017:影使い

 人前じゃ踊れないの。明るいところは苦手なの。

 でも、選抜に残らなくてはいけないの。もっと先に行くためには。


 枯れ葉の落ちる石畳は私のステージ。冷たい空気に瞬く街灯がスポットライト。風が奏でる組曲にのって、ステップを踏むわ。

 タン。タン。タン。

 タン。トン。タン、パン。

 ほら、できた。

 まるで操られているように、ここでならうまく踊れる。


「アン、ドゥ、トワ。アン、ドゥ、トワ…ルーシィ」

 先生の手が止まる。足をおろしたみんなの視線が集まってくる。手を振り上げた私は、そのままの姿勢で止まってしまった。手すりの先鏡の向こうには、縫いつけられたように両足を床につけた私がいる。

「ルーシィ。そこは手と一緒に足を上げるの。サラ、見せてあげて」

「はい」

 主席のサラ。背も高くて姿勢も綺麗。もちろん振りもとても綺麗。

 パン、パン、パン。トン、タン、トン。

 先生の拍子に合わせて、すっと伸びた手足が舞う。一拍ためて、すっと手足が同時に上がる。

 判ってるのに。覚えてるのに。どうしてもできない。

「選抜会に出るのでしょう? せめて振りを覚えなきゃ。サラ、ありがとう」

「ハイ」

「最後よ。終わった次のステップに進みましょう。ルーシィ、間違えたら抜けなさい」

「ハイ!」

 ……結局私は見学に回ることになった。


 覚えてる。できるわ。

 リズムをとって、手を挙げる。おろして回って、一拍引きつけて、手と足を同時に上げる。

 軽いわ。手も、足も。どこまでも飛んでいけそう。

 街灯に照らされてひしゃげた私の影は、楽しそうに石畳を舞った。妖精のよう。

 私の目は影を追った。……まるで、影が踊っているみたい。こんなに軽く、こんなに自由に。あぁそうね。身体なんて重いだけだわ。影だけならもっともっと自由になれるのかしら。影になったら。

 ぷつん。

「え?」

 どこかで音が聞こえた気がして、私は地面に座り込んだ。急に重さを取り戻したように、手足が動かなかった。


 音を聞いたあのときから、私の影は踊らなくなった。街灯の中でも鏡の前でも、身体は重く、枷のようで。

 みんなは三つも新しいステップを学んだ。私は最初の一つもできずにいた。


「もう少しがんばろうよ」

 みんなが声をかけてくれる。

「やめたら?」

 サラが目を合わせずに言い置いていく。

 定席になった柱の前で私は泣いた。誰もいない教室で。どうして、うまく踊れないの? あのときまではあんなにうまく踊れたのに。教科書通り、サラよりもうまく、踊ることができたのに。

「選抜は諦めましょう?」

 先生の声を思い出した。また来年があるじゃない。続く言葉が思い浮かんだ。

「……嫌だ」

 一年遅くなればそれだけ夢は遠ざかる。プリマになるためには、プリマとして舞台に立つためには。

 私は踊れるんだ。あんなにうまく。絶対、絶対踊れるんだ。

 私は立ち上がった。鏡の向こう、にらみつける私をにらみ返して。

 覚えてる、あの感覚。覚えてる、あのリズム。だから絶対、できるんだ。

 頭を真っ白にして、力を抜いて腕を上げる。ふわりとおろしてくるっと回転。一拍おいて、手と足を……。

「できた!」

 何度も何度も繰り返した。身体が覚えている通りに、教科書で習ったままに、私は踊り続けた。


「シャル、合格だって」

「あぁ、そう」

「なによ、嬉しくないの?」

 カーリーが僕の方に腕を投げかけてくる。腕の先には、合格通知。

「オレ、落ちるつもりだったのに。失敗したな」

「やーね。影使いの特級までとっておいて、嫌みに聞こえるわ。……その子?」

 モニタの向こうには人形のように踊る少女がいた。なんの感情もなく正確に、ただ、踊る。学校では優等生だろう。でも、それだけだ。

「すごいわね! シャルのプログラミング通りじゃない」

「今はなんもしてないよ」

「嘘ぉ」

 マシンはジーともウィーンともいっていない。動いていない証拠。

「なるほど、これは合格するわねー。あたしも頑張らなきゃ!」

 妙に感心してオレの肩を叩き、カーリーは出て行った。

 とん、とん、とん。

 オレはいらいらしてキーを叩いた。

 ……彼女は、人形をえらんだんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る