053:最後の記憶

 ケースの中身は、まさに『死にたて』というにふさわしかった。


 前文明の遺産と呼ばれる巨大な石の廃墟の一角にそれはあった。

 傷一つ無い未知の金属とプラスチックでもガラスでもない透明な石の棺の中には、どういった腐敗防止技術か見当もつかなかったが(なにせ、保存より先に開けて解析を進めたがる泥棒よりも抜け目ない技術者達を取り押さえるのにより苦労した)、男がひとり横たわっていた。

 ケースの男は外見上は俺たちとそう違いは無いように思えた。色が白く、生前の生活をうたがうほどやせこけてはいたが、頭があり(黒い頭髪も健在だ)、首が胴とつながり、腕を腹の上で組み、二本の足をそろえて棺の中に横たわっていた。

 不思議な点と言えば、保存に不要だろう衣服を一切まとっていなかったことではなく、頭から数本生えたコードと、組んだ手の下……腹の上にこれ以上無いほど大切そうに置かれたディスクだった。

 死にたてと表現するには、腐乱していないとか、乾燥していない、という物理的な見た目では足りないだろう。男の目を閉じ眠るかのような顔が、うっすら微笑みの形を作ってさえいなければ。

 そう、男の唇は薄く左右に引かれたままで、頬の肉はその動作のままにほんの少し盛り上がって見えた。そこに気付くと頬に薄く刻まれたシワも、目尻に薄く見えている鴉の足跡も、まさに微笑んでいるかのように見えた。

 この男は、幸せの中に居ながら時を止めたのだろうと推測できた。


 幸せ。

 この時代、男が生きたと目される時代に、そんなものがあったというのか。


 男の棺には、八桁の数字と、十六桁の記号が書き込まれていた。

 十六桁の記号は、英数字混じりで何かのコードのように見えたが(これも解析ネタだ。技術者どもが先を争って写真に収めていた)、八桁の数字は……西暦と日付に見えた。そして、西暦と日付とすれば、遺跡の出来あがった年代と一致する。おそらく、間違いないだろう。


 二〇〇〇年代。第三千年期。異常気象と、地殻変動、磁場転換に太陽風爆発。有史以前から繰り返されてきた惑星規模の変動に、文明は耐えることが出来なかった。

 影響の比較的少なかった赤道付近の僅かな高地に人々は記憶と技術を持ち込みはしたが、全てが終わったあと、扱える技術者は全て死に絶えていた。

 過去の文明をなぞらえるように技術者が生まれ、世界をヒトの手に取り戻してからまだやっと一〇年に満たない。高度な技術に至っては、未だ解明されてはいない。

 この男も。安全に取り出すことが出来るのは、一体いつになるのか。


「班長! プロトコル解析が完了しました!」

 男の頭のケーブルは、棺の一角に集まっていた。

 ケーブルにつながるかどうかは不明だったが、棺の隅には端子らしき物が存在し、生物技術者が指をくわえて眺め回す中、情報技術者は端子の……端子からアクセスする方法を探っていた。

 持ち込んだ端末画面で文字と数字が忙しくスクロールする。

「読めるのか?」

「……多分。先週発掘した部屋のソフトウェアが合致しそうです」

 端末もそもそもは遺跡から発掘した物だった。正確には、我々がかろうじて扱えるコンピュータとアーキテクチャは同様であり(それはそうだ、僅かに残された技術と前文明で世界中で使用されていたコンピュータは同じ物なんだから)解析し、我々のコンピュータに改良を加えて使用可能にしたモノだった。

「……アクセス、出来ました……!」

 ごくり。生物技術者たちすらも動きを止めた。情報技術者の顔に、バックライトのカラフルな影が踊る。

 耳が痛くなるほどの静寂。情報技術者のキータッチの音が、響く……。

「……RUN」

「了解」

 かちゃり。決定キーを、おもむろに押す。

 情報技術者が、モニタをこちらに向けた。


 ジジジ。

 真っ暗に沈んだ画面に、突如、色が生まれた。

 鮮やかな緑。次いで抜けるほどの蒼。まぶしい、太陽。流れる雲は白く、遠く山はかすんで見える。

 画面は……視線は再度下へ向かった。緑の海かと思えるほどの森の中、一本の道がみえる。道は足下から続き、地平の向こうまで続いていた。


「これは……いつの画像だ……?」

 あり得ないはずだった。あの時代、こんな風景が見れるはずがない。

「……文明終焉の年と、思われます」

「そんなはずは……」

 映像は続く。映画なら、不連続な視界があってもおかしくはなかったが、それもない。

 画像はくるりと風景を回して、背後の人物達の方へとむいた。

「……これは……」

「なに?」

「文明は後退していたのか!?」


 色とりどりの甲冑を身にまとい、剣と杖を携えた一団が、そこにはいた。


「そんな馬鹿な!」

「あの時代に、剣だ甲冑だなどと……」

「調べ直せ」

「は、はいっ!」

 画面を情報技術者へ返すと、俺は頭を抱えた。

 発掘研究プロジェクトの責任者として、これらは全て公開される。

 しかし、歴史技術者に厳しく追及されることは間違いない。

 今までの歴史認識が誤っていたのだろうか?

 俺はその場を技術者達に任せて、生まれ始めた頭痛を紛らわすために、部屋を出た。


「……このディスクさぁ、MMOって書いてあるよな?」

「お、情報屋、男の記憶らしいってのは間違いないのか?」

「……一〇〇%とは言えないけど、このソフトウェアの解説古文書にそう書かれていました。まだ、解明はされていませんが……」

「MMOって、何だ?」


 真相はまさに闇(ブラックボックス)の中にある。



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