第9話 娘はやらん→いや、よろしく
警察による、現場検証は夕方まで続いた。複数の警官や刑事がアパートに出入りし、人ごみに慣れないロザリオはすっかり不機嫌になっていた。
警察関係者が帰った後も、落ち着かない様子で部屋の隅にいる。
「夕ご飯出来ましたよ」少女の服でエプロン姿のベルが、ロザリオを食卓に呼びに来る。
エプロンを身に着けたベルは、女としての喜びの証に赤飯を用意していた。料理が不得意なので、出来合いのもので間に合わせている。
「ケーキが副菜って、どういう食卓だよ?」テーブルに着くなり、ロザリオが厳しく指摘する。「何コレ? ハンバーグ?」付け合せの真っ黒な焦げた謎の物体が気になる。
「プレーンオムレツです」ベルは幸せそうに微笑んでいる。
今時の女の子という縮図を示しているかのような食卓に、ロザリオは不機嫌という事もあってかなりイラッときた。
「コレは何だ?」
ベルが、怪しげな緑色のサラダをテーブルに置いた。
「ほうれん草のサラダ、ゼリービーンズ和えです」
ロザリオはとある事に気付き、敢えて何も言わなくなった。
「今日はお料理頑も張ったので、どんどん食べてくださいね」
「わー……美味しそうデスの」浮かない声色で、テーブルに乗っかったポロンが返答。
暗い食卓で「さ、いただきましょう」ベルが一人だけ明るい。
「どうしたんですか? 食べないの?」
「あのさ、さっきから気になってたんだけど、警部さんが一緒に食事してるのって、変じゃないか?」
ロザリオが、『警部』と呼んだ、茶色い髪の厳めしい表情の男は「いただきます」と言って、ベルの料理に手を付け始めた。
「え? どうして?」ベルは言っている意味が解らない、と言いたげな表情だ。
男は一人、黙々と食事を続けている。気難しい表情で。
「捜査が終わったのに、被害者の家でのうのうと食事なんて、どこまで図々しいの?」
ロザリオの嫌味に、男は視線を向ける。
「警視総監のオイゲンだ」
「わざわざ警視総監殿がこんな汚い家においでなさるとは……」
「私の父です」オイゲンの言葉をベルが補足した。
「愛娘がお宅で世話になっているそうじゃないか」食器を置いて、ロザリオを罪人のように睨み付ける。
「…………」ロザリオが言葉を選んでいると、
「どういうつもりだ、お前は!」
ベルの父であるオイゲンが娘に一喝した。
「学校を辞めたと聞いて驚いたぞ。しかも、家出して、こんな男の家で同棲して、何を考えている?」
ベルが父に反論する。
「全寮制の男子校に通うのはもう嫌なの!」
「何を言うか。我が家の長子は、あの学園で学び、国を護る義務があるのだ」
「国を護る義務なら、別の方法だって考えられるよ」
「何だと?」
「私は、女の子にしか出来ない方法で国を護りたい」
「それは、この男と結婚して少子化改善に貢献するという事なのか……?」
親父、勘違い。そう形容出来るほどの、暴走を始める。
「ふざけるなぁぁ!」
テーブルを料理と食器ごとひっくり返す。「見事な星一徹クラッシュだ」とロザリオが恐れ戦くほどの破壊力を見せ付ける。
「お前、まだ中学生だぞ! 結婚年齢に満たない娘が子供生んでどうする?」
「生まないよ!」
娘の言葉を耳に入れず、オイゲンはロザリオの胸倉を掴んだ。
「貴様、落とし前付けろ」
「まーまー、お父さん、落ち着いて」
「誰がお父さんだぁぁぁ?」
怒鳴り声が壁に反響して響き渡る。左拳が唸る。
暴走を止めようと、胸倉を掴まれたまま、ロザリオがオイゲンを見つめて呪縛の魔法を発動させる。全身が痺れたように、オイゲンが動かなくなる。
「僕は暴力を好みません」真摯な口調で言い聞かせる。
「貴様、すごい美形だな」呪縛の魔法に掛かって、動けないままオイゲンがロザリオの顔を見て感嘆する。
しかし、暴走は続いた。
「これは娘が貴様に惚れたのも仕様が無い事なのかも知れん。交際は認めよう」
交際を認められたベルの頬は桜色に輝いていたが、「パパ!」誤解を解くのに多少の時間が必要で困っていた。
ロザリオは眼鏡の位置を直してため息をついた。ついでに、視線を外してオイゲンを呪縛から開放する。
「認めてくれるのは嬉しいんですけど、娘さんは恋愛を目的としてうちに来た訳ではありませんよ」大人の表情でオイゲンに向き直る。
「お前みたいな大学生の所に、どうして転がり込む必要があるのだ?」
ロザリオの肩書きは一応、大学生になっている。事情聴取の時にそう答えていた。
「僕は、実は魔法使いなんです。ご覧になりましたよね、今の力」
「う……、ああ」
「娘さんは魔法使いの僕に弟子入りを志願して来ました。今の様子だと、ベルは親御さんにちゃんと説得しないまま、ここに住み込みに来たようだ」
前者はオイゲンに、後者はベルに向けている。
「だって、絶対に魔法少女になりたいんだもん!」
ロザリオはベルの肩に、そっと手を載せた。
「ベル、悪いけど、ポロンと買い物行ってきてくれる?」
それは、これ以上口を出すなという意味だ。
「……!」ベルは憤りを隠せないまま頷いた。
「お料理の代わり、買いに行くデスの」ポロンが無邪気に微笑んで、ベルに乱暴に抱きしめられた。
ベルはエプロンを投げ捨て、ポロンと部屋を飛び出していった。
「ベル……」オイゲンは娘の出て行った後を視線で追っている。
「お父さん、自分の子供と向き合った事はありましたか?」
「恥ずかしい話だが」
男同士、静かに会話が始まった。
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