第11話 窮地に立たされても働きたくないでござる
画面に、ロザリオの姉のリリアが大写しになっていた。
彼女は<あの有名人は今>に出演している。
ロザリオはリモコンを握り締め、緊迫した表情で放送を見守っていた。
「このクソアマ、俺に無断で出演しやがった」怒りと不安で震えている。
放送内容がかなり気に掛かるが、リリアの双子の妹については、一切触れる事無く番組が進行している。安堵のため息が漏れるが、
束の間、
魔法のプリンセスローズの事についてリリアがインタビューを受けるシーンに切り替わった。
リリアが、画面の中で首を振った。
『妹は今、何をしているんでしょうね』遠い目をして答えたのが印象的だ。
彼女が何か隠しているのは見え見えなのだが、気になった時にはもう、カットが切り替わっていた。
ため息が漏れる。ロザリオは心臓を押さえ、番組の危険は去ったと、画面から読み取った。それは、リリア以外の少女が映っていたからである。
「わ、この娘、すごく可愛い」
その少女は、エキゾチックな魅力を放ち、パールピンクの髪を耳の位置でツインテールにしていた。下がり気味の大きな瞳も魅力がある。
「そうかなー?」一緒に画面を見ていたベルは、ロザリオの趣味が理解できなかった。
『彼女はナタク。私の後継者よ』画面の中のリリアは、悪趣味に自分の胸の谷間を強調しながら、ツインテールの少女を紹介した。
『こんにちは』照れた様子も無く、ナタクという少女の淡々とした声が続いた。
リリアは元・マジカルプリンセスの風格を保ち、画面の中でこう、偉そうに宣言した。
『魔物が徘徊する時代は私が終わらせました。次の時代は、魔法アイドルを育てて営業に回りたいと思っております』
「アイドル、だぁ?」ロザリオは素っ頓狂な声を上げて画面に飛びかかった。
『勿論、リリアさんはナタクさんに魔法も伝授するつもりみたいです』スタジオの司会が最後に、『楽しみでですね』と、コーナーを締め括った。
番組放送の数日後には、<王女復活宣言>の見出しが付いたスポーツ新聞の記事と、覚えの無い請求書が、ロザリオのアパートの郵便受けに投函されていた。
新聞記事の内容は、先日<あの有名人は今>に出演したリリアと、ナタクの芸能界デビューの話題だ。ナタクという少女の写真は、赤いコスチュームに身を包んで紙面に彩りを添えていた。
「あいつ、俺の真似をした上に、請求書まで」
請求書は、オズ・ルーン宛になっている。内訳は、「飲食代」と「接待費」など。
一桁間違っているのではないかと錯覚を覚える、貧乏人には見慣れない法外な金額に目が回りそうだ。
ロザリオが住んでいる部屋は、リリアの実家でもある為、時折彼女宛の郵便物がこちらに届いたりする事もある。
幸い、普段の連絡手段が手紙のみのアナログな生活なので、覚えの無い相手から請求の通話が来る事も無かったが、事態は気付かぬ間に深刻なものに変わっていた。
「師匠、保証人がうんちゃらって、弁護士の人が見えてますけど」
悪徳金融でリリアが融資の相談に行ったらしく、いつの間にか保証人が弟のロザリオにされていたという、悲しい現実が大人には待ち受けていた。
「入ってもらって」
今回に限り、ロザリオは身なりを整えている。いつものジャージだと弁護士に示しが付かない為、黒一色の一張羅(喪服)を着込む。
「どうも」
ずんぐりした、ネズミ顔の醜い弁護士が帽子を取って軽く会釈した。
「どうぞ、お座りください」
やる気の無さそうな死んだ瞳はいつものロザリオだが、事態に金が絡み、生活が脅かされると、雰囲気だけは変わってくる。母のように暮らしを支えてくれた姉が、急に牙を向いたという由々しき状況に戸惑っていた。
弁護士のリストを調べ、こうして呼んでみたものの、社会経験に疎いロザリオが法律の話に詳しい筈は無かった。
「勝訴の確立は低いですよ」弁護士が前歯を見せながら答える。
「なに? アイツの所為で銀行差し押さえなんて、あり得ないじゃないですか」
「お姉さん、やり手でお金持ちなんでしょ、全額返済だって出来た筈だ。払ってもらいましょうよ」
「勿論、そのつもりでいるから呼んだんですよ」
「あー、ところで。アナタ、魔法使える双子さんの末弟なんでしょ?」
「そうですが、それが何か?」
「今回、裁判で起訴しようとしている方と、そうでない方のサイン貰えませんかね?」
「今はそんな話してる場合じゃないでしょ」
「いやー、今年二十歳になる息子がファンなんですよ」
この弁護士はあまり仕事熱心な人間では無さそうに見える。
「ロザリオさん、あちしが思うに、お姉さんに謝ってみたら、うまく歯車が回るように思えるんですけどねぇ」
「は……? 俺が謝る?」
「お姉さん達に生活を支援して貰っているでしょ」
ネズミ男はよく回る舌で話を続ける。
「大人になっても、そんな紐みたいな楽な暮らしをさせて貰っていた成りの、誠意や感謝というものが欠けていたのが原因ではないでしょうかね」
もっともな事を言われ、ロザリオの胸が少し痛んだ。
「こういった件に、うちら弁護士が更に介入するかどうかは、お任せしますが。あちしゃ、さっさとお姉さんに謝ってしまった方が、生活が安定するかと思いますがね」
「俺が謝る?」
「今更、社会に出て働く意欲ないでしょ?」
「働く?」ロザリオは視線を彷徨わせた。
眼鏡の端にベルの姿が映る。
「一応、働いているつもりですが」ベルの魔法の先生として働き、ベルの父からは毎月報酬を戴く事にはなっている。
「個人として言いますけどね、まずは、苦労を知った方がいいですよ」
弁護士は年上ではあるが仕事なのだからと、客の前では最後まで敬語を使っていた。
「苦労?」
浮世離れした成人は、しばし、ネズミ男の言葉を理解できなかった。
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