ラジオは何も聴かせてくれない

流民

第1話

 綺麗な白い砂浜、青い空、のどかな景色。これがこの島の財産のすべてと言ってもいいだろ。

 俺、祐司はそんな村で生まれ育った。

 島の人口は三百人位。みんな家族みたいなもので、どこを歩いても知り合いしかいない。

 空港を作れるほど広い土地もなく、港に向かない海岸線に唯一ヶ所ある小さな漁港。

 もちろん本土との連絡船は出ているが、一週間に一本で、天候が悪いとそれさえも来ないこともある。

 そして漁港特有の魚臭い臭い。

 そんなどこにでもあるのどかな島だ。でも、俺はそんな島にはうんざりしていた。

 小、中合同の学校の中学三年、同級生は俺と後一人、幼なじみの佳代子だけ。

 佳代子の事は嫌いじゃない、いやむしろ好きだ。そしてそれは佳代子も同じ気持ちでいてくれている。

 俺は中学を卒業したら親父の後を継ぐことになっている。

 でも俺は本土の高校に行きたい、そして佳代子と一緒にこの島から出て、本土で一緒に暮らす、それが俺の夢だった。

 俺と佳代子のそんな夢を語るきっかけになったのはラジオから流れてきた音楽が切っ掛けだった。

 砂浜で夕日を見ながら雑音交じりのラジオを聞いていた時、散歩でもしていたのか、佳代子が俺に突然話しかけてきた。

「この曲、なんて言うの?」

「え、あ、ああ、確かPrincessの「日の当たる場所」だったんじゃないかな」

 俺がそう答えると佳代子は「そう」と、一言答え俺の隣に座りラジオから流れる旋律に耳をすませている。

その曲が終わると佳代子は立ち上がり「じゃあ、また明日ね」と言って帰って行った。

 それから俺と佳代子は毎日一緒にラジオを聴くようになり、いつしか恋人のような存在になっていた。

 中学校の卒業も間近に迫ったある日、俺と佳代子はいつもの通り海岸で夕日を見ながらラジオを聞いていた。

 そしてあのナンバー、Princessの「日の当たる場所」が流れる。

 そのナンバーに佳代子は耳をすませ、旋律に聞き入る。そして曲が終わる頃突然ラジオからの音に雑音が混じりだし、終いには砂嵐のような音しか聞こえなくなってしまう。

「どうしたんだろう? ついに壊れちゃったか?」

 俺はそう言ってラジオを持ち上げ、振ってみたり電池を見て見たりいろいろしてみたがスピーカーからは雑音ばかりで一向に音楽を流す気配はない。

 佳代子もそれを心配そうに見つめる。

「壊れちゃった?」

「うーん……音は出てるから電池切れではないと思うけど……ちょっと電気屋にでも見せてみる。明日から聞けないのも嫌だから今から行ってくるよ。じゃあ佳代子、また明日な」

「うん、また明日ね」

 佳代子に軽く挨拶をして俺は島で唯一の電気屋に向かう。

「こんばんは」

「おお、どうした祐司?」

「うーん、ちょっとラジオの調子が悪いみたいなんだ。見てくれない?」

 どれどれ、オヤジはそう言いながら俺の手に持つラジオを取り、ドライバーでケースについたビスを一つずつ取っていきケースを外す。

 オヤジは中を見ながらいろいろいじっている。

「どう?」

「うーん……特にどこもおかしなところは無いんだよな……」

 オヤジはそう困ったように答える。

「そんな、だってついさっきまで聞こえてたのが急に聞こえなくなったんだぜ? 故障意外に何か原因があるか!」

 俺が怒りながら言うとオヤジはまた困ったように言う。

「うーん、でもな祐司、何処にも異常はないんだ。むしろ聞けない方がおかしい。電波が急に悪くなったのかもしれないぞ。また明日試してみろよ」

 オヤジにそう言われ俺は渋々ながら店を後にし、自宅に帰った。

 家にはテレビなどは無い、電話はかろうじて通っているが、島の者同士で電話を掛ける事は殆どない。

 俺は自分の部屋に戻り、ラジオの電源を入れてみる。

 ザーザーザー、という砂嵐の音しか聞こえない。

 もともと海岸でもぎりぎり放送が入っていた位で、自分の家では周りの家に邪魔されて元から聞く事なんて出来やしなかった。

「本当にどうしたんだよお前……」

 俺は何となくラジオに話しかけてしまう。

 その日は仕方なく俺はラジオを諦め、飯を食って早めに寝た。

 明日になればまたラジオは音楽を聞かしてくれるかもしれない、そう思って早くその日を終らせてしまいたかったのだ。

 そして朝になり、俺は学校に向かう。

 教室に入ると佳代子が俺に話しかけてくる。

「ラジオどうだった?」

「うーん、電気屋のオヤジは別に何ともないっていってた」

「そうなの? じゃあまた今日もラジオ聞けるね!」

 佳代子は嬉しそうに微笑むが、俺は今日もちゃんとラジオが聞けるかどうか心配だった。

「そうそう祐司君、明日の卒業式終わったら二人で何かお祝いしない?」

 突然の佳代子の提案。

「そうだな。しようお祝い!」

 俺は佳代子にそう笑顔で返す。

 そして卒業式の予行演習を終わらせ、俺と佳代子はいつも通り一端家に帰り、夕方に海岸で待ち合わせをした。

 夕日が照らす海岸、俺はラジオの電源を入れる。

 スピーカーからはザーザーと言う音を出すだけで、昨日と同じように音楽をそのスピーカーから流すことはなかった。

「やっぱり壊れちゃったのかな・・・・・・」

 佳代子は寂しそうにそう呟く。

『全将・・・・・・ライオンは・・・・・・・・・・・・繰り・・・・・・・・・・・・めた・・・・・・』

 突然ラジオから微かだが何か聞こえ、俺と佳代子はラジオから流れる音に耳をすませたが、その放送以降また何も聞こえなくなった。

「ライオン? 何だろう?」

 佳代子も何の事だか分からない様子だったがラジオから何かが聞こえた事で少し元気になったようだ。

「でも、ラジオは壊れてなかったね! また明日にでも聞いてみようよ」

「そうだな、明日卒業式が終わったらまた聞いてみよう」

 俺と佳代子はそう言って別れ、それぞれの家路につく。

 俺は家に帰り、部屋でラジオの事を考えていた。

 あの放送は何だったんだろう? 放送の内容が無性に気になった。

 一人あれこれと思い悩み、ついウトウトとしてしまう。

 すると突然親父が俺の部屋に入ってくる。

「祐司、なんだ寝てるのか? 起きろ、ちょっと大事な話がある」

 寝ぼけ眼で俺は親父を見る。

「なんだよ・・・・・・眠いんだよ。寝かせてくれよ」

「いいから起きろ!」

 親父は俺を無理やり起こし、俺の目の前に座る。

「お前明日で卒業だな」

 いやな予感しかしない。

「解ってると思うが、お前には家の仕事を継いでもらう。解ってるな」

 やっぱりだ、しかしこれはある意味俺の考えを話すいい機会だ。俺はそう思い、本土に行きたいと言う話を親父にする事にした。

「なあ親父、その事なんだけど・・・・・・」

「うん? どうした?」

 意を決して俺は親父に俺の思いを伝える。

「実は親父、俺本土に行きたいんだ。それでもっといろいろ勉強したい! もちろん自分で働いて金を稼ぐから親父には迷惑はかけない。だから本土に行かせてくれないか?」

 俺の言葉に親父は激高し、俺の左頬を力任せに殴りつける。

「お前誰がここまで育ててやったと思ってるんだ! いいからお前は俺の言うことを聞いて俺の仕事を継いで漁師になればいいんだ!」

 殴られた頬が熱く激しく痛んだが、それでも俺は自分の夢を捨てれなかった。

「俺は親父のおもちゃじゃない! 俺は誰がなんと言おうと本土に行く!」

「そうか、わかったじゃあ出ていけ。本土でもどこでも行って勝手に野垂れ死ねばいい!」

 親父はそう言うと俺の部屋を出て行く。

「ああ、わかったよ! 出て行ってやるよこんな家! もう二度と戻らねーよ!」

 俺はそう言うと荷物を纏め、部屋を出る。

「じゃあな親父!」

 俺は居間にいる親父にそう告げて家を出て行く。

 母親は俺を引き止めようとするが、親父がそれを「ほっとけ!」と怒鳴りつけて止める。

 俺は勢いよく玄関を閉め、夜の町に出る。

 とはいえ、特に行くあてなどは無い。ぶらぶらと歩いてるうちにいつもの海岸に出る。

 遠くで光る船の警告灯を見ながらこれからの事を考えていた。

 とにかく本土に行こう、そうすれば何とかなるはずだ。こんなしょぼい島にいるよりは仕事も沢山あるだろう。

 俺はそう思うとフェリー乗り場に向かう。しかし心残りが一つある。そう、佳代子のことだ。

 俺はフェリー乗り場に行く前に佳代子の所に向かった。

 佳代子の部屋は家の二階にある。

 俺と佳代子だけがわかる合図で佳代子に合図を送り、佳代子が窓から顔を出す。

「祐二君、どうしたのこんな時間に?」

「ちょっと出れないか?」

「ちょっと待ってて」

 そう言うと佳代子は窓を閉め、身支度を整えて外に出てくる。

「ごめんこんな時間に」

「ううん、いいよ。でもどうしたの?」

「ちょっと散歩でもしないか?」

 俺はそう言って今来た海岸への道を歩き始める。

 佳代子も黙って俺の横に並んで歩く。

 暗い道を海に向かって二人歩き、波の音が近付いてくる。

 そしていつもの砂浜に着きいつもの場所に腰を下ろす。

「祐二君、それどうしたの?」

 俺の左の頬を見て佳代子は驚く。

「え、ああ、ちょっと親父とな・・・・・・」

「ちょっと見せて」

 佳代子に弱い自分を見られるのが嫌で俺は佳代子の手を遮った。

「触らないでくれ!」

 思わず大きな声になってしまう。でも佳代子は俺の言葉を聞いても気にすることなく、痛む俺の頬をそっと撫でてくれた。

「ごめん、佳代子・・・・・・」

 佳代子が頬を撫でる度に俺はなぜか涙が溢れ、それを見た佳代子はそっと俺の頭を包み込むように、その佳代子の胸に抱いてくれた。

 俺はなぜか止まらない涙を佳代子の胸の中で流す。その俺の頭をそっと母親のように優しく撫でながら、佳代子はずっと俺をいたわってくれた。

 そうやって佳代子が俺の頭を撫でてくれるのが妙に落ち着き、やがて俺の涙は止まり、そしてようやく佳代子に話ができるほど落ち着いた。

「佳代子、ちょっと話があるんだ」

 黙ったまま佳代子は俺の話を聞いてくれた。

「俺は明日くるフェリーに乗って本土に行くことにする」

 俺の頭を撫でていた手が一瞬止まる。

「明日、お祝いをしようって約束守れそうにない。ごめん」

「もう一日・・・・・・もう一週間延ばせないの?」

 俺の頭を撫でてくれる佳代子の手が少し震えているのが解る。

「ああ、明日を逃すと俺はまた今の日常に戻ってしまう。それに明日はちょうどフェリーが着く日だし、それを逃すとまた一週間待たないといけなくなる」

 暗くてよく佳代子の顔が解らないが、震える手と少し暖かい雫が俺の身体に触れることで佳代子の表情は理解できた。

「わかった、じゃあ私も明日祐司君と一緒に行く」

 その言葉を俺は嬉しく思い、思わず佳代子を抱き締めたくなるが、その感情を押し殺す。

 俺は佳代子の胸に預けた身体をゆっくり起こし、佳代子の表情が見えるくらいまで顔を近付ける。

「駄目だ。佳代子はここに残って俺を待っていてくれ! 一年、そう必ず一年後には佳代子を迎えにくる。だから、佳代子はここで待っていてくれ!」

「どうして? 一緒に本土に行こうって、約束したじゃない。ねえ、何で?」

 一緒に行かせてと懇願する真っ直ぐな眼差しを俺はしっかりと受け止める。

「俺達はまだ中学を卒業したところだ。そんな二人が本土に行ってもまともに生きていけるか解らない。でも、俺一人なら何とかなる。だからお願いだ、俺のことを信じてこの島で待っていてくれ!」

 佳代子は黙ったまま涙を流し、俺の目を見続ける。

 雲に隠れていた月が顔を出し、涙を浮かべる佳代子の顔をその光でそっと照らし出す。

 そして俺は佳代子にそっと、しかし俺の熱い気持ちを込めたキスをする。

 佳代子もそれを素直に受け入れ、俺達は月の光に照らされた海岸で、一つになった。

 それから俺と佳代子は朝になるまで海岸で抱き合い、二人の身体が溶け合ってしまい、もともと一つの身体だったかのように俺は佳代子を、そして佳代子は俺を受け止めた。

 そして朝日が登り、俺は佳代子とその海岸で別れる。

「佳代子・・・・・・一年、一年だ!そしたら必ず佳代子を・・・・・・」

 最後まで言い切る前に佳代子は俺の口を塞ぐように口付けをする。

「待ってるから・・・・・・ちゃんと祐司君のこと待ってるから!」

 佳代子は俺にそう言って、今まで見たことも無いほどの笑顔を見せる。

「じゃあ、祐司君。しばらく会えないけど、元気で・・・・・・」

「ああ、佳代子も元気で・・・・・・」

 俺はそう言うと佳代子の背中が見えなくなるまで見守り続ける。

 佳代子は一度も俺の事を振り返らず、そのまま力強く歩いていく。

 そして、佳代子の背中が見えなくなると俺はフェリー乗り場に向かい、朝一番で出航する船に乗り込み、二等席の雑魚寝の席に陣取り出航を待つ。

 しばらくすると船は汽笛を鳴らし、少しの振動と共に離岸し一日半の船旅が始まる。

 船が出航してすぐ俺はデッキに立ち、少しずつ遠ざかる生まれ故郷の島を見続ける。

 その島を見続け俺はこれからの事を考えていた。

 大きな希望と少しの不安。そんな感情がごちゃ混ぜになった気持ちを胸に抱き、俺は一日でも早くこの島に佳代子の事を迎えにこれる日を考えていた。

 島の方から吹く風は、少しだけあんなに嫌だった島の魚臭い匂いを運んできたが、今はその匂いでさえ心地よさを感じてしまう。

 島からずいぶん離れ、もう島がほとんど海と同化して見えるくらいまで俺は島を見続けていた。

 そして島が完全に海と同化し見えなくなってしまう頃、俺はようやく室内に戻り、自分の荷物のおいてある所に座る。

 持ってきた荷物を枕代わりにし、一晩寝ていなかった疲れが波の心地よい揺れに誘われて俺は深い眠りに墜ちていった。

 途中何か船内が騒がしかったが、疲れて寝ぼけた頭ではほとんど周りの人が何を言っているのか解らなかった。しかしそれは、人の声以外にも何か違う騒音が聞こえたような気がしたが、俺は気にせず眠り続けた。

 そして俺は一日半、ほとんど目覚めることなく船の中で眠り続けた。

 俺が完全に目を覚ましたのは船内の放送が入ってからだった。

『まもなく本船は港に接岸致します。危険ですのでデッキにはお出にならないようにお願い致します』

 放送がかかると、皆荷物をまとめ外にでる準備を始める。

 そして船が接岸し、下船の合図が流れると皆次々と船から降りだす。

 俺もその人の流れに混じって下船し、フェリーターミナルに降り立つ。

 船を降りた人達は皆次々にフェリー乗り場から出て行くが、出たところでみな一様に呆然と立ち尽くしていた。

 俺は何があったのか解らなかったが、その人混みをかき分け人混みの先頭に立つ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺は言葉を失った。

フェリー乗り場こそ無事だったが、辺りはほとんどの建物が崩れ落ち、所々で火災まで発生していた。

「な、一体何があったんだ?」

 周りの人達も今の理解できない状況を口にしていた。

「なあ、もしかして、あのフェリーで見たヘリの編隊ってもしかしてあの島に向かってたんじゃないか?」

「!?」

 そう言った男に俺は詰め寄る。

「今なんて言った? ヘリの編隊ってなんだ!」

「お、おい何だよいきなり」

「お前見てなかったのかよ? 十機位の軍のヘリの編隊が島の方に向かって飛んでいったじゃないか」

「な!?」

 嫌な予感しかしなかった、もしかしたらヘリの編隊は島を襲いに行ったんじゃないだろうか?

 俺はそう考えるといても立ってもいられなくなり、ターミナルに戻り、チケット売り場に走った。

「島までのチケットを!」

「お客さん、残念だけど一週間後まで船は出ないよ。それに今は戦争中だ、来週になったら一般航路は封鎖されるかも知れないし・・・・・・」

 途中からチケット売り場のオヤジの声は聞こえなくなっていた。

 戦争って何だ? 島はどうなった? 親父や母さんは? 佳代子は・・・・・・

「ああああああああ・・・・・・」

 俺はなんて事をしてしまったんだ! 何で親父の言うことを聞かなかったんだ? 何であの時俺は佳代子を一緒につれて来なかったんだ? なんで? なんで? なんで? なんで・・・・・・・・・・・・

 俺は暫くその場から動けなかった。自分のしてしまったことと、しなかったことに激しく後悔し、生きていく気力さえ失いかけていた。

 しかし、誰も俺の事なんかに気を使っている余裕なんて無く、俺はフェリー乗り場を追い出され、どこへ行くともなく街をさまよった。

 どれくらい時間が経ったのか? はっきりとは覚えていない。ただ、いつの間にか俺は難民キャンプのようなところにたどり着いていた。

 そして、そこに来た兵隊募集の看板を見て、俺は年齢をごまかし軍隊に入った。

 そうでもしなくては俺は生きていくことが出来なかった。

 軍隊に入って島でラジオが聞けなくなった理由が解った。隣国の軍隊はまず各地の電波塔を攻撃し、この国の軍隊を混乱させたのだ。そしてその影響で、この国の軍隊は混乱から抜け出せない状況が続いていた。

 もしかしたらあの時ラジオに入ったかすかに聞こえた言葉は隣国の作戦開始の合図だったのかも知れない。しかし、今となってはもうどうでも良いことだった。

 とにかく俺は軍隊で必死に戦った。あの生まれ故郷の島を取り戻す為に、佳代子にもう一度会うために。

 そして一年後、ようやく隣国との和平協定が結ばれ、平和が訪れた。

 それから少ししてようやく民間航路が再開され、俺は軍を退役するとすぐさまフェリーに飛び乗った。

 島までの一日半、俺は佳代子の事ばかりを考えていた。

 とにかく無事でいてくれ、それだけを願った。

 そしてようやく島が見える所まで来ると、俺はずっとデッキから島の形を見ていた。

 島は遠目から見ると、俺が出て行った時となにも変わっていないように見えた。

 しかし、島の形がはっきりと解り出す頃、明らかに島のあちこちに俺がいた時には無かったような施設が建ち並んでいた。

 そう、島は隣国に占領され、軍事基地にされていたのだ。

 佳代子、無事でいてくれ・・・・・・

 俺はただただそう願うことしか出来なかった。

 船はようやく島に到着し、乗客は下船しだす。

 船を降りると、俺は急いで佳代子の家に向かった。

 俺は佳代子の家まで走った、足がもつれて何度も転びそうになりながらも俺は佳代子の家まで走った。

 そしてたどり着いたそこにはもう佳代子の家は無く、軍の施設が並んでいるだけだった。

 金網に囲われた軍の施設を見て、俺は絶望した。

 金網に両手の指を掛け、その場に力無くうずくまる。

 暫く俺はその場所を動けなかった。

 どれくらい時間流れたのか、俺は佳代子の家だった場所を離れ、いつも佳代子とラジオを聞いたあの砂浜に向かい、鞄の中からあの時からずっと使っているラジオを取り出した。

 そしてラジオは雑音混じりで音楽を流し始める。

 ラジオを聴きながら、俺は海に沈み行こうとする夕日を眺めていた。

 そしていつか佳代子とこの砂浜で聴いたあの曲が流れる。

 その曲を聴きながら、俺はいつの間にか涙を流していた。

「佳代子・・・・・・」

 ラジオから聞こえる音楽に歌声を重ねるように誰かが歌っている。

「遙か遠く続くこの海の向こう、いつか君とここで会えたら。いつかまたこの場所遠い空、見ていたい。いつか君の戻るこの場所でずっと」

 その歌声に俺は振り向く。

 俺に穏やかな笑顔を向ける佳代子がそこには立っていた。

「お帰り、祐司君」

「た、ただいま佳代子」

 俺は涙を流しながら、ただその一言しか言えなかった。


 

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