体に大きなけだるさを感じつつ、時計をのろのろとした動作で止めた。

今、何時だ・・・。

時計を見る。

6時半・・・。

僕は、ゆっくり、ベッドから起き上がり、眠たい目をこすりながら、一つ大きなあくびをした。

そして、カーテンを開ける。

日差しが思ったより強く、一瞬目の前が真っ白になる。

だが、すぐに目が慣れ、外の景色がはっきり見えた。

今日は、快晴だな・・・。

旅行日和じゃないか。

僕は、ゆっくりと脳が目覚めていく中で、彼女の事をふと考えて見た。

彼女、名前は恵と言う。

出会ったのは、約1年前である。

その頃、僕は勤務先の火災事故で、とある病院に入院をした。

僕はその事故で頭を強く打ってしまい、大学時代からの記憶を一切失ってしまっていた。

それは今でも、戻っていない。

医者に聞くと、どうやら記憶障害以外は特に問題がないらしい。


今は、もう職場に復帰しており、週に一度、病院に通院する程度である。

彼女は僕の担当をしてくれている看護婦で、僕の面倒をよく見てくれた。

また、良く僕ともしゃべってくれ、良く笑ってくれた。


ただ、ふと悲しそうな表情を見せる事もあり、それがたまらなく僕には魅力的に見えた。

時が立つにつれ僕は、彼女の事を意識し始めるようになり

僕は、たびたび彼女に告白めいた事もしたが、ことごとく退けられた。

それが・・・

つい1週間前

急に、恵の方から、旅行に行こうと言い出したのだ。


飛び切りの笑顔で恵にそう言われた僕は、彼女の言葉が言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで

ハイ

と答えていた。

断る理由なんて地球をひっくり返しても見当たらないと僕は思った。


そうして、僕は、心躍る気持ちでこの1週間を過ごした。

旅行は、一泊2日で山荘みたいな所に泊まるらしい。


そして、今日ついに旅行の日が来た。

そのとき、ふいに携帯が鳴った。

恵からだ。

「ハイ」

「もしもーし!コータ、起きてんの?」

「ああ、おきてるよ」

「そう良かった。もう後10分ぐらいでそっちに着くよ!!」

「そっか、分かった。んじゃ出れるようにしとくよ」

「うん。お願いねー!出なかったらあんたんとこのチャイム、あんたが出るまで押しつづけるからねーー!」

「げっ!それは、やめて!すぐ出るから。」

恵は、きゃははと笑いながら電話を切った。


なんてかわいいやつなんだ・・・


ってそんな事思ってるひまはない。

僕は、ダッシュで、洗面所に駆け込み、顔を洗い、身支度を開始した。

そのとき、ピンポーンとチャイムが一回鳴った。


はえーーよ!


10分って言ったじゃねーーか!!


そして、2回目が鳴るピンポーン


待ってくれ!後は、髪型をセットするだけだから

僕は、鏡の前に向かいながらそう思った。


そして、3回目が鳴る。

ピンポーン。


続けて、4回目・・・

5回目・・・


うん?音が聞こえない・・・


ま・・・いっか・・・

ちょっとぐらい待たしても

いつも、恵と遊ぶ時は僕が待たされるんだから・・・

僕は、鏡の自分の髪をかき上げながら、顔を右、左と向けて見た。

後、ちょっと口をすぼめてみたり・・・


よし・・・完璧だ・・・。


「てか、早く出て来いよ。」

ふいに後ろで声がした。

びくっと背筋に緊張が走った。


嘘だろ・・・。

何で後ろに・・・。


僕は、おそるおそる後ろを振り返った。

と僕は、見た瞬間に椅子からずり落ちそうになった。


恵!!


そう恵が、後ろに腕組みをして立っていたのだ。

「何してんのよ」

僕は、自分の一番恥ずかしい部分が見られたような気がして

なんとかごまかそうとした。

「え・・・いや、その・・かっかぎは??」

「空いてたわよ。あんた昨日、鍵しめ忘れたんじゃない?」


うーん・・・どうだったっけ・・・。

そうかもしれないし・・・そうでもないかもしれない・・・。


「もう不用心なんだから」

そういいながら恵は部屋を見渡した。

「で・・私は待つの嫌いなんだから、早く行くわよ」

っておい!いつも遊ぶ時、待たせてんのはどっちだよ・・・

とは、言えず僕は


「ハイ」


と答えた。

かぎの事は置いといて、荷物を外へ運び、車へと積んだ。


車は、ピンクの軽の自動車で、いかにも女の子が乗っているというのに

ふさわしい車である。


僕は、車に荷物を載せた後、鍵を閉めにボロアパートに戻った。

そして鍵をかける。


カチッ

??


うん?

今鍵をかけるとき、一瞬なんか引っかからなかったか?

僕は取っ手を握って、引いてみた。

鍵は、締まっている。

うーん、気のせいか・・・?

ま、鍵が閉まったんだから良いか。

どうせ、おんぼろアパートだし、鍵穴にもガタが来てんだろ。

そう思いながら、僕は彼女の待つ、車へ急いだ・・・。

「よーし準備おっけー!!」

そう言いながら、僕は、運転席に乗った。

「んじゃ行くぜ」

僕は彼女の顔を見た。一瞬彼女は暗い顔をしたかと思うと

満面の笑みで僕に、うなずいた。


なんだ・・・。

少し、奇妙に思いながらも、車を走らせた・・・。


この後、僕は、非常に大きな事件に巻き込まれていく事になる・・・。

今はまだそんな事を知る由もなかった・・・。

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