027:偽者魔法使い
キャラバンの出店の角にいつの間にか立っていた小さなテントには、魔法使いの紋が入っていた。その紋を見て、噂を聞いて、いつの間にか小さな列が出来ていた。一昨日より昨日、昨日より今日、きっと今日より明日、列は長くなって、明後日にはキャラバンと共に消えるのだろう。
かく言う私も噂を聞きつけた一人だった。半日ばかり離れた小さな里から、こうしてやってきたのだ。――腕利きの魔法使いがいると。
テントに入っていく人達の顔はみな不安げだ。逆に、出て行く人たちの顔は明るい。占いだけの人も、なにか薬を処方された人もいるようだ。魔法使いは普通、専門を持つ。占いが専門ならば薬の知識に乏しく、薬が専門ならば明日の天気も当たりはしない。出来ないと言うより、専門を磨くことに忙しく、それ以外に目を向けられないのが現状なのだ。占いも薬もやるならば、魔法使いも複数いるというのが普通だろう。
これは大事だった。ギルドで把握していないはぐれ魔法使いが一人ならばまだしも複数いるなんて。魔法使い一人で出来ることなんてたかが知れている。しかし、複数集まったなら。得意不得意をカバーしあい、魔力の相互作用も手伝って、何を引き起こすか知れたモノじゃない。必ずギルドで把握しておく必要があるのだ。特に、こんな……云われない魔法使い狩りが横行するような世の中では。
「お嬢さん、そんな怖い顔しなさんな。魔法使いの大先生がきっといいようにしてくれなさるさ」
前に並ぶ老婆がお人好しそうな笑みを向けた。老婆はテントが立った最初の日に処方してもらった薬が思いの外効いたのだそうだ。足の具合が良いのよと、幸せそうに話していた。
「ありがとう」
そんなに強ばっていただろうか。苦労してどうにか笑みを返し、期待を隠しもしない視線が痛くて天気を見るふりをして視線をかわした。
私は期待するどころではなかった。緊張しながら、非難と失望の視線を想像する。いや、無事視線を浴びれれば、まだ成功といえるだろう。反撃されたら、私で対応出来るのだろうか。複数の魔法使い相手に。
老婆が呼ばれてテントの内に消えた。テントのスキマから声が漏れてくる。明るい老婆の声と、もう一つ。……若い男性の声が一つ。
じりじりと刺すように鋭い陽が照りつける。暑いより、痛い。串刺しにされている気分になる。ふと後を振り向けば、列が延々続いている。人々のささやかな願いをのせて。
「ありがとうさんね」
老婆が声を掛けながら出てきた。手の中に小さな袋を乗せている。僅かに香るのは、その薬のものだろうか。私にはそれが何か、判別することはできなかった。
「次の方、どうぞ」
やはり、若い男の声だった。ごくりと唾をのみ、テントの分け目に手を掛けた。
私から見れば、内装はなんとも……悪趣味だった。正面にはでたらめな魔法陣の壁掛け。台の上には魔力の一つも籠もらない単なる巨大なガラス球。素人でもそれなりの結果を出すカードに、男が一人。眼鏡を掛けた優男だった。長めの髪を後で縛り、魔法使いと云うより、要領の悪い教会の下男のようなお人好しそのものそうな笑みを浮かべていた。
「ようこそ。さぁ、あなたのお悩みは? 恋人の行方でしょうか。来年の畑の実りでしょうか。それとも、気になる殿方の心を射止めたいとか?」
「……あてて見せたらどうだ?」
私はまず様子を見ることにした。『魔法使い』のテーブルの前の椅子に腰掛け、正面から見据えてみる。仲間に何度云われても上手く隠せない魔力は、全開のままだ。
「そう言われましても、魔法使いといえど万能ではありません。私は人の心を読むのは得意ではないのです」
男は困ったように僅かに眉根をよせた。男の胸元のシンボルだけは本物だったらしい。私の魔力に反応して、僅かに光を帯びた。……男は気づいていないようだったけれど。
「……じゃぁ、シーラベインダルンの様子を教えて欲しい」
シーラベインダルンは東にある中立都市だった。港湾都市として名高く、商業が盛んで有名だった。遠すぎて、行ったことはなかったけれど。
「シーラベインダルンですか。そんな遠くの街の事が気になるなんて。彼氏が従軍でもしているのですか? 少しお待ちくださいね」
「……」
思わず息をのんだ。つい先日、魔教団と神公国の軍隊がついにぶつかったと聞いた。遠見が得意な長老が大人たちに警告していた。今後、神公国側からの接触があるかも知れないと。
この男は本物だろうか。遠見という奇跡なくして、知り得るとは思えない。
「……見えてきました。状況は……余り良いとは言えません。教団側は後がないためかなり必至になっているようです。公国側は押されています……」
「か、肩こりが酷いの。なにか病気かしら」
「肩こりですか? ……あなた、目が余り良くないんじゃないですか。暗いところで読み物などするととてもつかれますよ。肩は目の疲れからもきます。ほどほどで切り上げるのが良いでしょう。たまには畑仕事なんかもいいですよ?」
「明日の天気は!?」
「雨ですね。今日はとても晴れていて気持ちいいですが……麦などは干すのを中止して納屋にしまった方が良いでしょう」
「牛の肉付きが良くないの」
「町を離れた山の上の方の牧草がいいですよ」
思わず乗り出した身を、椅子に戻した。脱力した、と言った方が正しいかも知れない。
……全部当たりだった。
魔法書の勉強を真面目にし出してから、ちょっと目が悪くなった感じがする。先見が得意な母は今朝、まとめて洗濯をしていた。牛番にあたった叔父は、ブツブツ言いながら町の側はダメだと言っていなかったか。
「お気に召しましたか?」
にこっと、男は笑う。人好きしそうな笑顔だった。
「えっと……気配を」
「はい?」
ぽろっと、こぼれた。私が一番聞きたいこと。どうすればいいのか、いつもいつも悩んでいること。
「気配を上手く消せないの。いつまで経ってもコレじゃぁ半人前だわ」
「あ……」
「?」
聞こえた声は、予想していないものだった。ヒダを絞って一カ所にまとめたテントの頂点を何気なく眺めていた目を戻せば、笑みはなんだか引きつっていた。
「どうしたんですか、魔法使いさん」
「あ、いえ、その……ほ、ほん……いや。……し、自然と一体になること、ですよ」
「一体に?」
「そう。身も心も大地に溶かし、風と一体になる。そして自分の大きさを把握する。そうすれば自ずと力を制御する方法も見えてきます」
「……本当?」
「えぇ。もちろん」
男は……はぐれ魔法使いは、にっこりと大きく頷いた。……なんだか私も、出来る気がしてきた。
「わかった、ありがとう! 帰って練習してみる! あ……あなたの事も報告しなくっちゃ。でも、すごいのね、一人で遠見も薬も先見もやってしまうなんて。初めて見たわ!」
「い……いや、それほどでも」
「ううん、すごいわ。頑張ってくださいね。そうそう、商売はもうちょっと目立たない方が良いわよ。魔法使い狩りの噂なんかも聞くし……。」
長老には一人だったと、有能なはぐれ魔法使いだったと伝えよう。上手く話がまとまれば、この人を里に迎えることになるかも知れない。
「じゃぁ、ありがとう! またね」
そんなふうにめぐらせた考えを隠すのも忘れて、私はテントを出た。
「ありがとう。君もがんばってね」
……少女がテントを出た瞬間、どっと疲れがおしよせた。
なんのことはない。シーラベインダルンの報は、昨日鳩が届けてくれただけだ。肩こりの要因なんて想像がつく。この辺りは南風が入れば天気が崩れ、神公国の町周辺の土地は栄養価が低い……それだけのことだった。
何やら噂になって、商売も順調で。オレとしては有り難いことだけど、少しやりすぎただろうか。遠方から仕入れた薬は、魔力なんかなくとも扱えるし、先見も遠見も情報を如何に扱うか。
ただ、それだけのことなんだけど。
「早めにたたんだ方がいいかな、こりゃぁ」
九十九人目にチェックをいれて、一つ、深く息を吸う。
「次の方、どうぞ」
とりあえず、今日一日、稼げるだけ稼ごうと、心に決めた。
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