第10話 やっぱり娘はやらん
買い物籠に乱暴に野菜を投げ入れている。手に取ったものを手当たり次第に入れているのではなく、ちゃんと買い物リストを考えての行動だ。
「お嬢ちゃん、偉いね、お手伝い?」
試食コーナーを片付けているおばちゃんに声を掛けられた。
「え、ええ」ベルは曖昧に答えて場をやり過ごそうとする。
「片付けの途中だけど。良かったら、食べていかないかい?」
おばちゃんの優しい一言に、ベルはちょっとだけ涙ぐみそうになった。
「どうしたの?」何も知らないおばちゃんが驚いた。
「いえ、何でも無いんです」目の下を軽く擦る。
試食のソーセージが沢山余っていた。
「お母さんと喧嘩でもした? 仲直りに、それ、全部持っていったら」
「え? そんな。お母さんじゃないですけど」
「何でもいいのさ。今日は客足が悪くてね、試食余っちゃったのよ」
おばちゃんはケラケラ陽気に笑いながら、試食のソーセージを全部銀紙に包み、持ちやすいように袋に入れてベルに渡した。
「みんな喜ぶわよ」おばちゃんの笑顔は皺だらけだが、温かい。
「あ、ありがとう」
見ず知らずのおばちゃんに癒され、ベルは少し元気になった。
店内に閉店の音楽が鳴り始める。
「急がなくちゃ」買い物籠を抱えてレジに急いだ。
精算手前で、財布を忘れてきた事に気が付いて、急に恥ずかしくなった。
店員が怪訝な表情をする。
「あの、ごめんなさい……」謝りながら店を逃げるように出た。
結局、自分が何をしているのか意味を成さないまま、帰路についた。
見慣れた汚いアパートの明かりが見えると、妙に安心する。
「もうベルパパも落ち着いている頃デスの」
ポロンの言葉に背中を押された。もう一度、オイゲンを説得しようと、アパートの階段を上がる。
「娘をよろしく頼む」
ロザリオの部屋のドアが開いて、オイゲンが先に挨拶しながら外に出てきた。
「娘さんと話さなくていいんですか?」
ロザリオが見送りに後から出てくる。
「いや、これは娘が決めた事だ。親が口出しする筋合いは無い」
「パパ!」ベルは父の帰る姿を見つけて声を掛けた。
「ベル、これからは、ロザリオ先生の下で魔法を学びなさい」
「え?」あまりにも聞き分けのいい、父の言葉に唖然とする。「いいの?」
「お前が志す力で、世界を幸せにするのだろ?」
ロザリオがベルの言葉を代弁してくれたらしい。
「師匠!」
彼は得意げに眼鏡の位置を直した。
「我ながらドジで間抜けな娘だと思う。何とか育ててやってくれ」
「僕の出来る範囲でなら。娘さんの事はお任せください」
嬉しい出来事に、ベルの胸は躍った。
オイゲンは階段でベルと交差し、彼女の頭を撫でた。
「頑張るんだぞ」
ベルは頬を上気させて深く頷いた。
オイゲンが階段を、少し寂しそうな背中を見せて降りていく。
「あ、パパ」
父は下の階で振り返った。
「言い忘れてたけど、私、今日で女の仲間入りしたんだ」
父は衝撃の事実に凍りつき、鬼のような形相で階段を駆け上がった。
「貴様、うちの娘に何をしたぁぁっ!」
誤解の暴走はもう、しばらく止まる事は無いだろう。
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