第7話 ロザリオの双子の姉





 ロザリオの双子の姉だという派手な女は、ノックもせずにアパートのドアを開けた。

 彼女は銀の髪のロザリオとは対照的な金の髪と青い瞳を持つ、超美女だ。スーツから隠し切れない見事な乳を揺らしながら、勝手に部屋に上がり込む。

「ローザちゃん」張りのある声で、部屋にいる弟を呼んだ。

 弟の代わりに、驚いたベルが足音を立てて駆けて来る。

「リリアさん!」

「誰よ? アンタ」不審な表情で立ち止まる。「まさか、ローザちゃんの恋人?」

 ベルは激しく首を横に振った。

「な、訳ないわよね」リリアは安堵のため息をつくと、「どいて」と横柄な態度でベルを押し退けて奥へ進んだ。

「ローザちゃん!」今度は先程より少し大きな声で弟を呼んだ。

 弟のロザリオは、この前拾ってきた宇宙人を膝に乗せて絵本を読み聞かせている。

「あたしの実家はいつから託児所になったの?」

 幼い頃に二人で暮らしていた家は、ちょっと来ないうちにかなり変わっていた。

「やあ、リリア」ロザリオは穏やかな表情で振り返った。

 いつもは見せなかった弟の意外な表情に、リリアは吐き気を覚える。

「どうしたの、コレ?」

「ああ、コイツ? この間、拾ってきたんだよ」

 膝に乗った宇宙人の滑らかな頭を、つるんと撫でる。「宇宙人、ご挨拶は?」と、馬鹿な親の様な態度が気持ち悪い。連れてきた当初、ロザリオは嫌がっていたが、慣れてしまえば可愛らしいのである。今、一番のお気に入りで、こうしてべたべたしている。

 最初から家族の一員であった妖精のポロンは、愛玩動物の地位を奪われ、ソファーで寝タバコを吹かしながら不貞寝していた。久しぶりのリリアとの再会にも出向かない。

「ほうら、リリアちゃんですよー」

 宇宙人を幼児のように扱い、リリアに抱かせようとする。

 ぽに。ぶしつけに宇宙人がリリアの右頬を指で押した。

 リリアは「…………」絶句しながら弟の変貌振りを間の当たりにしていた。

「お茶です」ベルが、ロザリオの弟子らしく二人分の紅茶を運んできた。

「ねえ」リリアが不安そうにベルを見上げた。「アンタが産んだの?」

 ベルは激しく首を横に振った。

「ローザちゃん、この子、誘拐してここに連れて来たの?」

 少女拉致監禁事件が発生してもおかしくない物騒な世の中である。心の荒みきった大人の男が、自立もままならない女子供に猥褻な行為をして警察のお世話になる事例が、ニュースで話題に挙がったばかりだった。

「そんな訳、無いだろ」気分を害したロザリオが憤慨する。

「それにしても、引きこもりのアンタに、こんな年下の彼氏が出来るとはねー」

 ベルの着ていた服は、今日も学生服だった。汚れてもいいように将校養成学校の制服を着ているだけなのだが、初対面の者にはよく男の子と間違えられる。

「脳みそ沸いてんのか、テメー」いつもの不機嫌な表情に戻る。

「幼少時代は女として生きていたし、男を好きになっても仕方ないか」

「そうなんですか? 師匠?」弟子も話しに加わるとややこしくなる。

「違う、つってるだろ。この子は弟子だ」

 リリアは腑に落ちない様子で、ロザリオが弟子という子供を見つめた。

「ベルです」憧れのリリアを見つめ、能天気に微笑む。

「ふぅん」なんとなく認め、「よく、こんな可愛い子たらし込んだわね」弟を不浄な物を見るような目付きで感想を述べた。

「私がロザリオ先生の所へ、魔法を教わりに押し掛けただけなんです」

「ふぅん。そうなの」興味なさそうな答えがベルに返ってきた。

「ご姉弟で魔法使いなんて素晴らしいですね」

「あら、よくご存知ね?」

「いつも『魔法の王女まじかるーん』観てましたよ」

「放送していたの結構前だからよく覚えてくれたわね、お姉さん嬉しいわ!」

 リリアとベルは、昔の放送番組の話題で盛り上がり始めた。

「ところでリリア、何しに来た?」気分を損ねたロザリオが話題を変える。

 リリアは、紅茶を一気に呷ると、身を乗り出した。

「放送局から《あの有名人は今》出演のオファーが来たのよ」

 不吉な予感がする。

「出ないよ」誘いの言葉が飛び出す前にロザリオが断る。

「どうして? 社会復帰実現のチャンスじゃないのさ」リリアの瞳が不吉に輝く。

「嫌だね」

「あんた華奢だし、女装してもまだ世間を騙くらかせるって」

「そういう問題じゃねえ」

「もー、我侭な奴ね」

 意見が噛合わない双子の姉弟は、お互いの気持ちを理解しないまま睨み合っていた。

「アンタね、まだあたしの金で飯を食うつもりなら、言う事一つくらい聞いたら?」

 リリアは姉のよしみでロザリオの生活費の面倒を見てやっている。「昔からあたしがいないと何もできない癖に」駄目人間を育てた元凶だが、彼女はあれこれと過保護な母親のように接しているだけだ。

「ちょっと我慢していれば出演料だって結構貰えるのよ?」

「金、金うるさい女だな。結局、金にしか興味示さないのかよ、お前」

「そうよ、金よ。子供の頃、どれだけ金稼ぐのに知恵振り絞ったと思ってるの?」

 聞きたくない汚い会話がベルの見ている前で繰り広げられている。子供の憧れの対象も、金の話が絡むと萎える。

「うちに親がいなかったんだから仕方ないじゃないの」

 悲しい事実に、ベルは聞いていてほろりとした。

「そんな昔の話を弟子の前で蒸し返すな!」

 ベルに他の部屋へ行ってろ、と言ったとしても、狭いアパートなので、どこへ行っても話は聞こえてしまうのだ。

「金に執着して見苦しいぞ、守銭奴が」

 ロザリオは言ってはならない事をリリアに言ってしまったのか、彼女の形相は鬼のように凍りついた。

「来月の生活費払わねえぞ、ニートが」

「すみませんでした」

 抱えた宇宙人を床に置き、ロザリオは暮らしを支える姉に素直に土下座した。

「自分の置かれている立場が分かればよろしい。《あの有名人は今》に出演決定ね」

「おい、それとこれは違うだろ」

「金が絡んでくるから同じよ」

「俺はもう子供じゃないんだ。自分の事ぐらい決めさせろよな」

 リリアはこれ以上何も、金の事は言わなくなった。

「少しは言うようになったじゃないの」頷き、ベルを見つめた。「ふぅん」少しだけ納得して、番組出演を諦め始める。

「ねえ、こんな奴のどこがいいの?」弟子と聞いてから気になりだした疑問をベルにぶつける。しかも、答えようによっては自分のところへ弟子に誘う表情で。

 ベルの頬がぽっ、と赤くなった。ロザリオに気があるのが良くわかる表情だ。

「自己中に見えて、案外気を遣ってくれるところかな」

 ロザリオはその一言にちょっとだけ傷ついたが、リリアには効果があった。

「もういい」下を向いて敗北を認めた。「アンタ、将来、駄目な異性掴むわよ」

 ベルはしばらく微笑みながら首を傾げていたが、難しい表情でふんぞり返っているロザリオを見て、ぎくりとした。

「しょうがない弟を持つと困るわね」それまで佇んでいた宇宙人を拾い、抱きかかえる。

「…………」宇宙人は目の前にあるリリアの胸を、表情が分からない丸い瞳で興味深そうに触った。ふかふかの胸に顔を埋める。

 リリアはしたり顔で、腰を上げた。

「宇宙人をどうするつもりだ?」大切なペットを取り上げられ、ロザリオがうろたえている。

「アンタがそういう態度取るなら、あたしだって考えがある」厳しい表情で言い放つ。

 宇宙人をロザリオから奪い取り、リリアは部屋を出て行ってしまう。

 双子の姉のリリアは根本的にロザリオと性格がよく似ており、へそを曲げたまま、それっきり戻ってこなかった。

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