5 疑問と対応

「えっ、それはどういう」

 そう応じたのは浦辺美紀それとも栗原麻衣子か。

「わたしはあなたの妻ですよ」

 スラリと口から言葉が流れ出る。

すると、

「では、違和感はないというわけか」

 見知らぬ男が残念そうに口にする。

太い首を傾げつつ、

「ぼくだけのこと、自分だけのことだったか」

 と納得しないように続けている。

だから、

「ああ、そういうことでしたら……」

 とわたしが答える。

「違和感なら、あり捲くりですわ」

 目を見開いて、肩を竦め、

「それにあなたがご自分のことを、ぼく、だと仰るなんて……」

 すると男は顔を綻ばせ、

「なるほど似合わないな」

 とわたしを見つめる。

 吸い込まれそうに綺麗に澄んだ瞳で……。

 でも外国人ではないから色はない。

「青い目が好きなのか」

「あら、伝わったんですか」

「いや、システムは何も伝えないよ。きみの反応を見た、あてずっぽうだ」

「……ということは経験、いえ、状況体験がご豊富なのね。リアルでは、さぞおモテになるのでしょう。羨ましいわ」

「いや、きみの方こそ、そうじゃないか。……まあ、浦辺美紀の肢体も十分美しいがね」

 そこで一旦会話が滞る。

 しばらくしてから、

「どう思う」

 と吉正の方からわたしに問う。

 だから、

「ゲームの設定だと閃きました。あなたもそうかもしれませんけど、わたしはジャンルを選択しないんです。だから、どんなことだって起こり得る」

 と正直に話す。

「あなたの方は……」

「最初はシステムの欠陥かと思ったが、確かにきみの言う通りかもしれない」

 と落ち着いた声で夫役の男が言う。

「だが、そうだとしても疑問が残るな。つまり……」

「誰も得をしないというのでしょう」

「なるほど、きみは理想のパートナーだ。システムがぼくたち二人を結びつけたか。それならば嬉しいが……」

「さあて、どうでしょうか。ところで、あなたは以前にこういったご体験は……」

「いや、記憶にないな。MAZEが消したのなら知りようがないが……。これまで随分、危なっかしいゲームもしたが、この混乱はなかったよ。子供の頃に流行った初期の没入タイプは似たようなものだが、アレは最初から知って演じていた」

「ええ、確かに……。で、あなたはそこから先はどう考えて……」

「特に考えはないよ。だから愉しめばいい。いずれ時間が来れば、現実世界に呼び戻されるだけだ」

「快楽主義者なのね」

「きみは違うのか」

「もちろん違いませんよ。でも、それなら……」

「それなら……」

「設定を探りながら、ここで遊ぶのも面白いか、と」

「なるほど。だが、どうやって探る……」

「あなたにだって浦辺吉正の情報は流れ込んでいるのでしょう」

「元高校教師の私塾オーナーとか」

「そして、わたしは作家。まあ現実にも原稿依頼を受けることはありますけど。もちろんゲーム関連で……」

「……と言うことは、かなり名の知れた有名人とか」

「子供の頃は、多少は……」

「羨ましいな。ぼくはどんなゲームでも、その他大勢以上になったことはない。職業もただのビジネスマンだ」

「だけど一部上場企業の、でしょう。おそらく大学も最高学府を出ていらっしゃる」

「親がレールを敷いただけさ。まあ、その親だって自分の親にレールを敷かれたわけだが……」

「恵まれてらっしゃるのね」

「自分では、そう思えないがね。……傲慢に聞こえたら赦して欲しい。こう言う口の利き方しかできないんだ」

「あら、十分ですよ。わたしに言わせれば腰が低い方。世の中には傲慢な人たちが多過ぎるわ。無論わたしだって、そう。まあ傲慢と言うよりは、気が利かない、の方が正確かもしれませんが……。それで何人も怒らせてしまう」

「現時点で気づいているなら十分じゃないか。自覚がなければ責任の取りようもない」

「それはね。だけど、その方が幸せな場合もある」

「いずれナイフで刺されるまでだな」

「わたしの母はナイフでは刺さなかったけど、父はそんな人間だったらしいわよ。もちろん幸せなのは、自覚がない本人だけ……。周りの人たちは大迷惑」

「不思議だな。ぼくはその話を聞いた気がする。きみと何処かのゲームでご一緒したか」

「いえ、今のは浦辺美紀の発言です。ふっと口から出てくるなんて、気持ちが悪いと言うか、愉快と言うか」

「気の強い女だな」

「いえ、只の貞淑な妻ですよ。で、これからどうします」

「そうだな、美術館に向かうとするか」

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