第6話 ファーストキスでの損傷
「似合いますか?」
妖精のポロンと合体して、マジカルプリンセスのコスチュームを得たベルは、魔法の師匠の前でふわりと一回転した。
肩と腰に大きなフリルが付いたブルーのレオタードに、白いマントを羽織り、頭にティアラを載せている。さすが本物の少女、と言ったところか。まだ幼さが残りつつも、肉体は緩やかな曲線を描いている。尻の辺りはやや安産型。
「うん」納得した様子で深く頷くロザリオの頬が赤かった。
容姿の美しさは先代の魔法王女にやや劣るものの、明るい華やかさが前面ににじみ出てとても可愛らしい。「えへへ」ベルはテレながら頬を両手で覆った。
「可愛いよ、ベル」満面の笑み。同時に腹の中で黒い物が渦巻いているのが見える。
「何です? 美しく微笑んでも、特攻するつもりありませんよ」
躊躇いがちに、師弟は互いに役目をなすり付け合っている。公園の噴水に墜落した円盤の中身を確認する作業を。
「往生際悪いですよ、男らしくない」
「どうせ男らしくないさ、幼少時代を女として生活しなきゃ生きていけなかったんだから。お前が行けよ、この前まで男として生活してたろ」
「ちょ、酷……。大人気ないです!」
ロザリオが魔法のステッキをベルの鼻先に持っていった。
「そうさ、大人じゃないさ、心は」
ステッキに付いた大きな星を、ベルの頬に軽く食い込ませる。
「このステッキとポロンの魔力があれば、たぶん、お前でも出来る。これは実習だ」
「う…………」
「呪文を唱えてステッキを振り下ろせ」
ステッキを受け取らざるを得なくなり、意を決して柄を握り締めたベルは、
「やっぱり、付いてきて下さい」上目遣いの涙目で訴えた。「一人じゃ心細いの」と、ロザリオをじっと見つめる。女のか弱さを前面に押し出した攻撃だ。
「わ……」女心の腹黒さを分からないでも無かったが、「分かったよ」普段は見せないベルの泣き顔に負ける。結局、二人同時に円盤に接近する事で話が纏まった。
狭い噴水を割るようにして、銀色に鈍く輝く円盤が垂直に突き刺さっている。シンバル形に隆起した頂上に、ハッチのような蓋が見えた。
「仕方ない、一緒に付いて行くとしよう」
同時に、円盤に向かって駆け出す。抜け駆けだけは許さんと、お互いの手を引き合って。
怖いもの見たさの好奇心は、かなりの確立で不幸を招く。
いきなりハッチが魚の口みたいにパカッと開いた。
心の準備もまだ出来ていないうちに、ハッチの傍へ寄ってしまった二人の血圧が急上昇する。
「わぁぁーーーーーーーーっ」急にベルが混乱して叫んだ。
ロザリオの手を急に離したベルが、ステッキを泣きながら上段に構え、
円盤に向かって振り下ろした。
鈍い金属音と共に、破壊される。ステッキが……。
「あ…………」その場に取り残されたロザリオは立ち尽くしていた。
魔法少女のマストアイテムである、魔法のステッキが魔法少女の格好をした少女によって粉砕されたのだ。これは玩具会社が作った商品であるが、ロザリオが自分の魔力を込めておいた列記とした本物だった。
「うわぁぁぁん」ベルが激しく動揺してロザリオに向き直る。
ロザリオは居心地悪そうに頷くと、ベルの手首を掴んで庇う様に引き寄せた。
ベルはどうやら、かなりの小心者のようだ。軍人養成の学校に入れられて腕力は鍛えられていたが、戦闘の才能と度胸が無い。一から鍛え直さねば使い物にならないと判断できる逸材だ。
「泣かないで、先生が付いているからね」
あらかじめ用意しておいた衝撃魔法が円盤に向かって発動される。
が、円盤は魔法を跳ね返し、ロザリオとベルを吹き飛ばした。
「うそぉ?」
油断していたロザリオは、防御魔法をすっかり忘れて無様に生垣の中へ投げ出された。
植物がクッションになって衝撃は和らいだが、巨大な魔力を持つ、自分の魔法を食らって無事では無かった。臓腑が抉られたように痛む。
括っていた前髪が落ち、咳き込むと口から血を吹いた。
「自分の魔法はやっぱ痛いわ」ここまで好奇心で来てしまった事を心底後悔している。
生垣を這い出して、自分の体の状態を確認する。ジャージの上着とアンダーシャツが破れ、胸板と腹が削られたように挫傷してむき出しになっていた。
「やっぱり結界付けときゃ良かった」
合体すると勝手に防御効果と自動治癒効果が付くいつもの妖精がいないので、全くの丸腰だという事をすっかり忘れていたのだ。昔の勘で動いたのは誤算だった。
「ちっ、余計な事をしたら宇宙人が現れやがったか」
視線を上げると、円盤から敵がぬう、と顔を覗かせていた。
つるりとした白い頭と、半球のような顔の半分を占める巨大な瞳が見える。
未確認宇宙生物。俗に言う、『UMA』という奴か。
「この大魔法使い様を本気にさせたな……」
魔法使いと、宇宙人の目が合う。
ロザリオが浮き上がった血で、怪我をした胸に図形を描く。一見して、血の面積を広げているようにしか見えないが、肉体強化の呪文を直接体に書き込んでいる。
相棒のリリアがいた時代は、彼女にこの魔法を掛けて戦っていた。
「くくく……。異界の門を閉じる時に戦った魔物よりも、お前は強いのか?」
暴れまわった戦いの記憶が完全に蘇ってくる。嘗て、異界の魔物達に『死の魔女』と恐れられていた者の、赤い相貌が凶悪に輝いていた。
ぬたり。白くて細い手が円盤から這い出す。
宇宙人が人差し指のようなものをこちらに向けた。指からビームでも出すのか。
来る!
戦闘で培った勘で、反射的にロザリオは宇宙人に向かって駆ける。
魔力の篭った拳で決着をつけようと思っている。
「ああああああああああああああああ……」奇声を上げるベルが予測もしない行動に出る。ロザリオを追い駆け、走り抜けた。
「!」
ベルは円盤へ駆け込み、跳躍する。
白い物体を掴み取り、重力を利用して引き抜いた。踏ん張りながら着地。
「うわぁぁぁぁ! 師匠、獲った」
涙と鼻水を垂れ流しながら、ぶらん、とぶら下げた宇宙人を掲げる。思ったより小さい。三歳児程度の体の大きさしかない。
「師匠、獲った」錯乱して繰り返し同じ言葉を言っている。
ぶら下げられた宇宙人は、抵抗もせずにロザリオを見つめ続けている。
敵意を感じられなくなり、思わずロザリオが魔力を込めた拳を引っ込めた。
「獲った!」
思いがけなく、宇宙人を無傷で捕獲する事に成功したのだ。
「でかした、さすが我が弟子だ」
ベルの評価が上がろうとしたその時、
びたん。
「うひゃぁぁぁぁ」狂気なのか歓喜なのか判らない奇声を発するベルが、ロザリオの唇に宇宙人を乱暴に押し付けた。まだ錯乱している。
ぶっちゅう~っ!
晴天による星空の下、ロザリオは無理やり宇宙人とディープなキスを交わす羽目になった。宇宙人は自ら、ロザリオの頭にしがみ付いている。
息が出来なくて悶える。
ぬぽん。と、小気味良い音を立てて、宇宙人が引き剥がされた。
「俺の、大切な青い春が…………」
引きこもった事で、大事に取っておいたファーストキスが仇となり、ロザリオはよろめいて暴力を受けた女のように座り込んでしまった。
「師匠、私、頑張ったよ」
ようやく正気を取り戻したベルが、嬉しそうに宇宙人を抱きしめて飛び跳ねた。
マジカルプリンセス・ベルの初陣はこうして幕を閉じる。
「帰ったら真面目に魔法教えよ」
ロザリオは涙を飲み込み、公園の土を握り締めて決意した。
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