第10話新たな目標

あれから5日が過ぎた、突然現れたアリスと名乗る少女が実の妹であり、実の妹だったアリスが実はアリスではなく、ティラだったことに黒の砦内の人々は少なからず動揺をした。それも5日の内に、大分平穏になりつつあった。

 しかし、部下達の中でアリスを密かにファンにしていた人には、いまだ動揺が収まらない。

 その筆頭である2人が、城壁で肩を並べて落ち込んでいた。


 その2人の名前はグレンとシークだった。

 当初はアリスもといティラの叱咤には恐怖したものだ。叱咤の後ろにはスレインという恐怖があったのだから。しかし、次第に2人はその叱咤を励みにやる気をだすようになっていった。原動力となっていた。

 それは黒の砦の仕事にも大きく反映されている。

 だが・・・・ここ5日2人に叱咤は1度も飛んでこなかった。


「はぁ・・・・」


 グレンが大きくため息をつく。


「ふぅ・・・」


 またグレンに合わせるかのようにシークもため息をつく。


「なんかよう・・・・元気がでねえんだわ」


 シークはそれに同意するかのように頷く。


「私もです・・・・」


「嬢ちゃんのあれが、2日も聞けないなんてなかったものな」


「はい・・・・」


「まさか、あれが演技だったとはな。信じられなかったぜ」


「ええ・・・・」


 2人はそして大きなため息をつく。


「はぁ・・・・」


「ふぅ・・・」


 そんな時に後ろから声を掛ける人がいた。


「男2人してなにやってるの?」


 2人はやる気のない顔で声をかけてきた人物を見る。

 声を掛けてきたのはアリスだった。


「いや、嬢ちゃんの怒鳴り声が聞こえねえとな、なんかやる気でねえんだわ」


「そうなんです、なんでしょうかね。ここに来てこんなにやる気ないのは初めてですよ」


 アリスはふぅんと2人を見て。


「確かにやる気なさそうだね」


「はい・・・」


 アリスは少し思考する。

 そして思いついたかのように、眉を顰め、腰に手を当て。


「こらぁ!何さぼってるの?さぼってると兄様にいいつけますよ!」


 2人はビクッと体を硬直させ、慌てたように走り出す。

 2人の走り出す後ろ姿をみながら、アリスは微笑む。


「顔は同じだったから効果覿面だ」




 アリスは、黒の砦に滞在して5日に程になる。

 その間に色々なところを周り、しっかり砦内で認知される。

 しかしながら、立場的にどういったものなのか、どう扱えばいいのか部下達は扱いに困るのも動揺の一つかもしれない。


 ティラも、5日内で正体が周知の事実となった。

 今まで威張り散らしていたのが、急に大人しくなり容姿まで変わるとなると、これまた扱いにこまるのも同じであろう。

 護衛をしていたレナもそれは同じことだろう。今でもアリスもといティラの護衛を任されている身ではあるが、姿も代わり偉そうにしないティラはレナにとって、別人を護衛している錯覚に陥るのだ。


 ティラ、アリス、レナの3人は3階を寝床にしている。

 そして基本大体一緒にいるのだ。その理由はスレインのいる場所に集まるからだ。

 ティラはいつもどおり、スレインの傍に基本はいる、護衛のレナも同じく、アリスは会えなかった溝を埋めようと、スレインと接触することが多いからだ。

 それゆえにか3人は仲がいい、いつも一緒にいるためか、共通のスレインという話題があるためのか、とにかく他人からみれば仲がいいだろう。


 アリスはスレインの部屋を訪れる。


「あれ、今日は兄さんいないんだ?」


 周囲を見渡す、そこにいるのはティラとレナの2人だった。


「うん、兄様は転送の仕事で今は席外してる」


「スレイン様はここ数日溜めた仕事がありますから、仕方ありません」


 2人の返答に、そかぁと相槌を打ち、空いた席に座る。

 3人は誰も口を開けず、静かな時間が流れる。

 そんな静寂をアリスは破る。


「兄さんって、笑わないよね」


 ティラは少し動揺する。

 それを見てとって言葉を紡ぐ。


「私だけ笑顔みせないのかもしれないのだけど」


 ティラはそれに首を振る。


「兄様は、私にも見せたことないよ。練習で1度だけ笑顔ぽいのは見れたけど」


 アリスはそれに驚く。


「えっ!ティラにも?レナにも?」


「はい、私もみたことございませんね」


 ティラは小さな声で。


「兄様は、人と触れ合わない時間が長すぎたんだ。だから、兄様は言ってた笑い方がわからないって」


 そかぁとアリスは頷く。


「兄様と一緒に笑う練習したんだけど、なかなか難しいらしくて、1度成功したんだけど、口角を吊り上げて笑う様は、多分兄様の力を知ってる人は恐怖を感じるとおもうから、私がそれはやめさせた」


 アリスはティラを興味深々に見る。


「それは見たかったな」


「私も見たかったですね」


「今度兄様にやってもらおう、すごくぎこちなくて面白いよ」


「それはいいや、見ものだな」


 3人は笑う、スレインの笑顔を想像して。



 その夜、円卓の机で作戦会議が行われた。

 メンバーはいつもの主要メンバーとアリスがいる形だ。

 司会はシークが主導ですすめる。


「今日の議題の前に、ティラさんが最強を目指す指針を発案したわけですが、これをそのまま進めるかどうか、まずは決めないといけないでしょう」


 ティラはそれを聞いて指をもじもじと交差させる、恐らくは恥ずかしいのだろう。

 スレインは席を立つ、周囲を見渡し声を発する。


「最強を目指すのはそのままで行く。道は変えない、最初から最後までだ」


 自分の意見を言わないスレインが堂々と言う様は、ティラを除いて驚愕させる

ティラとスレインはすでに話あっていたのだろう。

 大体の事情をすでに確認している、アリスはそれに手を挙げる。


「どうぞ」


「8武神の一人、5番目の剣聖レオンは私の師匠なのだ。除外してもらえないだろうか?」


 それに一同沈黙する。

 その沈黙を破ったのはスレインだった。


「だめだ、当初の目的は変えない。」


 ぴしゃりと拒絶の言葉を言う。

 なおも食い下がろうとするアリスを目で制止。

 スレインはなおも真剣な顔つきで言葉を言う。


「アリス、君は黒の砦のメンバーではないだろう。君の意見は聞き入れられない。これから先は危険だ家族がいる君がここにいる理由はない、家に帰るんだ」


 スレインははっきりとした口調でそう告げる。

 アリスの顔は拒絶された、悲しみとも絶望とも言える表情が伺えた。

 なおもスレインは言う。


「皆に聞いてもらいたい、ここから先は今までのようにいかないだろう。恐らくは死ぬものもでるだろう。だから、ここから先は着いてくる人だけでいい、約束など守らなくてもいい、僕はティラと2人でもやるつもりだ」


 静寂が訪れる。

 スレインがここまで意思表示をしたことがない驚きと、選択肢を与えられたことに静寂が訪れる。

 スレインは小さな声で。


「ティラ後を頼む」


 と告げて、ティラは頷く。


 スレインは席を立ち、その部屋を後にする。

 部屋はいまだ沈黙を保ったままだ。


 ティラが迷いながら口を開く。


「あのね、兄様が言いたいのは、私や兄様のわがままにこれ以上付き合わなくてもいいよって言いたかっただけだと思うの、兄様は弱い人だから最後までこの場にいれなかったけど、別に抜けても見捨てたなんて思わないで欲しいって思ってる」


 ティラの言葉が部屋に響き渡る。

 そこにふっと笑い声が聞こえ。


「わがままだあ、こっちは散々わがままに付き合ってんだ、このまま終わったら面白くねえ、最後までボスに俺は付き合うぜ」


 それに同調するかのようにシークも笑う。


「そうですね、このままじゃ私もまだ楽しみ足りないですね、スレインさんならもっと面白くしてくれるでしょう。それまでは付き合いますよ」


 ティラはそれに驚く。


「何か勘違いしてるけどよ、俺は別にいやいや、やってるわけじゃねえぜ、結構この生活も楽しんでるんだぜ」


 シークも頷く。

 ティラは微笑む。


「皆ありがとう」


「部下の奴らには俺から言っておくぜ、部下の判断にまかせら」


 うん、とティラは頷く。

 所在なげなアリスに視線が集まる。


「アリス聞いて欲しい、兄様は嫌いだから言ってるわけじゃない。実の妹だから安全なところにいてほしいそう思ってる。だから兄様を嫌わないでね」


 アリスはティラを見る。


「兄様は嬉しかったと思う、顔にはださなかったけど、私にはわかる。だから・・・・」


 アリスは苦渋な顔を浮かべる。


「わ・・・私は・・・・」


「アリス、スレインのことは俺たちにまかせとけ」


「ええ、それにあの人は化物並に強いですから、負けることはありませんよ」


 アリスは深く目を閉じる。


 そして目を大きく見開いて口を開ける。


「わ・・・私は!師匠を下す!そして堂々と黒の砦の一人になる」


 その言葉にティラ、グレン、シークは驚愕する。


「アリス・・・・・しかし」


「アリスさん、相手は5番目の武神なのですよ」


「アリス、無茶だわ・・・」


 アリスの顔にはもう迷いがない。


「私は、兄に付いていく、やっと会えた兄とこんな別れ方は嫌だ、例え無茶でも私はやる!師匠は強い、勝てないだろう、だけどやると決めた。兄に認めてもらうために」


 その決死の覚悟に誰も口を挟むことはできなかった。

 夜が明け、部下達に進退を決める発表がなされた。

 残ったのは約8割の総勢300名あまりの人数が残ることになった。




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