(4)翔子(しょうこ)
子供が出来たことを嬉しそうに話す翔子、翔子を信じれば武史の精子は問題ないことであり、裕美の言葉を信じれば翔子の産む子は武史の子ではないことになる。武史は一抹の疑念を持ちながら、「出来る子は結婚している俺たちの子には変わりない。可愛がって育てればいいのだ」と思い込もうとした。
検査、武史は考えないでもなかった。でもそれをはっきりさせてどうなる。もし、裕美のいう通りだとしたら、翔子にわだかまりを残したまま結婚生活を送ることになるではないか。武史は翔子との結婚生活を大事にしようと考えたのだった。
翔子は命が宿った自分のお腹を撫ぜて見た。女として生まれて母になることは考えないでもなかった。でも実際に宿ってみて何だか不思議な感じがしていた。自分でないような、あるような・・でも、何と早い。思わず笑ってしまう。
変な患者だった。冗談しか言わない。それも私にだけ。最初は私に気があるのかと思った。その内話す内容が結構辛口で、私を馬鹿にしてるのかと腹が立ってきた。
「あのですね、安水さん。からかうのならあの婦長か、美人の次長にしてもらえません」
「浜田さん、あの人たちをからかうなんて滅相もない。彼女たちは直ぐに傷ついてしまう。その点・・」
「その点?」
「浜田さんは鉄の女」と、いった調子であった。
これが武史の手であった。いつしか翔子は武史の存在を意識するようになっていた。
ベッドにいないと何処に行ったのか?見舞い客があると気にもなる。
「安水さん、先ほどの女の方は奥様?」
「そう見えますかぁー。年上の姉です」
「お姉さんはみな年上ですよ」
「じゃー、浜田さんは僕より年上だ」
「どうして?」
「だって、僕に弟のように命令するから」
そして退院するとき、何時になく神妙な顔つきで、「浜田さんがいたから、寂しくなかった。寂しくなります」と云って、涙を二滴流した。あの涙二滴にやられたと翔子は思っている。
そして、今度は一滴で一発だった。翔子は当時付き合っていた男性がいた。ついの時もあったが、妊娠はしなかった。結婚に煮え切らない態度にイライラしていた時である。
武史はストレートだった。「見舞いに来たのは、年上の姉ではありません。年上の同棲相手でした。別れました。翔子さん僕と結婚して下さい。きっと僕たちは上手く行きますよ」
翔子も何となく上手く行きそうに思えた。まずは子作り上手くいった。
生まれて来た子は女の子だった。家事や家のことはしないと思っていたが、以外にも武史はかいがいしく子育てをやった。当然子供は武史になつく。翔子は「私より、あなたがオムツ替える方を喜んでいるみたい。この子、母親と父親を間違っているのやろか」と、武史の世話振りに目を細めた。
女の子が出来れば、次は男の子。子煩悩な武史は欲しがるだろうと思った。仕事は続けたかったが、二人まではいいと翔子は思った。しかし、武史は別段、次を欲しがる様子を見せなかった。それが翔子には不思議だった。避妊はしなかったが子供は出来ず、5年が過ぎた。「仕事を中断できないから、子作りは打ち止め」と言っても「仕方がない」と武史はあっさりしたものだった。
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