約束

 今日も、ママの作る御飯は美味しい。

「ごちそうさまぁ」

 私は食べ終わったお茶碗を流しに漬けて、2階の自分の部屋に戻った。

「まゆちゃん、今日も宮迫くんのところに行くの?」

 洗濯物を干し終わったばかりのママが訊ねる。

「うん、そのつもり。学校もやってないしね」

「気をつけてね」

 ママは軽く微笑んで────それからちょっと途惑った顔をして言った。

「......ねぇまゆちゃん」

「なぁに?」

 出かけるための洋服を選びながら私は答える。

「......宮迫くんのところ、ずっといてもいいのよ? ママにはパパがいるから」

 ママは私に確認するように言う。

 パパとママはその昔大恋愛の末結婚したそうで、そのせいかママは一人娘の私が17歳になったというのに未だにすごいロマンチストなんだ。

「────うん」

 返事に困って、ひとまず相槌を打つ。

 うん、この服に決めた。この間買ったばかりのワンピース。勿体無くてまだ袖を通してないけど、どうせなら可愛くしていこう。

 着替え始めた途端、玄関のベルが鳴った。

「はーい」

 パタパタと階段を降りてゆくママ。ドアを開ける音。聴こえる来客の声。

「あの、柊木いますか」

 ────え。

 まだ着替えてる途中だった私は慌てふためいた。急いで身なりを整える。

 何で? どうして宮迫君がうちに来てるの?

「あ、みんな柊木......さんなんですよね。え、えっとまゆさんいますか」

 ......宮迫君......自分の失言に気がついてパニックしてるな。

「ちょっとまってー! 今着替えてるからーーー!!」

 私は自分の部屋から大声で言った。

「......だそうよ。中に入って待つ?」

「あ、いえ、お構いなく」

 ああ。かちんこちんになってるな、宮迫君。

 鏡を見る。ワンピースおっけー。髪形おっけー。......時間があったらもうちょっと何とかしたいけど、待たせちゃ悪いもんね。

「お待たせー」

 階段を駆け下りて、玄関を覗き込む。わー、本当に宮迫君だ。

「じゃ、ママ、行ってくるね」

「いってらっしゃーい」

 ママは居間の入り口からにっこり微笑って、私と宮迫君に手を振った。


 うちから宮迫君の家までは10分くらいだ。

「でもびっくりしたー。宮迫君いきなりうちにくるんだもん」

 そう言うと、宮迫君は無愛想に答えた。

「それはこっちの台詞だよ。お前昨日いきなりうちに来るからさ......んでもって明日も来るっていうから、俺としては心配してだな」

 うわ。うわうわうわ。

「......で、何でお前俺から遠ざかる訳」

「いや、感動して」

 『阿呆』と呟きながらも苦笑している宮迫君。

「今日は何か観たいのある?」

「昨日、本棚に並んでたやつ。......えーと、何て言うタイトルだったっけ」

「沢山あっただろ」

 宮迫君は映画が好きで、沢山DVDとか持ってるのだ。

「うーん、うーん、何だっけなー。タイトル見たら分かるんだけど」

「お前呆けるには早すぎるぞ」

「うー、ひどいー」

 そう答えながら、笑う。

 宮迫君に告白したのは1週間前のことだ。前から同じ部活だったんだけど、今年になって同じクラスになって、仲良くなった。

 ハンサムとかそういうんじゃないんだけど、話すようになったらすごく楽しい人で。

 どーしよーか悩んだんだけど、バレンタインに思い切ってチョコレート渡してみて。それで付き合うことになったのだ。


 そのあと宮迫君の家でビデオ見て。あといろいろ漫画見せてもらったり、ゲーム一緒にやってみたり。

 時間が経つのはあっという間。

「そろそろ帰るかぁ?」

「うん、そーだねー」

 立ち上がって。宮迫君のお母さんに挨拶する。

「じゃ、俺柊木送ってくるわ」

 『気をつけてね』という宮迫君のお母さんの声を背に、外へ出た。


「明日も来る?」

 並んで歩く。朝と違って、響く2人の足音。

「うん、できれば行きたいー」

「じゃ、明日も同じ時間に行くな」

「別にいいのにー」

 そう答えると、宮迫君が軽く頭をはたく。

「あのなー。『あれ』に敵わないのはしょうがないとして、一人で帰らせてお前が誰かに襲われたら、お前の家族に申し訳ないだろ」

「んー、そーだねー」

 『ったく、のんきだなー』とか一人ごちる宮迫君。

「────あ」

 私は視線を感じて、斜め後ろを振り返った。

 また増えてる。『寝てる人』。

 私は鞄から軍手を取り出しながら『寝てる人』に近付く。

 宮迫君は『寝てる人』に近寄ってく私に気がついて、足を止めた。

「お前も酔狂な奴だよな」

「うーん、怖いし......毎日通るから......それに可哀想なんだもん」

 私は軍手をはめて『寝てる人』の目蓋を閉じると、再び宮迫君と並んで歩き始める。

「......きっと傷み始めたら、軍手でも触れなくなるだろうし」

 宮迫君は『まあな』と言って溜息を着いた。

 不意に立ち止まり、空を見上げる。

 私も立ち止まって、宮迫君の視線の先を追った。

「......また大きくなったね」

「だな」

「明日はもっと大きくなるんだね」

「......ああ」

 もう決まりきったことを、確認するように話す。

 再び言葉もなく歩き出す。

「......着いたぞ」

「うん。また明日ね」

「俺が来るまで、家出るなよ」

「分かった」

 門扉を開けて、中に入る。

「────じゃな、『まゆ』」

 そのまま家に入ろうとした私ははっと振り返る。

 恥ずかしさを隠すように走ってゆく宮迫君の背中。

「......またね、たすくくん」

 小さく答えて。空を見上げる。

 明日は、宮迫君の名前を呼んでみよう。

 1回くらい、キスもしてみたいな。

 その先は......せっかくだから、という気持ちもあるけれど、まあ成り行き任せで。


 空には黒。光の輪が縁取る、大きな大きな丸い闇。

 1週間後、地球は壊れることになっている。

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掌編集 あきら るりの @rurino

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