第5話


彼女が泳ぎだす。僕はそれを追って泳ぐ。


「ついてくるんだ」


無論。


「本気で泳ごうかな」


さすがは人魚と言わんばかりの高速で彼女は夜の海を裂く。一瞬で暗い海の中の点になる。僕は彼女の横に転移した。


「うへえ、気持ち悪い」


僕は気分が良い。


「最近の神様はもう父の姿なんてしないんだね。3歳とはね。人生は楽しむべきものなのかしら?」


その通りだ。真っ暗な海の水面近く、波を縫って注ぐ月の光が僕と彼女に遮られて深い影を伸ばしている。


「あなたも神様に願ってこの世界に来たんでしょ? 前の転生者もそうだった。その神様はどんな感じだったの?」


「レゲエでヒップホップな頭髪に黒縁メガネ、ビジネススーツの上から革ジャンを羽織って文学部学生のように喋る気弱そうに見える青年」


「あんまり覚えてないんだね、よくわかった」


せっかく愉快にでっち上げたのに。


「あなた達って、お互いの事をどういう風に見てるのかな」


その言葉は本当の本質だ。言えないし言わせない。彼女を黙らせる。


水面に顔を出した僕たちは、来し方を振り返る。街の灯が増えている。沖合とは言え、街のこんなにすぐ近くに人魚が住んでいるのだ。


「たまに街に行くんだ。その時は脚を生やすの。言葉も覚えたし、物の買い方も知ってる。最近は静かな喫茶店でレコードを聴きながらコーヒーを飲むのが好き」


ちょっと頭の弱い大学生みたいになった。修正してなかった事にしよう。


彼女は消えた。僕は夜の海に一人浮かんでいる。

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