第8話 舞先輩の怪我(二)

……神道日向流(しんとうひなたりゅう)柔術道場……


 舞はいつものように門弟たちに稽古をつけていた。

『からから』

 誰かが道場の扉を開けて入ってくる。どうやら見学したいらしい。師範である父が男を招き入れた。


 舞は稽古の最中、ずっと視線を感じていた。見学しているのだから当然なのだが、普通の見学者から感じる視線ではなかった。他の者には目もくれず、舞だけを見ているようなのだ。

 

 稽古は基礎鍛錬が終わり、実践的な稽古になる。しばらくして男が舞に話しかけた。


「なかなか実践的ですね。私に稽古をつけてもらえませんか?」


 舞はじっと男を見た。眼鏡をかけていて細身の男だ。所作に無駄がないところを見ると何かの武道をやっているのかもしれない。

 こういう道場をやっていると、たまに時代錯誤な『道場破り』のような輩がやってくることがある。舞はこの男もその類かと感じた。


「構いませんよ。体がほぐれたら声をかけてください」

「私はいつでも」

「……そうですか。では、どうぞ」


 師範である父や門弟たちが見守る中で、舞と眼鏡の男の試合がはじまった。


 男の動きには無駄がなかった。フェイントを使うこともなく、拳を繰り出し、蹴りを出す。一つ一つが速く、重そうでもある。すぐに一流の武道者と分かった。

 だが、舞には当たらない。すべて紙一重で躱している。


「お見事です。そちらの技も受けてみたい」


 男は挑発するかのように拳を出しながら舞に言った。

 舞はそれに体で答える。男の攻撃を躱しながら、手刀で背を打ち、膝の後ろを蹴る。男はどっと倒れた。が、すぐに立ち上がった。


 一方的に見える試合は五分ほども続いただろうか。いつの間にか、舞の攻めは防がれることが多くなっていた。もっとも、舞は本気を出してはいない。


ーーそろそろ、終わりにしようーー


 舞がそう思い、気を入れた一撃を入れた。男が倒れるはずだったが、気が付けば舞の目の前に壁があった。


「くっ!」


 壁に当たるのを腕で防いだ。したたかに腕を打ち付けてしまった。男の右頬にも舞の一撃が入っている。相打ちだった。


「ありがとうございました」


 男は一礼して出て行った。

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