4 二人の女

「今日は何処を見る」

 瑠璃が問う

「さあ、どうしようか」

 仄香が答える。

「だけど何で入れないんだろうね」

 瑠璃がぼやく。

「あたしにわかるわけないじゃない」

 仄香がイラつく。

「せっかく、ここまで来たのにさ」

 瑠璃が顔を上に向ける。

「その点はアンタに感謝してるよ」

 仄香が顔を俯ける。

「オマエ、病気なのか。珍しく弱気な発言だな」

 瑠璃がゆっくりと驚く。

「いや、友だちがいるのはいいなと思ってさ」

 仄香が早口で恥ずかしがる。

「昔は特に親しくなかったよね」

「あたしがガチガチに構えていたから」

「でもオマエ、割と笑ってたよ」

「それはアンタの前でだけだ」

「そんなことはないだろう」

「確かに誇張はあるけど、本当だよ」

「わっちが安全パイだったから」

「アンタは本当に勉強ができなかったよね」

「それが今では旅行会社の添乗員、って大したことないか」

「アンタの英語の発音を覚えているから、あたしはびっくりしたよ」

「発音は未だにカタカナだ」

「いいのよ、ジャングリッシュ(Japanese Englishのこと)で、通じているから凄いし、オーケイ」

「スペイン語もやっといて良かったな」

「アンタはどうして添乗員になったわけ」

「知りたい」

「退屈が紛れるなら」

「わっちにだって青春ドラマがあったんだよ」

「それって恋」

「振られたけどね」

「添乗員を遣ってた人」

「いや、大学の先生だ」

「先生、ってそれ、助教じゃなく」

「それがそうなんだな。教授」

「まさか不倫」

「半年くらいね」

「ついでに処女まで盗まれたとか」

「オマエじゃないから、残念ながらそれはないな。高校のときに済ませてる」

「そうなんだ」

「とにかくモテる教授でさ。それでも人は見るから安全なのとしか付き合わない」

「つまり最後は泣き寝入り、ってこと」

「人によって呼び方は違うけど、一言で言えば、そうかな」

「まさかアンタが……。冗談でしょ」

「今更口にすると恥ずかしいけど、本当に好きだったから、迷惑はかけられないと身を引いたんだよね。わっちから……」

「そんなこともあるのね」

「わっちだって若かったからね」

「どういうふうに付き合ってたの」

「ローテーション」

「ローテーションって」

「常時五人から十人くらい恋の奴隷がいてさ、その中で順番を守って抱かれるの」

「バカみたい」

「その通り。バカみたいだ」

「でも好きだったのね」

「だってあのヤロウ、愛しているのは君だけだ、なんて言うんだぜ。わっちを完璧に逝かせた前後で」

「ああ、セックスは上手かったんだ」

「当時はあんまり例を知らなかったけど、今までの中でもピカイチだと思うよ」

「ふうん、なら、あたしも抱かれてみたかったな。ピカイチの男なんて想像できない」

「でも麻薬だから。それで恋だと思うんだよね。抱かれて逝く瞬間は確かに天に昇るけど、その前後期間は殆ど地獄」

「まあ、そうかも……」

「和臣さんは上手くなかったの」

「あたしの方が不慣れだったから。彼が求めるから付き合ったけど、はっきり言ってイタイだけのことが多かったな」

「逝ったことないの」

「あら、それはあるわよ。アンタみたいにピカイチじゃないけど、心から愛する人と一緒にさ」

「そっちの方がずっといいよ」

「だけどそれは、今にして発言、でしょ」

「いや、当時だって感じていたんだ。だから半年でローテーションから離脱した。わっちはこの男を愛しているが、この男はわっちを愛していない。だけどわっちはこの男のことを愛しているから、たとえこの男がわっちのことをただの性奴隷だと看做していてもかまわないんだ、って、そんな想いの繰り返しに疲れてさ」

「その男、死ねばいいのに」

「そうだね。でも就職を世話してくれたのも、その教授。だから少しはわっちに未練があるのかって勘違いしていた次期もあってさ」

「アンタって実は純情なんだ」

「オマエほどじゃないけどさ」

 すると宿主の老婆が開け放たれたドアをノックしてから、こう告げる。

「Nosotros te pierdas, sala de exposiciones se reanuda. Debido a que la persona responsable está de vuelta de un viaje.(お嬢さんたち、展示場が開いたよ。責任者が旅から帰って来たってさ)」

「La noticia nos, gracias.(報せてくれてありがとう)」

 瑠璃が老婆に礼を述べ、ついで仄香に向き直ると、

「聞こえたわよ。……ここではあたしたち、お嬢さまだったのね」

 仄香が愉しそうに口にする。

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