第3話 舞先輩

 心なしか重い気がする扉を開ける。いつもの席にはもうひかるが座っていた。


 「優太君、遅かったね~」


 「うん、日直だったから……」


 「ん?どうしたの? 元気ないな~。具合でも悪い? 」


 「ううん、なんか緊張しちゃってさ。ねぇ、ほんとにやるの?」


 「そうだよ。大丈夫だよ。任せて」


 胸を張ってひかるが答えた。どうして、そんなに自信満々なのだろう。

 僕が断ったら、いくじなしって軽蔑されるかなあ。それは嫌だ。


 「よし!仕方ない!頑張るよ!」


 やっと僕は決心した。


 「ふふふ、じゃあ、少し訓練して、備えようね」


 「えっ! 今日じゃないの? 」


 僕は今日、万引き犯を捕まえに行くと思っていたのだ。


 「ぷっ!それで緊張してたのね。きゃははっ、でも、ちゃんと作戦を練って無理のないようにしなくちゃね」


 「そ、そうだよね。ふ~ぅ、そっか、今日じゃないのかぁ」


 僕は心の底から安心した。全身から力が抜ける。




 『からんっ』


 誰かが『あげは』に入ってきた。そちらにひかるが手を振った。僕は顔を向けて見ると……。


 「あ、舞先輩だ!」


 そこには憧れの先輩がいた。舞さん……彼女は優太たちの1年先輩の3年生で日向舞、弓道部の部長だ。全国大会なんかにも入賞するほどの実力の持ち主なんだけど、ボーイッシュで可愛くて全校生徒の憧れの的、アイドルなんだ。


 「よっ! ひかる。なに? 話って?」


 舞先輩は僕の事など目に入らないようで、ひかるに話しかけた。


 「まあ、座って、舞さん。あと、こちらが新しいメンバーの優太君だよ」


 ひかるは掌を僕に向ける。

 舞先輩は、はじめて気付いたかのように、僕をまじまじと眺めるとこう言ったんだ。


 「ふむ、よろしく。君は線が細いな」


 舞先輩に話しかけられて、僕はどきまぎする。ひかるとは違った可愛さだ。どこか大人っぽい。


 「あ、あの、も、望月優太です! よ、よろしくお願いしまちゅ!」


 緊張のあまり、吃音が激しくなってしまったうえに『ちゅ』ってなんだよ! 僕ってやつは……。僕は顔を真っ赤にして俯くしかなかった。


 「はははは、面白いな、君は!」


 舞先輩は笑いころげた。

 ともあれ簡単な自己紹介が終わり、3人は落ち着いて席についた。

 この頃になると、ようやく落ち着いた僕は舞先輩に聞いた。


 「あの、舞先輩はどんな力を?」


 「私か? 私は瞬間移動だが……」


 「す、すげえ!…じゃない、すごいですね!」


 「いや、すごくはないぞ。なにしろ5分の精神集中を必要とする上に移動できるのは僅かに30cmだからな」


 「え、でもすごいですよ!」


 「よく考えて見ろ。30cmを移動するのに君はどの位の時間を必要とする?」


 言われて考えると確かに、1秒もかからないや。


 「だから、へなちょこな力なんだよ、私も」


 舞先輩は自嘲気味に笑った。


 「で、でも、やっぱりすごいです。もし何処かに閉じ込められても抜け出せるじゃないですか」


 「ふむ、その時に壁の厚さが30cm以下ならな。30cm以上なら私は壁の中に取り残されてしまう……。それに何処かに閉じ込められるような場面はあまりないだろう!? 」


 「舞さん、大丈夫だよ。舞さんの力も伸びてきてるわ」


 「だといいんだが…。ところで今日は何の話なんだ?」


 「あ、そうだ、実はね…。とその前に、マスター! ニルギリ3つ早く頂戴!」


 ひかるは紅茶を催促した。


 紅茶が来て一口飲むと、ひかるは落ち着いて『万引き犯を退治しよう』と話をした。


 「そうか、久しぶりの活動だな。楽しみだ。で、いつなのだ?」


 「うん。テストが終わって夏休みにしようと思うんだけど。舞さんは夏休みは忙しい?」


 「いや、部活は引退したからな。大学も推薦で決まりそうだし、とりたててやることはない」


 「そう。優太君は?」


 「僕も大丈夫です」


 「じゃあ、夏休みに決まりだね」



 こうして『万引き犯退治大作戦』は夏休みに決行と決まった。



 テストの直前まで僕は『あげは』に毎日顔を出した。ひかるから毎日スプーンを曲げるように言われていたから。毎日、マスターがスプーンを出してくれる。


 「優太。いいかい、数多く曲げればいいってもんじゃないんだよ。集中して、いかに少ない力で大きく曲げられるかなんだ」


 マスターは言う。きっとマスターも力を持っているんだなって思うんだ。

 さすがにテスト期間中は顔を出さずに自宅にすぐに帰ったけど、勉強の合間にスプーンを曲げた。



 テストの結果は聞かないでほしい。相変わらずだから。でもまあ、ようやくテストが終わって久しぶりに『あげは』に顔を出した。


 いよいよ大作戦がはじまる……?

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