第6話


夜の海を背泳ぎで行く。どこまでも高い空には凄まじい数の星が敷き詰められている。なんかのアニメ映画で観たみたいに。


「こういう風にしか世界が見えないように見せる、っていうのは、どこまで信じて良いんだろう。駅の案内板とか、蛍光灯とか、あんなに光があって、鮮やかで、そういう風に世界を見せる事で、現状に満足させてしまうんじゃないのかな。鬱を作り上げる世界である事は間違いなかったはずなのに、それで良かったのかな」


どうせ誰も聞いちゃいないんだ。何を喋ったって良い。人魚の彼女は美しかった。本当に、本当に美しかった。


僕が干渉する事で美を失うのだとしたら、僕はやはりこの世界に触れるべきではないのだろうか。いやいやそんな事はない。なぜなら僕の力は変化だから。何度も触れて、何度も修正すれば良い。僕は転生したくてここに来た。神様のお墨付きだ。何をしようが問題はない。問題があったとしても、その問題を作ったのは僕だ。解決するのも、罰を甘受するのも僕だ。


僕はそのまま空に浮かび上がる。嘘のような星の世界に浮かび上がる。昔こんな世界を作った事がある。その世界では「空を飛ぶ」力だけが禁忌になっている。何故か。空を連続して飛ぶ事によって、その空に浮かぶ星々が偽物だと気づかれてしまうから。「星の高みまで瞬間移動したい」と願う者は「星が星である事」を疑っていないから、星を星だと思わせる幻惑の魔術から逃れられない。瞬間移動した先に待つのは、魔法によって作られた偽の美しい星々の光。実際に大地を蹴って空まで飛ぶ人間はすぐに気がつく。この星が手に取れる事。空を空と思わせる結界を構成するための基点の一つにすぎない事。手を伸ばすとバチリ、と弾く結界の向こうには、同じ様に世界を内包した結界の球がたくさん浮かんでいる事。そしてその泡の様に浮かぶ世界の渦のずうっと向こうの高みに、本当の星々の光がある事。


現実の向こうに行っても、さらに大きな現実が待ってるだけだなんて事は、気づいたふりをしている奴のセリフだ。だってそいつは、本当に向こう側の世界にいるわけじゃないんだから。


僕は天空結界に手を伸ばす。指先が触れる。熱したガラスが急冷するように、ビシィと全天にヒビが入る。僕は肩を振りかぶる。パンチ。


ぐわあん、と音を立てて、空が開いた。

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