第2話


歩き出したは良いものの楽しくない。僕は空を飛べるようになったという事になった。なんたらボールの舞空術よろしくバミチュンと音を立ててオーラを纏って宙に飛び上がる。ひとり静かな山の中でやるとめちゃくちゃ恥ずかしいなこの効果音。装飾過多な気がしたので無音かつオーラもなかった事にした。遠く向こうには照り映える水平線が見え、それよりも目を引くのは海岸線に尖ったように突き出している鮮やかな濃いオレンジ色の瓦屋根の広がりだ。イタリアンな感じがする。さもなくばメデテレーニアンな感じがする。どうでもいい。僕はそちらに向かって飛ぶ事にした。


めんどい。僕はすでに街中に降り立った。通行人のど真ん中に突然現れる。若干どよめいて人の流れが僕を中心に穴を開けて止まる。白壁とバザールと坂の町だ。内陸からは突き出しているように見えた街の形は上層のもので、海に向かう途中で突然崖になり、急な傾斜の幾つもの階段とその途中に点在する家々を経て下層の街に至る。とは言っても上層と下層で家の豪華さに違いがあるわけではない。等しく白壁にオレンジ屋根。統一感があって綺麗だ。違うのはこの下層側には海の匂いがして、上層側では木々の匂いがするというところか。気のせいかもしれない。いいんだこういうのは気持ちの問題だから。


そういえば僕は人的交通に穴を開けたんだったな、と異物を見る目が僕を取り巻いているのを見て思い出した。なかった事にしよう。すうっと人々が歩き出す。何もなかった。それでいい。僕は海に向けて歩き出した。今は瞬間移動の必要は無かった。ふんふん歌いながら緩やかな坂を下る。とりどりの布を張っただけの簡素だが綺麗な軒の下で、これもまた鮮やかな香辛料の籠やらぶら下がる乾物やら水タバコの煙やらその中を走り回る子供の歓声やらで溢れている。ててーてーててーてー ててててーてれれー、と某番組のテーマが頭に鳴り響く。あれのスタッフになってみたかったな。ぬこ歩きよりあっちの方が良かった。


僕は適当に市を冷やかしながら海に出た。港だ。


つまんないな。夜にしよう。ぱっと切り替わるように満月が浮かぶ。星が空を埋めて、全ての音が消える。ただ漣の音がする。振り返った街の窓には点々と明かりが灯っている。どんなに遅い時間でも、起きている人間はいるものだ。僕は海に飛び込んだ。

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