第2話 なんだかんだでその2

 ここは人知れずこっそり開かれている宿屋の酒場。真ん中のカウンター席で、今日も勇者は不満そうに空のグラスをはじく。

勇者:「おい、親父。もう一杯」

ママ:「相変わらず学習しないわね~、『親父』じゃなくて『ママ』! 何度言ったら分かるの!!」

 目の前に発せられる大きな怒声にびくっと肩を揺らしつつも、勇者はすぐ「だって親父じゃん」と口を尖らせた。

勇者:「――っつーかさぁ、その台詞は町の入り口で突っ立ってる人に言ってやってよ。『ようこそ、●●の町へ』って、馬鹿の一つ覚えみたいにおんなじことを何度も……分かってるっつーの! こっちはマップ見て来てんだからさ」

ママ:「……あらら、でもそれは大事だと思うわよ? だってひょっとしたら地図が間違っているかもしれないじゃない? それか貴方自身が間違ったかも……」

勇者:「なっ、俺がそんな間違いする訳ないじゃん! 第一、こっちは八回も話しかけてんだよ!? そんだけ話しかけてそれはないでしょ。せめて『あっ、お久しぶりです』くらいあってもいいとは思わない?」

ママ:「……あら、同じこと言われんのが分かってて八回も話しかけたの?」

勇者:「ち、違うよ! そろそろ違う話題が来てもいい頃じゃないかって思って、一縷の望みで話しかけてやってんの!!」

 相変わらず自分の非を認めようとしない勇者に、ママから大きな溜息が漏れる。

ママ:「『違う話題』ね……だったら貴方から違う話題を振ればいいだけじゃない?」

勇者:「えっ……?」

ママ:「『はなす』ったって、どうせ『あの……』ぐらいの切り出しでしょ」

勇者:「!」

ママ:「勇者がおんなじことしか言ってないのに、町の人が違う返事をしてくれる訳ないでしょ!!!!」

勇者:「……」

 そのとき勇者の目に、自分の立ち去った後で「勇者様って毎回同じことしか言わないよね」と話している町・村人の映像が浮かんだ。ひょっとしたら、二度目以降の自分は面倒臭そうにあしらわれていただけなのか――? 

勇者:「……あの……」

ママ:「ここは酒場よ。ゆっくりしていってね」

勇者:「……ねぇ……」

ママ:「ここは酒場よ。ゆっくりしていってね」

勇者:「……ちょっと……」

ママ:「ここは酒場よ。ゆっくりしていってね」

勇者:「……大変申し訳ございませんでした……」

 勇者は心に100のダメージを受けた。この傷は暫く癒えることがなかったという。

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