第4話
四
「リヒトです」
僕は名乗る。さっき決まった名前だ。
「名乗らないよ」
当然だ。
「それにしたってあなたは幼いよね。いくつの設定でここに生まれる事にしたの?」
「3歳」
「神童かよ」
その通りだ。僕は完全な神童になりたかった。全てを押しつぶすくらいの神童。
「実年齢」がいくつなのか知らないけどさ、と前置きをして彼女は言う。
「自分の生きてきた日数を偽るようなやつに碌なのはいない」
ましてやそれを事実として他人に押し付ける世界を作るようなやつに碌なのはいない、と続けられる。
「耳が痛い言葉ですが、ある種の天才は自分の年齢を忘れているものなのではないですか? 結果として嘘を吐くこともあるでしょう」
「馬鹿にしてんのかお前。そういう人達は自分があるべき年齢については理解してるんだよ。実際25の奴が僕ちん3歳ですとか絶対言わないね。多分24? とか言っても30? とかそういう間違え方だ」
知ってた。
「わたしはあなたが気に入らない。気持ち悪いし。さっさと飽きて新世界でも想像して欲しいところ。わたしが「わたしの意志」として喋るのはこんな事くらいかな」
頭の良い子だ。僕は彼女を変化させた。一瞬で目がデレる。キラっキラの笑顔だ。僕の身体に手を添えながら、そばを廻るように一周泳ぐ。落ちた。ちょろいもんだ。クソみたいにな。そして僕は彼女を変化させた。元通りに。添えられていた手がふっと引っ込められ、侮蔑の視線が僕に刺さる。
「何回繰り返したか知らないけどやっぱりこの感じは慣れないね。今のこの性格だってあなたの設定通りに動いてるだけみたいな感じがするよ。時間をかけて落とすのがお望みのタイプなのかしらね。能力でも地位でも容姿でも金でもない、何の「魔術」も介さない、そんな愛をお望みなのかしらね。その圧倒的な力を持ってしてね。あなた知ってる? それはマザーコンプレックスですよ?」
小気味いい。僕の本質を一瞬で見抜いてくれる。
「無償の愛、母の愛、いや、親の愛と言い換えた方が良いのかしらね。そんなもの、後天的に作られたものだって簡単に分かるはずでしょう。動物園のゴリラだってネグレクトするわよ。人間の夫婦が何故子に無償の愛を提供するか。決まってるじゃない。一夫一婦制をお互いが歩み寄る形で成り立たせ続けるためには、かすがいとしての子が必要だったから。それだけよ。良い組織を成り立たせるのは目的を同じくする自然な心、普通の組織を成り立たせるのは利害関係の一致。悪い組織を成り立たせるのは世間体。最初から夫婦関係がうまくいかなくなってる環境、お互いが歩み寄ろうとする本心からの意志のない環境に生まれたあなたに無償の愛が提供されるはずないじゃない。あなたにそれは与えられなかったの。仕方ない事なの。でも両親を恨んだところでどうしようもないと思うの。だってあなたはそういう夫婦関係が無ければ生まれなかったんだから」
よく喋ってくれた。今のは僕が言ったわけじゃないからな。
「卑怯だよね。わたしはもっとふわふわ系乙女として生きるはずだったのに。どうしてわたしなの?」
かわいかったから。
「魔術師は子を集め、天高く昇る塔のてっぺんの部屋にいて、その扉を閉ざしている…ってのは誰の小説だったかな。いつだってあなた達は理不尽。選んでは力を行使するだけ。そうするように差し向けるだけ。あなた達、どうして自分でそれをしようとしないの?」
かわいいは正義。
はあ、と彼女は溜息を吐く。真珠の耳飾りの少女のように振り向く、その眼。口もと。諦めに似た決意。
「わたしが主人公なのね」
そう決まった。僕はヒロインのお伴。彼女に世界を救ってもらう事にしよう。
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